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 まあ、いい。社長は、場当たりじゃなくて、熟慮して最適な人材を採用し、配置していると思う。そして、わたしもその一人なんだと考えよう。まだ『一応』は外せないけど、信頼の置ける上官という位置付けを強化しよう。今の段階で見切って撤退は時期尚早だ。


 ただ。わたしは、どうも腑に落ちない。仕事が出来るプロ。だとすれば、プロには社への利益貢献を最大にすることが求められる。でも、白田さんのアクションは正直微妙だ。あれって、営業妨害じゃん。


「じゃあ、なぜ白田さんを採ったの?」


 社長はなんで、情報漏洩源になるような見るからにヤバそうな人を雇ったんだろう? ちらっと考えて、すぐに思い当たった。社長は、小さな会社をすぐに軌道に乗せるためにプロを集めたと言った。でも、カネも知名度もない吹けば飛ぶような会社に、凄腕のプロが喜んで来るかあ? 給料だって知れてるよね? そんなの、あり得ない。


「つーことわ、だ」


 社長がかき集めてきた人材は、実務能力が高い反面、全員どこかに難があるってことなんだろう。それは、出木じーさんを見ればすぐ分かる。


 出木じーさんは、製菓機械の扱いについてはバカ高いプライドを持ってる。機械のトラブルが売り上げに直結しちゃう小さな会社じゃ、稼働率の確保は間違いなく最重要課題で、出木じーさんはその点ではむちゃくちゃ優秀なんだ。でも、性格は最悪。自分が神様で、あとはクズだもん。興味の幅がものっそ狭くて、その範囲外のことを無視するならともかく、くっそみそにこき下ろす。コミュニケーション能力はゼロに等しい。


 そんな根性のひん曲がったじーさんをわざわざ招いて、なぜ工場長に据えたか。工場じゃ、じーさんは機械を見るしか仕事がない。誰かと話さなければならないという状況を作らない限り、じーさんの悪癖は誰にも影響しない。社長が、そう割り切ったっていうことなんだろう。


 黒坂さんもそうだ。最初からおかしーなーと思ってたけど、大手不動産会社の本社営業部長まで上り詰めた人が、まだ退職の年齢でもないのに、なぜうちみたいな貧相な会社のどさ回りをやってるの? おかしいじゃん。

 白田さんや黒坂さんに直接聞けるようなことじゃないから、ずっと黙ってたけど、どう考えても黒坂さんが前の会社でどでかいヘマをやったとしか思えない。しかも、スキルのある人が退社後にそれなりの規模の他会社に再就職出来てないってことは、そのヘマが黒坂さんのキャリアにとって致命的だったってことなんだろう。


 カネか女か。わたしは、なーんとなくだけど、後者じゃないかなあと見てる。


 社長と違って、黒坂さんの人の良さは訓練された商売用。あくまでも営業用のツールだと思う。社長の愛想もちょっと妙ちきりんなんだけど、社長のがまだ寸足らずだとすれば、黒坂さんのはあり余ってるんだ。自分の持ってるエネルギーを抑え切れなくて、どこかに尊大さと抜け目なさが見え隠れしてる。

 でもたった五人しかいない会社で、しかもわたし以外は男とおばはんじゃ、もしたらしの悪癖があっても社内でそれをぶちかます場所がない。一人営業に近い状態ならものすごく忙しいから、出先で余計なことをしでかす心配もないだろう。社長が、そう割り切ったんちゃうかな。

 もしわたしの見込み違いで、それが女じゃなくてカネ絡みだとしても同じこと。白田さんは几帳面で、社長のチェックも毎日入るから、出納に黒坂さんの付け入る隙はない。そもそもうちの社はまだどこもかしこも借金だらけで、付け入れるようなお金なんかどこにもないだろうし。


 白田さんの場合は、出木のじーさんや黒坂さんとはちょっと違うように思える。仕事に対する姿勢はとことんまじめだし、性格にも『見た目には』大きなクセがない。普通のオバさんだ。本性の部分がどうかはともかく、感情や姿勢を常識範囲内にきちんとコントロールしてるのは、しっかり社会的な訓練が出来ているからなんだろう。うちの社では、間違いなく一番オトナだと思う。


 あらゆる事務を一人でばりばりこなせて、まじめで、温和で、常識をきちんとわきまえてる。そんな優秀な人が、なぜうちみたいなちんけな社に? 前にお茶の時間に、オバさんにそうそう職なんかあるわけないでしょって言ってたけど、そういうどうでもいい人を社長は雇わない。社長はプロを雇ったって言ったんだ。つまり。白田さん自身にとんでもなく黒い過去や瑕疵があるのじゃなければ、白田さんの訳は外にあるんじゃないかな。それが御影に絡んでいると考えるのが妥当だろう。弱みを握られているとか……。


「なるほど。そっか」


 出木のじーさんにしても、黒坂さんにしても。うち以外には、どこにも居場所がないのかもしれない。社長はそれを切り札にして、訳ありの訳を押さえ込んでると見た。でも、白田さんの場合は違う。白田さんは、社長に雇用されていながら実質は共同経営者に近い。何があっても、社長からは首を切れない。


 白田さんがわたしに言ったこと。


『ここ以外に、オバさんにそうそう就職口なんかあるわけない』


 ウソだっ! あれは、わたしを油断させるための方便。社長は、白田さんだけは切りたくても切れないんだ。それは白田さんの実務能力だけでなく、白田さんを介して繋がっている外部の何かも、容易に切り離せないってことを意味する。


 でも。商売が軌道に乗って、社長が当初考えていた試行期間は終了が近いんだろう。そろそろ離陸なんだ。最初白田さんを通じて繋がっていた燃料パイプは、今はもう厄介なゴミになりつつあって。社長は、それをどうしても片付けたいってことなんじゃないかな。白田さんを送り込んできたラインはとりま維持しつつ、白田さんからは情報を流させない。そのためのテレルーム設置だったのかも知れない。


 社長のスケジュールや出張先の情報は、最初は白田さんが一括管理していた。プライベートはともかく、社長のオフィシャルな行動は白田さんが把握してた。それが外部にそのまま漏れてた。社長は、それは最初から分かってたはずだ。でも社長があえて対策を打ったってことは、情報漏洩が社長の業務に深刻な影響を及ぼすようになってるっていうこと。そこが、社長の当初の想定よりも悪化したんだと思う。まあいいやでは済まなくなったんだ。それも、わたしが入社する前から。


「ううむ」


 わたしは、白田さんが今のポジションをキープするためには、わたしに対する極端な敵対行動を取れないと考えてた。でも白田さんに紐が付いているんだとすれば、ここの職は抑止力にならない。白田さんが辞めて困るのは、社長だけってことになっちゃうもの。

 白田さんが現職にこだわるのは、ここでしか社長と濃い接点を持てないから。それは多分給料の問題じゃない。きっと別の理由なんだろう。だから、わたしの立てた甘ったるい前提は、きっちりご破算にしておかないとならない。白田軍が、もっと過激な策に打って出ることを覚悟しないとだめだ。


「それと……」


 白田さんと出て行けおじさんの間に直接の関係がなくても、白田さんを操る外野と出て行けおじさんとの間にはなんらかの利害関係があるかもしれない。最初から二者が完全に独立していると考えてしまうのは、危険だろう。

 今の段階では、誰と誰の間に関係があるとも、ないとも決めつけちゃいけない。そこを自由に動かせるようにしておかないと、重要なヒントを見落とすことになる。そして複雑に絡み合っている関係を読み解いて行くには、何よりまず、出て行けおじさんが誰かを明らかにする必要があるんだ。


「それをどうするか、だなあ」


 でも、わたしにはだいたい当たりが付いていた。社長のことを好ましく思っていない人物が、最初から、一人だけ、誰にでも、はっきりと、分かっている。それをまず確かめておけばいいよね?


「明日の帰りにでも、店に行ってみるかあ」


 そう、それは。和菓子屋をやってる、社長の父親だ。


「ふう……」


 お腹とどたまにエネルギーが詰まったところで、残業は一段落ってことにしよう。


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