(4)

 出て行けおじさんは、わたしが電話番号を元に発信者を特定することは出来ないと思ったんだろうか? だいぶ……感覚がズレてる。頭が悪い。


 わたしの照合した番号は、穂蓉堂のそれとぴったり一致していた。つまり、それまで一番疑わしいものの特定出来ていなかった出て行けおじさんの正体は、ほぼ間違いなく社長の父親だということ。公衆電話と携帯からの通話を遮断されて、頭が沸騰したあげくに、とうとうどうしても使いたくなかった店の電話を使っちゃったっていうことなんだろう。分からないのは、なぜわたしと一切面識がない社長の父親がわたしに一方的に高野森製菓を出て行けと言うのか、だ。


 社長は、すでに父親と距離を置いてしまっている。父親の圧力や指導は、もう社長には及ばない。社長とわたしとの変な関係を疑っているのだとしても、それは親には全然関係ないじゃんか。なんで父親が社長本人にではなく、わたしに出て行けって言うわけ?


「うーん」


 考え込んでいる間も、電話の呼び出し音は鳴り続けていた。


「ふう……」


 おじさんが、出て行けを怒鳴って切るだろうことは予想出来た。切羽詰まって店の電話を使うなら、なおさら身元を覚られるような長電話はしないだろう。やれやれと思いながら、受話器を上げる。


「はい。高野森製菓お客様相談室でございます」


 え? すぐに怒鳴り声が聞こえるかと思ったら。聞こえてきたのは、いらっしゃいませーという女性の声。そうか。怒鳴りたくてもお客さんが来ているから怒鳴れないってわけか。受話器からは店員さんがお客さんとやり取りする声と、道路をひっきりなしに車が走行する音が聞こえてくる。交通量の多い道沿いに立つ穂蓉堂の特徴が、ちゃんと受話器から漏れて来る。さっきの用意周到な無言電話とは正反対で、出て行けおじさんのは向こうの周辺情報がだだ漏れだ。


「く……」


 怒鳴りたくても怒鳴れないイライラ。それが受話器の向こうからじわっと伝わって来る。おじさんの出て行けが爆裂するまで待ってる義理はない。わたしは静かに電話を切った。その数分後。同じ電話番号から電話が掛かってきた。


「はい。高野森製菓お客様相談室でございます」

「で!」


 ……て行けが出る前に、わたしから先にミサイルをねじ込んだ。


「そちらは穂蓉堂さんですね?」

「……」

「当社は、穂蓉堂さんとは全くお取り引きがございません。当社の製品に対するご苦情やご意見であれば謹んで拝聴いたしますが、業務に関係のない脅迫や恫喝は悪質な営業妨害となります」

「……」

「本通話は全て録音されております。電話番号も記録に残ります。脅迫が続くようであれば警察に通報し、当社に対する営業妨害行為として必要な法的措置を取りますので、ご承知置きください」


 ぷつ。切れた……か。


 穂蓉堂の電話番号は、着信拒否しないことにする。クレーム受付用の電話が社長との唯一のホットラインとなっているように、社と社長の父親を接続するホットラインもどこかで確保しておかないとならない。もし社長が実家からの接触を拒んでいた場合、ここしか接点が無くなるからだ。出て行けおじさんのアクションの意味を探ることは、社長の真意を質すのにも必要になるし。


「それにしても」


 どうにもよく分からない。さっきの疑問はちっとも解決してない。わたしは社長の父親を知らない。一度も会ったことがない。敵視される覚えが何もないんだ。それに、社にいるわたしに出て行けと言うのなら、クレーム受付用の回線にではなく、社の回線、すなわち白田さんが出るはずの電話に直接掛けるだろう。でも、白田さんは出て行け電話が掛かってきたというのを聞いて、本当に驚いていた。あれは絶対に演技じゃないと思う。つまり、事務室にはその手の電話が一度もかかってないってこと。

 だとすれば社長の父親は、クレーム処理係の社員としてわたしがテレルームに居ることを知っていて、そのわたしを標的に電話してるってことになる。つまり、わたしは相手を知らないけど、相手にはわたしの情報が行ってるってことだ。それはイヤだなあ。


 だけどさあ。もし出て行けおじさんがわたしをよく知ってるのなら、電話なんていうまどろっこしい手段じゃなくて、直接社にねじ込みに来るだろう。電話での工夫のない出て行け連呼。あれを懲りずに繰り替えす単細胞なら、絶対に電話だけじゃ我慢出来ないと思う。


「あ!」


 そっか! 社長のテレルーム要塞化。あれは、白田軍の侵入を防ぐというだけじゃなかったのかも知れない。営業時間中に怒鳴り込まれたら、わたしは応対し切れない。標的が社じゃなくてわたし個人だとすれば、白田さんは抑止力にならないもの。

 でも。もし、わたしの情報が出て行けおじさんに漏れているのなら。もっと早くから、つまりわたしが入社した直後から出て行けおじさんの敵対アクションがあったはずだ。それが、社長のテレルーム要塞化の直後から始まったっていうのは……どゆこと?


「うーん」


 ストレートに考えて。テレルーム要塞化の直前に、社長から自分の父親に向けた何らかの宣言があって。それを聞いた父親がぷっつんしたっていうことか。で、父親はそれにわたしが絡んでいると邪推したってことなのかな?


「うーん」


 つーことは。その時に社長は、わたしの名前を出していないのかも。もしわたしの個人情報を知っていれば、出て行けに名前が連動するはずだ。出て行け何野……ってね。いや、そんなこともないか。わたしの名前を出した途端に、犯人の身元も絞り込まれて割り出されてしまう。わたしの名前を知っていても、あえてそれを口にしていない可能性があるんだ。


 ここで、はたと気付いた。


「そっか。一つだけはっきりしてることがあるのか」


 出て行けおじさん、すなわち社長の父親の苦情が、社長に直に行かずにわたしを直撃したこと。それは、社長と社長の父親との直接対話がぷっつり切れてることを暗示してる。


「ってことは。あ、書かなきゃ」


 三冊目のノートを開いて、暗号を書き散らす。


 社長は、わたしというクレーム処理係の女子社員を雇用したと話すと同時に、これから情報遮断するよと父親に告げた。父親はわたしと情報遮断の間に密接な関係があると邪推して、わたしに一方的に敵意を抱いた。

 情報遮断、もしくは情報統制の件。社長は、情報漏洩者の疑いが濃い白田さんには直接宣言していない。でも、その心配がない自分の父親にはダイレクトに宣言されたんじゃないかな。その宣言を機に、父親との接触を回避した。いや、切ったと言ってもいいかもしれない。僕の携帯にかけてきても、僕は出ないよって。


 頭に来た父親が白田さんのところに電話しないのは、白田さんを介してわたしを呼び出すことが出来ないから。まじめな白田さんは、社用でない電話は誰にも取り次がないでしょ。それに白田さんは、社長の父親を知っているんだろう。白田さんにかければ、自分の身元がすぐにバレてしまう。父親にとって、諸悪の根源は直接わたしで、しかもクレーム電話を受けるポジションにいる。だから、直にここにかけて出て行けか。


「そう考えると、つじつまが合うなー」


 ふう……。それでも、わたしの推理はまだ組み立て材料が全然足りてない。出て行けおじさんイコール社長の父親であることは間違いなさそうだし、出て行けの標的がピンポイントでわたしであることも間違いないだろう。でも、社長の父親がわたしをどこまで知っていてアクションを起こしているのか、その怒りの出所がどこにあるのか。今の段階では全く分からない。分からない以上、わたしは最大限警戒しておかないとならない。電話以外の攻撃アクションに対してもね。


 ぶるっ。背筋に悪寒が走った。


「やだなあ……」


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