(8)

「ぐ……う」


 二時間後。わたしはほとんど燃え尽きていた。それまで真っ白だったクレーム記録用のノートは、何ページかに渡って電話番号と、お客さんの名前で埋まっていた。


 甘かった。代理人による攻撃があっても、それは受信拒否でブロック出来る……そう考えていたわたしは、とんでもなく甘かった。敵の攻撃がこれほど組織的かつ大規模に行われるということを、わたしはまるっきり想定していなかったんだ。次々にかかってくる電話には一つも同じ番号がなく、発信者の名前も一つも重ならなかった。そして、電話の向こうの声や雰囲気は一つ一つ違っていた。

 その数、なんと三十四件。応対の途中で切られちゃうのもあれば、最後にしつこく食い下がる奴もありいの。紋切り型の攻撃でない以上、こっちも慎重に対応しないとならなくて、ものすごく消耗した。


 ただ、全てのクレームに共通していたことがあった。製造番号は全部同じ。商品の製造期間には幅があるから、番号が全部同じってことはあり得ない。ほとんどの商品が回収されちゃってるしね。つまり手元に問題のお菓子があって、それを見ながら電話してるってことじゃないんだ。台本があって、それを読んでるってことなんだろう。

 そして、名前はどれも偽名だろう。姓名のうち、名前はいろいろだったけど、姓の方が特定の苗字に偏っていた。佐藤、鈴木、山田、木村……。いわゆる変わった苗字の人が誰もいない。確率的にあり得ないよね。


 さらに、かけてきた電話の番号と、向こうが口にした連絡先の電話番号が例外なく異なっていた。後でわたしに結果報告させる時に、間違った番号にかけるよう誘導するっていうことなんだろう。連絡が届かなければ、それをネタにまたクレームをつけられるし、うちの社で大量の迷惑電話をかけたってことになれば、社の信用に関わる。てか、その前にわたしが保たないわ。


 残っているお菓子を着払いで送ってくれというリクエストに、はっきりそうしますと答えた子は誰もいなかった。つまり、お菓子の現物はない。もしくはごく少数だってこと。明らかにテンプレートがあって、それをみんなで実行してるってことだ。


 でもね。悪意の行動にしてはおかしいことも、てんこ盛りにあった。たちの悪い悪戯だとすれば、必ずくすくす笑ったり、こっちの様子をうかがったりっていう変なリアクションがあるはず。でも、どの電話でも女の子たちの話し方はまじめだし、極端にこっちの出方を見てるような雰囲気でもなかった。どういうこと? ぐだぐだに疲れてたけど、わたしは必死に頭を回転させ続けた。


 電話をかけて来るのは、若い女の子たちだけ。決してふざけているわけではない。でも、クレームの内容はどれも同じ。偽名と、繋がらないであろう電話番号……。


「そっかあっ!」


 ばしいん! 机の上をノートで殴りつけた。


 そっか! 覆面テスターだ! バイトか課題か、それは分からないけれど、お店の応対や接客姿勢をテストしなさい。そう言って、わたしのクレーム処理の印象を採点させる。当然、商品とクレームの内容はマニュアルで指定されているから棒読みになるし、覆面だから実名や電話番号は教えなくていい。そういうことだ。女の子たちの奇妙なリアクションは、それで全て納得出来る。当然、覆面テスターの元締めは御影っていう女だろう。クソ女が考えそうなことだよ。


 わたしがデスクの上に潰れている間に、またぞろ電話がかかってきた。四十五本目。くそう!


「はい。高野森製菓お客様相談室でございます」

「あの……ちょっとお聞きしたいんですけど」

「はい、どのようなご用件でしょうか?」

「メリーナっていうお菓子を買ったんですけど、お菓子の中に砂が混じってて……」


 クレームの内容がこれまでと全く同じであることを確かめたわたしは、対応を変えた。


「ええとねっ!」


 わたしが突然怒りを剥き出しにしたことで、向こうが驚いたようだ。


「あなた、どこかの学生さんでしょ? さっきから、あなたの学校の生徒さんが同じ内容の電話をたくさんこっちにかけてるの!」

「えっ!?」

「あなたが通われてる学校に苦情を申し立てます。れっきとした営業妨害ですから。あなたの電話番号と会話内容は、すでに記録されています。あなたがここで切っても、必ず身元を辿りますので覚悟してくださいっ!」

「ひっ……」

「本名と学校名!」

「……」

「先ほど言ったように、あなたが嘘を言っても電話番号から必ず辿れます。苦情を申し立てる先は、あなたではなく学校です。正直に申し出なさいっ!」


 切れるかと思ったけど、気の弱い子だったようで、へろへろの返事が返ってきた。


「水沢ひな、です。ベガ女子大経済学部二年です……」

「もしお友達が同じことをされてるなら、すぐに連絡を回して中止するように伝えて! ずっと続くようなら、冗談抜きで警察沙汰にしますからね!」

「は……はひ」


 電話を切って、速攻でベガ女子大をスマホで検索し、そこの教務課に苦情をねじ込んだ。そちらの学生さんが、当社の苦情受付窓口に大量の虚偽の苦情電話を寄越してる。紛れもなく業務妨害だ。今後も続くようなら法的措置も考える。至急対応されたし。


 向こうの担当者は慌てていた。当学の生徒である証拠はと聞かれたから、携帯の番号を照合すれば一目瞭然でしょうと言い返した。これで、先々は同じ手口の電話が減る。でも、わたしの対抗措置には即効性がない。大学が対応するにしても、明日からしか出来ないだろう。今日は、まだまだこの手のくだらない電話に付き合わないとならないだろう。とんでもなくいらいらするっ!


 厄介なのは、電話番号でシャット出来ないこと。そして、本当のクレーム電話だった場合の対応をミス出来ないってことだった。


「ぐ……」


 この時点で、空腹はすでに吐き気に変わっていた。でも、まだ勤務時間内だ。持ち場を離れることが出来ない。なんとか堪えろっ!


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