(4)
「うーん」
白田さんが、谷口っていう有名人の先生を動かしてまでわたしを排除しようとする理由。結局、それが分かってない。それに白田さんが御影っていう女の子を利用して谷口教授を動かしたのなら、御影の最初のバカバカしいアクションを制御しただろう。そんなの止めなよ。ばれるし、効果ないからって。でも、その効果のない子供っぽいアクションは実行されてる。白田さんの制御が効いてない。
もう一度ノートを見回して、さっきの部分にまた朱を引いて消し、書き直した。
『MK??SR』
分からん。二人の間にどういう上下関係があるのか、さっぱり分からん。ううー。どんどん話がもやの中に隠れていっちゃう。くそう!
「あのう」
腕組みしてノートを睨みつけていたわたしに、水沢さんがこわごわ話し掛けてきた。
「ん?」
「誰かが、御影さんを利用してるってことですか?」
「誰かって言っても、うちの事務の白田さんしかいないと思う」
「その人、そんなに嫌な人なんですか?」
「それがさあ、とっても温厚な人なの」
「ええー?」
「見せてる部分は演技で、裏ではものすごーく嫌なやつだって可能性もあるけどさ。でも五人しか社員のいないところで嫌なところを爆裂させたら、クビ以前に社が潰れるよ」
「あ、そうかあ」
「すっごいてきぱき仕事が出来る人だから、わたしみたいな仕事のないテレオペが暇そうにしてるのが気に食わない。そういう気持ちは多分あると思う。でもわたしは、それを当てつけられたり、嫌味言われたりってことが一度もないの」
「へえー」
「わたしへの鬱憤が溜まってて、こういう攻撃に繋がったっていうなら分かるけど、それがなぜ谷口先生に繋がるのかがイミフ」
「うん。確かにおかしいですね」
「でしょ? 谷口先生を怖がってる御影さんは、偉い先生にこんな裏黒いことを頼めないよ。その依頼は、白田さんにしか出来ない」
「はい!」
「でも、そうしたら御影さんは単なる傍観者だよね。白田さんの作戦が誤爆して、御影さんの成績や進級にとばっちりが跳ねたらしゃれになんない。そんなことは、普通は避けるでしょ」
「うん……おかしいなあ」
「でしょ?」
「なんか、すっきりしないです」
「わたしも、さっきからずーっともやもやしてるんだわ」
わたしは、ちらっと腕時計を確認した。説明している間に時間が押しちゃった。欲張らずに、今日はこのベガ女のルートだけにしておこうか。どのみち、わたしの推論も一から立て直さないとならないし。
「ごめんね、水沢さん。講義さぼらせちゃったんじゃない?」
「はい。でも、わたしもちょっとダルだったので」
「あはは」
「だけどこのお話、谷口先生の課題よりずっと深いような気がして」
そうなんだよね。大勢の人が働き、大勢の人に働きかけてる、会社。そして、それを無意識のうちに支えている無数のカスタマー。両者の関係を大所高所から見て科学するっていうのが、学問としての経済学なんだろう。でも、もっともっと単純で分かりやすい零細企業のうちでさえ、社員同士の連携すら全然掴めない。顧客との関係も見えにくい。
理論とか学問とか、そんなの関係なく。自分の目で見て、耳で聞いて、コミュニケーションをちゃんと取って、何がどうなっているのかをきちんと把握出来るのが小さい会社のいいところでしょ? それが全く出来てないのに、気持ち悪いって誰も言い出さないこと。奇形もいいとこなのに会社として機能し、利潤を生んじゃってること。そこに、究極の違和感と不気味さがある。
誰が何のためにどういう行動を。それが全く見えてこない苛立ちは、わたしだけでなく社長も持ってる。でも、その解消のために社長が持ち出した手段がそもそも変なんだ。まあ、いい。もっときちんと材料を揃えて、整理してから作戦を立てないと場当たりじゃ堪え切れない。
「さて、と」
わたしはレシートを持って立ち上がった。
「水沢さん、講義さぼらせちゃってごめんね」
「いえー、とんでもないですー。すっかりごちそうになっちゃって」
「あはは。今度はスイーツじゃなくて、ご飯食べに行こ」
「いいんですかー?」
「若い人のエキスを吸い取らなきゃ」
どてっ。水沢さんが、ぶっこけた。
「そんなあ。お若いですよー」
「年だけはね。大学で干からびちゃったのを少しでも戻さなきゃ」
さっき、涙見せちゃったからなあ。リアクションに困った水沢さんが、ほんの少しだけ笑った。あ、そうだ。
「水沢さんのところは、所属講座は選べるの?」
「選べますー」
「じゃあ、谷口先生のところは外した方がいいかもね」
「どうして……ですか?」
「わたしの二の舞はして欲しくないから」
水沢さんが、小さく頷いた。
「教えることと押し付けることは違う。そんなことも分からない先生に、学生を指導する資格なんかない。偉そうに先生面して欲しくないの」
「そっかあ……」
「もちろん、わたしのはただのレコメンドよ。水沢さんが負けないってがんばれるなら、それはそれで勉強になると思うから」
「何野さんは勉強にならなかったんですか?」
「わたしが大学で勉強したことは、全部捨ててきた」
「悲しい……ですね」
「うん。でもね」
「はい」
「今、すっごい勉強してる。そういう実感があるの」
ふふっと。水沢さんが笑った。
「分からないことを、自分の手で、足で、頭を使って、解決しようとする。それががんばろうっていうモチベーションになる。わたしは今、そう考えてるの」
「分かります!」
「あはは。嬉しいわ」
さて。
「出撃します」
「谷口先生のところにですか?」
「そう。さっきも言ったけど、いきなりケンカは売らないよ。意図を確かめて、再発防止の確約を取らないとならない」
「そうですよねー。あ」
「どうしたの?」
「わたし、先生へのレポートがまだ未提出なので、ご案内します」
「大丈夫?」
「わたしはただレポート出すだけですからー」
「助かるわー。先生へのアポはわたしが取ります。たまたまあなたが、学内で迷ってたわたしを案内してくれたってことにしてくれる?」
「はい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます