(6)

「あのね、この電話はうちの社の商品を購入してくださったお客様からの苦情や相談を受け付ける回線なの。くだらない与太話を垂れ流す場所じゃないの。分かってる?」


 何を言っても無駄。それがお母さんだ。でも、わたしは強いトーンで切り込んだ。


「分かってないでしょ? もし、白田さんが事務室にかかってきたお母さんの電話をわたしに取り次いでくれても、わたしは絶対に出ないからねっ! 公私混同もいいとこ! いい加減にしてっ!」

「あんたが、私からの電話に出ないからでしょ!」


 ぜえんぶスルーして、結局逆切れかい。まったく始末に負えない。


「お母さんの電話で、今まで見合いや縁談以外の重要な話が一つでもあった? なにもないよね? さっきのマンションがどうたらって話も、わたし初めて聞いたよ?」

「だって」

「だってもあさってもないっ!」


 冷静さをずっとキープするつもりだったけど、だんだん頭が沸騰してきた。


「いっつも自分のことばっかじゃないっ! 人の都合も気持ちも何も考えないで、一方的に結婚、結婚、結婚! お母さんの歪んだ結婚観には付き合えないっ! それ考え直さない限り、わたしはお母さんからの話は一切受け入れないからっ! 冗談じゃないわっ!」


 わたしは爆発した勢いで電話をぶっちしそうになって、危うく思いとどまった。


「だいたいさ。お母さん。その相手の人の釣り書き読んでるの? きちんとチェックしてるの?」

「え?」


 がさがさと封筒を探るような音。


「高野森製菓ってとこの社長さんでしょ?」

「そこが、わたしの勤め先だってこと、知ってる?」

「な!」


 知らないよね。知ってたら、いくらバカなお母さんでも社にこんなクソ電話かけてくるはずないでしょ。


「うちなんか、社長とわたし含めて社員が五人しかいない、超零細企業だよ? なあにが社長との縁談よ。ろくに調べもしないで、舞い上がって。自分勝手もいいとこ!」


 ぷつ。あ、切りやがった。ったく!


 お母さんの心の動きは手に取るように分かる。わたしがいくらがあがあ文句を言ったって、お母さんの歪んだ結婚観は絶対に直らないだろう。でも、お母さんの理想は玉の輿だ。お姉ちゃんみたいな、同棲上がりの学生結婚ぷらす出来ちゃったなんてのは問題外の外。だからお母さんは、お姉ちゃんをコントロール出来なかった恨みも足し合わせて、わたしに全エネルギーをぶつけてる。絶対にわたしを、家柄がいい資産家の男と結婚させて見せるってね。

 その執念があるから、非常識は承知の上で社の公用電話にまでアクセスしてきたんだ。でも、うちの社は零細もいいとこ。社長なんて名ばかり。それが分かった時点で、この縁談はお母さんの許容値から外れたんだろう。この件で、お母さんから強引に押しが来ることはもうないと思う。それはいいんだけど……。


 二つ、すっごい引っかかることがあったよね。


「社長との縁談? どゆこと?」


 社長がわたしをこの会社に引っ張ったこと。その理由は、前にも何度か考えたけど、わたしへの好意とか、そっち系じゃないと思う。社長は全てをビジネスとして考えていて、それ以外のことは何も考えてないもの。

 社長は、肉食、草食なんていう生易しいもんじゃない。まるで石とか砂を食べてるみたい。かっさかさに乾いてる。それは、社長が元々そういう性格だからっていうよりも、社の運営が安定するまでは鉄仮面に徹するっていう決意のせいだと思う。社長がわざわざ『夢』っていう言葉を出したのは、そういうことでしょ。


 実質仕事がないクレ担にわたしを置いたこと。それは、社長が何か決めて周囲に宣言したことに伴う混乱を、外回りで忙しい自分の代わりにわたしに対応させるため。わたしは、まさにクレーム担当なんだ。それはお客様に対するのとは違うけど、間違いなく社長が最初から計画していたこと。わたしの容姿や性格じゃなくて、冷静に理路整然と揉め事を処理出来るかどうかだけを見てたってことだと思う。


 合同説明会の時、わたしは社長に、クソハゲ教授との間でごたごたあったことをストレートに吐き出した。それは間違いなく、しょうもない愚痴だった。でも、社長はわたしのそういう愚痴を聞き流してはいなかったんだろう。

 クソハゲ教授からかけ続けられた圧力は、わたしの人格全否定だ。それは、ものすごく耐え難いことだった。でもわたしは、教授の理不尽な圧力をなんとか凌ぎ切って大学の卒業証書を手に入れた。社長が評価したのは、きっとその部分だったんじゃないかと思う。いろいろな攻撃に対して耐性がある、攻撃をいなせるってね。


 それは、社長のわたしに対する同情とか好意ゆえじゃない。絶対にそうじゃない。鍛えればものになる。今のわたしが、兵士としてはひよこレベル未満であっても、ちゃんと一人前のアーマーになる素養がある。社長は、冷徹にそう判断したんだろう。その社長が。自分の縁談を、しかもわたしとの縁談を積極的に押すなんてことがあり得る? そんなの、絶対にないでしょ。


 だけど、現にお父さん経由でわたしに持ち込まれている縁談がある。それは決して嘘ではないんだろう。だとすれば……社長が知らないうちに勝手に外野が動いてる。そう考えた方がいいね。


 奇妙なのは、タイミング。もし、社長への影響力確保のために縁談を利用するのなら、もっと早く、わたしの入社前に話を進めるだろう。社長と社員の関係が先に出来てしまってからじゃ、身びいきが絡んじゃうから社長が身動き取れないもの。でも、今日のお母さんからのアプローチは、ずっと前から決まってた話というニュアンスじゃなかった。いい話が飛び込んできたから、チャンスを逃さないように急いでわたしに……そういう雰囲気だった。ものっそ唐突な話だ。


「うーん」


 お腹は空いてるんだけど、考えたいことがいっぱいあって、お弁当に手が動かない。


 もう一つの引っかかること。白田ー御影軍はわたしをここから追い出そうとしている。でも、わたしと社長の縁談話がもし事実で、それに御影不動産が関わっているとすれば。同じ御影不動産のルートでありながら、ベクトルが正反対なんだ。それは、思いっ切りおかしい。姻戚関係は、人と人との繋がりの中では一番濃いよね。その可能性を排除しようとする動き。それを確立しようとする動き。正反対の動きが、同時並行で動いてる。どういうこと?


 わたしが腕組みしてうんうん考え込んでいるうちに、いつの間にか昼休みが終わってた。ああー、お腹空いたよう。とりま、お母さんに二度、三度この回線を使われないように、実家の電話番号を拒否設定にする。それってどうよ? まったく!


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