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「ここまで、整理しよっと」


 社長は、決して感情が先に立たない、冷静な状況判断や先読みが出来る人。今の社を起業するに当たっても、決して場当たりや勢い任せではやってない。資金の確保。生産、販売の戦略策定。人材の確保とその運用。社長は限られた時間と資源を上手に使うことで、最少の投資で最大の効果を上げて来た。周りから無茶だと言われても、言葉ではなく結果でそれに反論出来る業績をちゃんと上げてる。とっても優秀なんだと思う。


 でも。でもね。その反面、謎が多すぎるの。


 まずね。社長の本心を誰も知らない。それをきちんと説明する姿勢が社長にない。そこがとことんおかしい。真意が分からないからこそ、社長のスケジュールを管理していた白田さんですら社長に疑いの目を向けてる。月曜の朝会の時だけが、唯一社員全員が揃う時間。社長は、そこで現在の社の状況については簡単に説明をしてくれるけど、自分の意気込みや社の抱えてる問題点の提起、わたしたちへのリクエストに突っ込んでくることはない。妙に淡白なんだ。


 そして個別面談でも、社長の基本姿勢に大きな違いはないんだと思う。社長がわたしたちにがちゃがちゃ言わないのは、社員がみんなベテランで優秀だから。確かにそうなんだろう。でも、ぺーぺーだろうがベテランだろうが、社員は機械じゃないよ。人間なんだ。それぞれ、自分なりの感情とストレスを抱えて仕事をしているはずなんだ。それに配慮しようっていう姿勢が、まるっきりない。


「いや、見えにくいだけで、ないわけじゃないか」


 不気味な社長に対して、みんながあからさまに悪口や不平を言わないのは、社長が自分の雇用主だからってことだけじゃないと思う。社長から、社員の誰にもネガな言動が向けられてないからだろう。だって、ぺーぺーのわたしですらそういうのを言われたことないもん。みんな、よくやってる。がんばってる。そういう言葉は、いっぱいかけてもらえるんだ。社長からのアクションがまるっきりゼロってことでもない。

 だけどわたしたちに対して、ここをこうして欲しいとか、こういうことじゃ困るとか、そういう言動がない。それがあまりに行き過ぎると、逆に信用を壊しちゃうと思う。正当な評価が出て来ないのは自分を無視してるからなんじゃないかって、勘繰っちゃうもん。社長は、自分の姿勢が社員の不信を招くリスクを背負っていることが理解出来ていないように『見える』。ただ、それが天然ゆえなのか、故意にそうしてるのかが分からないんだ。


 そして、白田さんや黒坂さんの社長評。


『変人だけど、有能』


 ここを、よーく吟味しないとならない。ベテラン二人の社長評には、いい人っていうニュアンスはないんだよね。つまりそれを聞いたわたしが、社長に妙なバイアスをかけて見ないように、慎重にプラス面、有能ってのを最後に持って来てる。わたしの意識にそれが残るようにしてる。でも、実際は違う。逆なんだと思う。


『有能だけど、思い切り変な人』


 本当の主張は、『変人』の方にあるんだ。


「だよなあ……」


 感情や本心を見せない社長。社屋にほとんどいない社長。社員を束ねるアクションを取らない社長。それなのに、社がうまく動いてること。自分の姿勢が異常だと分かっていて、それなのに何も不協和音が聞こえずに業績が上がってる。そうか。一番それがおかしいと感じているのが社長だってことだ。だからこそ、油がさされてなくて軋んでるって言い方になる。でも、それを社長自らが乗り出して解決しようという姿勢がない。電話とわたしというジョイントを噛まして、ものすごーく回りくどい方法で何かしようとしてる。


「うーん、そこなんだよねー」


 そう。そこが、どうしても解せない。


 『BRKN CY』


 高野森製菓は、壊れてる。最近壊れたのか、ずっと壊れたままなのか、分からないけど。少なくとも、単細胞の集合体はまだ何も組織されていない。ばらばらのままだ。そして、社長もそれは認識してるんだ。テレルームのセキュリティ強化が施された時に、社長はわたしにこう言った。


『それは本来はおかしなこと』

『潤滑油がない』

『軋みがあるのにそれが聞こえないのはおかしい』

『みんなの意思の交点がテレルームの電話になる』

『テレオペはそれを聞き逃すな』


 異常性はいやってほど認識してるはずなのに。それを解消しなければならないはずの社長の思考がこれでもかとズレてる。壊れてる。


「社長の被害妄想? 単なる妄想? いや」


 そんなはずはないね。盗聴器の設置。出て行けおじさん。『敵』のアクションは確かにあるんだ。何かが社長に降り掛かっている。それをなんとか回避しようとして、自分の弱点を探られないように極端な情報統制を敷いてる。わたしならそう考える。ただ、その方法がどうにもおかしい。


「ううう、なにがなんだか」


 まあ、いい。わたしが今やってるのは、上官としての社長のプロファイリングだ。謎解きじゃない。現状を踏まえて、上官としての社長をもう一回位置付けし直してみよう。まず、社長がわたしをどうポジショニングしているか、だ。


 社長が社屋にいないこと。その解釈次第で、わたしの位置付けも変わって来る。社長が何かから逃げ回っているなら、わたしは単なる防波堤に過ぎない。本務以外のことには一切関わり合いたくないから、わたしの方からシャットしといて。それだけ。それなら、わたしは単に汚れ仕事を押し付けられているに過ぎない。やる気なんか出ないよ。

 でも、たぶんそうじゃないね。わたしが来る前から、社長には社屋を温める暇なんか少しもなかったんだ。それは、前に白田さんから聞いてる。数人の社員で会社の規模に見合わないくらいの商品を流通させるには、のんびり椅子を温めている暇なんかない。社長は、自ら営業社員兼商品開発担当社員として外に出ずっぱりにならざるをえないってこと。その業務に差し障るから、社長に関する情報漏洩をうんとこさ嫌がってる。そういう風に考えた方がいい。ばり、まじめなんだ。


 自分の夢を懸けて会社を興した。生の感情を表に出さない社長が、わたしの前で強く言い切ったこと。それだけが、社長の掛け値なしの本音だったと思う。それは、どこからどう見ても逃げじゃないよね。


 そして、テレルームを要塞化したこと。あれは、情報接点を絞り込むのに必要な措置っていうだけじゃないね。テレルームに白田さんの支配が及ぶと、わたしがまるっきり動けなくなるから、社長がわたしをしっかり手駒として使うなら、わたしと白田さんとをしっかり切り離しておかないとならない。でもぺーぺーのわたしには、白田さんに対する対抗手段、つまり武器がまだ何もないんだ。

 だから社長は、テレルームの管理権限を社長命令付きでわたしに全委託することにした。そうすればわたしは、今日みたいにテレルームの特殊性を公然と利用出来る。社長は、わたしを守るためだけじゃなく、わたしの武器にするためにあの部屋を要塞化したってことなんだろう。あれは単なるトーチカじゃない。使える武器なんだ。


「ってことは、と……」


 社長は、マジメで緻密な作戦を立てられる有能な上官。でも。


「結局、指揮がものっそヘタくそ」


 指令が抽象的過ぎて何をどうしたらいいのかちっとも分からないし、何かあっても自力でこなせっていうのは思い切り無責任でしょ。自分の業務があるから、社長直々のトラブルシューティングは最後の手段ね。あとはよろしくーってことでしょ? なんだかなあ。

 本当は、何か策が用意されてるのかもしれない。でも部下のわたしにそれがかけらも見えないんじゃ、策の意味がないよね。本心を見せない社長の性質が、思い切り裏目に出てる。正直、わたしたちの使い方は決してうまくないってことだ。


「うーん」


 白田さんや黒坂さんのいう有能というのも、あくまで結果論。今後、社長の舵取り次第で業績がどう転ぶか分からないってことか。それを、社長自身も不安視してるっていうのが、どうにもいやあんな感じだよなー。


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