(4)
「さて……と」
コーヒーを飲みながら、さっき書いた五項目のメモに追加で書き加える。
6)白田軍は、わたしを排除するためにエロ音声を聞かせて混乱させようとした。それをかわしたわたしは、社長が白田軍の敵対行動を知ってテレルームを要塞化し、情報管理を厳格にしたことを白田軍に通告した。
7)出て行けおじさん
そう。通告。
わたしが社長から告げられたことは、秘密指令ではない。社長はわたしに、指令をみんなに内緒にしろとは一言も命じてないんだ。だから、わたしはあの時社長通告という形で白田さんたちに新ルールを突き付け、白田さんを押し返す切り札にした。でも、それなら最初に社長が全員に通告すればいいこと。指令を秘密にはしてないけど、おおっぴらにもしてない。どうもこそこそしてるんだよね。
「うーん」
それと。最後の出て行けおじさんの要素だけが特異で、白田軍との直接関係がなさそうなんだよね。そして、社長が出て行けおじさんのアクションについてもあらかじめ予測していたことは、始まったか、のセリフで分かる。
「うーん」
ここまで書き並べても、まだまだ分からないことばかりだ。
Q1 白田ー御影軍は、社長の情報を得て何をしようとしているのか?
Q2 出て行けおじさんは、誰に向かってどこから出て行けと怒鳴っているのか?
Q3 黒坂さんや出木のじいさんは、今回の件には何も絡んでいないのか?
Q4 社長は、白田さんや出て行けおじさんのアクションを予想していながら、なぜもっと積極的な対応策を取らないのか?
Q4を書いて、はたと手が止まった。
そもそも一番分からないのは社長なんだ。社内の組織度が低くて、人間関係が軋んでることを認識していながら、社長自らがそれを緩和するためのアクションをまるっきり取らない。情報交点をわたしのところに絞って、交通整理をわたしに丸投げしているように見える。でも、じゃあそれをわたしにやらせるのかと思えば。
『ようちゃんにはまだ無理だよ』
わけ分からん。
「むーむむむ」
社長からの業務命令が出た直後に、わたしが自己分析したこと。その時にも、社長のスタンスがよく分からないから、とりま上官という位置付けにしたんだ。その位置付けは、わたしの中では上がっても下がってもいない。最初から変わってない。そこが中途半端なままだと、これからわたしの立場がどんどんしんどくなる。わたしの中での社長の位置付けを、もう一度やり直さないとならない。
「うし!」
入社する前。合同説明会の時の社長説明の時まで遡って、社長のプロファイリングをやり直そう。ヒントは、これまでの会話の中にいっぱいあった。
社長は変人。白田さんも黒坂さんも、口を揃えてそう言った。でも社長が普段わたしたちに見せる姿勢には、特に異常性を感じさせるものはない。ただし、背反する要素が隣り合って同居してて、それがどうにも気味が悪い。白田さんたちが社長を変人と評価するのも、そのあたりなんだろう。
穏やかで尖ったところがなくて、でも無駄なく機能的。行動はきびきびしてるけど、誰ともつるまないで単独行動。やる気はたっぷりあっても、その出方が微妙に偏ってる。業績を上げることに一所懸命だけど、利潤追求型にしてはぎらぎらした欲が見えない。
「うーん」
そのつかみ所のなさに、思わずうなってしまう。合同説明会の時の社長のアプローチも、まだ未熟な会社だから一緒にやろうよっていうフランクな誘いだったんだけど、わたし個人に着目したっていう感触は一切なかったんだ。肉食獣の臭いが全くしなかったから、わたしも行こうかなって気になったんだもん。でもさ。それじゃ、なんでわたしだったわけ? 説明会の時の社長の姿勢は、来てくれるなら誰でもいいって感じじゃなかったよねえ。
あの飲み会の時にぬいやみりに突っ込まれたのは、確かにその通りなんだ。白田さんも、お茶の時に同じ突っ込みを入れたよね。白田さんの質問の目的は、ぬいたちとは違うんだろうけど。でも、わたしにすらその理由が分からない。社長からの説明が何もない。社長、なんで『わたし』だったの?
わたしが思い当たったのは一点だけだった。
「たぶん、
あの合同説明会。文系の学生だけでなく、理系の学生もかなり来ていたと思う。でも、理系の子はほとんど男の子なんだ。リケジョはうんと少ない。わたしは、その数少ないリケジョだったんだろう。社長が希望していた人材は、感情に流されずに情報を収集、解析できる人。そして、いかなる事態も冷静かつ臨機応変にさばける人……だったんじゃないかな。そのスキルさえあれば、別に文系、理系、男、女、年齢、何でもいいはずなんだけど、社長はリケジョにこだわった。社長に肉食系の気配が全くない以上、それは理詰めの判断だろう。
情報整理をテレオペに遂行させるなら、男の子がその役をするのは無理。わたしも社長の判断には同意する。なぜか? 社の品質管理の一環としてやってるクレーム処理と、今回のごたごたとが切り離せないからだ。筋違いの電話を即切り出来ないストレスで緊張して、どうしても口調がきつくなる。でも本務であるクレーム処理をこなすなら、口調が威圧的に聞こえるのはまずい。お客さんへの最初の印象をよくするためには、どうしても女の子が要るんだ。
でも、社長の選択肢は最初から限られてた。社長が一方的にわたしたちを選べればいいけれど、実際は逆だもん。社員が数人しかいない、まだ出来立てほやほやの弱小食品メーカー。いくら直近の業績がいいって言っても、長い将来を見越して就職したいって考える子はほとんどいないと思う。
だから社長の売りは、楽してお給料がもらえる、それしかなかった。テレオペは業務が軽いから楽だよーってこと。それでも、普通は警戒するよ。みりやぬいに警告された通りだよね。みりやぬいでなくても、きっとみんな同じことを指摘すると思う。社として、業務需要のない職をなぜ設定するのか。それを知っていながら、なぜわたしが応募したのか。
「んんん……」
いや、話が逸れる。今は、まだそれは置いておこう。社長自身のことの方が先だ。
「ええと」
書き過ぎた部分をぐしぐしと横線で消して、話を戻す。ともあれ社長はリケジョの確保を目指し、幸か不幸かわたしはぴったり社長のニーズにマッチした。社長が最初から情報統制のためにテレオペを使おうと企図していたのなら、社長の望む能力を持つ女子学生なんか最初から皆無に等しいってこと。そりゃあ、わたしへのアプローチが熱心になるはずだよ。情報統制が目的であることを最初から正直に話せば、わたしがうんと言うわけないじゃん。社長は、他のことはフルオープンにする代わりに、そこだけを隠したってことになる。
でも。でも、だよ。それは、社長がわたしのポジションにそれなりの重みを置いているからだ。今日の白田さんの爆撃ですぐに爆死するようじゃ、社長の作戦は成り立たなくなる。冷静で、感情が先走らず、人の行動や言動の裏をきちんと読み取れる人じゃないと、わたしのポジションは勤まらない。社長はそう考えているんだろう。で、わたしに実際にその資質があるかどうかはともかく、わたしがリケジョらしく情を交えないできちんと理詰めの対応が出来るかどうか、今現在現場で確認中ってことなんだろうな。
そういう意味じゃ、わたしはまだ研修中……いや仮採用中だって考えた方がいいんだろう。
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