(7)

 無言電話、出て行けおじさん、おかーはん。三連発はきつかったけど、とりあえず対策はそれぞれ講じた。無言電話には着信拒否。出て行けおじさんには強い警告。おかーはんには反撃と着信拒否。午後にこれ以上の攻撃がなければ、わたしは三時の休憩の時にお弁当を食べられる。腹ぺこのわたしは、ぐうぐう鳴る胃袋を手で押さえながらヘッドセットを被った。


「はあ……」


 だけど、そんなに甘くはなかった。わたしが午後の部に備えた途端に、電話が鳴った。今度は誰だ? 番号は090で始まってる。携帯からだ。090 XXXXーYYYYか。知らない番号だな。お客様かな?


「はい。高野森製菓お客様相談室でございます」

「あの、ちょっとお聞きしたいんですけど」」


 若い子の声。腹立ち紛れの口調ではないけど、間違いなくクレームだろう。クレーム記録用のノートを開く。


「はい、どのようなご用件でしょうか?」

「メリーナっていうお菓子を買ったんですけど、お菓子の中に砂が混じってて……」

「砂、ですか。誠に申し訳ありません。そのお菓子の袋に製造番号というのが印字されております。こちらで調査する際に必要となりますので、それを教えていただけないでしょうか?」

「はい。ええと、MRJU2410……でいいですか?」

「ありがとうございます。ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。早速調査の上、お客様には代わりのお品を送らせていただきます」

「あの……返金をお願いしたいんですけど」


 え? 返金? 返金だって!? それは変だ。お菓子に不良のものがあった場合、返金目的なら買った店にレシート込みで持ち込む。その方が、うちの社で事務処理するよりもずっと早くて確実だもの。苦情窓口に金寄越せって言ってくるのは、間違いなくプロのクレーマーだ。でも電話の向こうの子は、どう考えても若い女の子。口調も態度も、露骨なクレーマーという感じじゃない。


「申し訳ありません。当社では現物弁済しか行っておりません。返金をお望みの場合、お買い上げになったお店にお申し出いただくことになるんですが……」

「あ、そうなんですか」

「誠に申し訳ありません。念のため、当社で他の方法で弁済させていただけるかどうかを再度確認いたします。確認後にまたご連絡させていただきたいので、お手数ですがお客様のお名前とご連絡先を頂戴出来ますでしょうか?」

「あ、はい。佐藤かおり、です。電話番号はー、えっとー、090−YYZZーXXZZです」

「ご連絡ありがとうございます。至急調査の上、後ほどご連絡させていただきます。本日は当社の製品に貴重なご意見を賜り誠にありがとうございました」


 ぷつ。わたしが切る前に、向こうが電話を切った。


「おかしい」


 一見、まともなクレームに見える。でも……。


「かけてきた携帯の番号と、連絡先の番号が違うじゃん」


 弁済における現金の要求。かけてきた携帯の番号と連絡先の番号が違うこと。明らかに嫌がらせだ。今のは、午前中に拒否った無言電話の番号と違う。ということは、昨日危惧した代理人による攻撃があったってことなんだろう。ただ、そうだとすると、どうにもおかしいことが……。


 いや、何はともあれ事実確認だ。急いで社長を捕まえないと。わたしはクレーム処理用の電話を一時的に留守電モードにして、自分の携帯から社長に電話をかけた。本当はクレーム処理用の電話を使いたかったけど、そっちにアクセスがあった場合に相手の電話番号が分からなくなる。社長に着信を拒否られたらどうしようもない。頼む! 出てくれっ!


「はあい、高野森ですー。ようちゃんかい?」


 のほんとした声が聞こえて、思わずぶち切れそうになった。いやいやいや、そんな感情に振り回されてる場合じゃない。


「何をのんきな! 社長、緊急事態です!」

「えっ!?」


 社長の口調が、急に引き締まった。


「メリーナっていう商品に異物混入のクレームが来ました!」

「なにいっ!?」


 社長の反応は強烈だった。


「どんな異物だっ!」

「砂です」


 じっと考え込んでる様子。その時間がわたしには勿体ない。ねえ、早く! お願い、早くリアクションしてよっ!


「それ、砂じゃないね」

「は?」

「メリーナは、納入先からもうほとんど全部引き上げてる」

「何かトラブルがあったんですか?」

「いや、単に売れ行きが悪かっただけさ。食感が今いちだったんだよ。スポンジの間に餡シートを挟み込んだものだったんだけど、アクセントに混ぜたザラメが……ね」

「あ、それがじゃりじゃりして砂みたいに感じたってことか」

「だと思う。ようちゃんの方から、お客さんにそう説明して。納得行かないお客さんには、同じ価格帯の他の製品を送って済ませてくれる?」

「はい、了解です!」

「一応、工場の方にも異物混入の可能性がないか確かめては見るけど、大丈夫でしょ」

「はい。あ、社長」

「なに?」

「メリーナはばら売りですか? 何個か入った袋物での販売ですか?」

「袋売り。回収しちゃったから、店頭に残ってるのはほんのわずかだと思う。お客さんから食べ残しを送ってもらって、必ず商品回収するようにね」

「分かりました! じゃあ」

「ほい」


 ぷつ。


 なるほど。そういうことだったのか。パッケージ不良の場合、最初からの不良とお客さんの恣意的な操作の違いが分かりやすい。箱じゃなくて袋ものだとすれば、なおさらね。異物を混入させるのは、後から作為的な処理をしてパッケージ不良を装うよりも数段難しい。だから、悪意で何か混ぜられるという事態は想定していない。社長が慌てたのも、そういう前提があるからだ。

 でも、食感の誤認は珍しくない。味、舌触り、異物感。それがお客様の想定をクリア出来ないと、異物や変質と間違えられることがある。社長が商品のラインナップからメリーナを落としたのは、そういうことだよね。だけどさー。それは、クレームの手段としてお手軽かつ合法的に使えるネタだってこと。社長は、そこをうんとこさ甘く見ている。


 わたしの懸念を現実のものとする着信ランプが、電話のディスプレイに点滅していた。さっきのとは違う電話番号と共に。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る