(4)

「んー」


 知られたくない居場所をしつこく探っている時点で、白田さんたちが社長にとって好ましくない人物群であることは間違いない。でも、それだけで『敵』と言い切るにはちょっと……。動機が分からないし、社長の被る実害レベルが高いとは思えないからだ。白田さんたちにとって、社長と直接連絡が出来るラインが確保されていた間は、なんだかんだで社長の情報が入手出来てたんだ。そして社長は、白田さんからの情報漏れに苛立っていた。

 ほとんど実態のないクレ担のテレオペとしてわたしを入社させたのは、その白田さんのラインを情報源として機能させないための布陣。わたしを遮蔽板として使うことで、社長は白田さん経由で御影って女に情報が漏れることを防ごうとしてる。そういうことだ。


 わたしが入社してからしばらく泳がされていたのは、白田さんの誘導尋問にどの程度トラップされるかを、社長が慎重に見極めていたってことなんだろう。幸か不幸か、その期間はわたしにとってのリハビリ期間だった。クソハゲ教授の暴風雨を身を縮めてやり過ごしていた、講座での地獄の二年間。そこから遠ざかりたい一心で、わたしには周囲を見回す余裕なんかこれっぽっちもなかった。自分の精神的ダメージを癒すことが最優先で、社長や白田さんたちのキャラを突っ込んで考えることなんかなかったんだ。


 わたしは社長の行動やスケジュールに全く関心がなかったから、わたしが白田さんの持っている以上の情報を入手することはない。だから、社長に関する最新情報が、わたしから白田さんたちに漏れることはなかった。そして、白田さんが社長のことでどんなにわたしにかまをかけても、わたしは頭を休めたい一心で全然それに興味を示さなかった。わたしの態度を見て白田さんはがっかりし、社長は安心したってことなんだろう。

 口が堅くて注意深く、軽率になんでもしゃべってしまわない。社長には、わたしがそんな性格に見えたのかもしれない。これなら手駒として使えそうだな、と。あのだらけきっていた日々は、わたしの観察期間だったってことか。あの社長も意外にえげつないね。白田さんのことなんか言えないわ。


 ともあれ、白田さんが直接社長に掛け合えるラインを切られてしまった今、白田さんの目にはわたしだけがそれを握っているように見えるんだろう。なんで、あんなぽっと出の若造を腹心の部下にするわけ? 白田さんにとっては、それが我慢ならない。白田さんたちにとって、敵は社長じゃない。いきなり現れて、社長をきっちりガードしてしまったわたしが敵なんだ。


「そうか」


 昨日の外ランチ。わたしがテレルームを出られないと聞いた時の、白田さんと御影の反応の違い。白田さんは黙り、御影は笑った。


 わたしの言葉は、社長の命令の受け売りではなく、わたしが盾となって社長を守るという敵対宣言として白田さんに受け止められた。白田さんの中では、わたしの方が先に宣戦布告をしたことになってるんだろう。反応は地味だったけど、白田さんは怒ったんだ。そして、白田さんの協力を信用し切っていなかった御影にとっては、逆に白田さん自身の不快感がはっきり見えたことで、白田さんの支配が完了することになる。白田さんの調整や裏切りを考えなくてもいい。だから笑ったんだ。


 その後の白田さんのアクションは早かった。盗聴器による陽動作戦を仕掛けた後で、社長の情報統制に猛烈に逆らった。もちろんターゲットは社長ではなく、情報に蓋をしているわたし。それが、さっきのだ。


 いいよ。そっちがその気なら、こっちも対抗するから! そんな感じで、わたしと事務室とを接続しているゲートを腹立ち紛れにばったーんと閉めた、と。ただ、物理的にゲートを閉めてしまったら大ごとになる。わたしが職務に差し障ると社長に訴えたら、社長がその行状を盾に白田さんを排除することなんか、最初から分かり切ってる。だから、わたしの方から離れざるを得ないように、えげつない方法で牽制したってことじゃないかな。それを真に受けてわたしが階下にアクセスしなくなったら、白田さんはわたしのことを社長に悪し様に言うんだろう。新人のくせに態度が悪い、と。


 それは『見かけ上』事実だ。社長はゲートを緩めて、白田さんたちに配慮せざるを得なくなる。そうやって敵のわたしを遠ざけ、社長との接点を取り戻そうと目論んでいるんだろう。


「ふううっ」


 逃げ込んだトーチカで身を潜めている間に、すっかり頭が冷えた。


 でもなー。社長の妄想にずるずる引きずられて、敵味方という概念にあまりはまり込まないようにしないと。かえって墓穴を掘ることになるかも。もう少し冷静に、自分自身も含めて状況解析を深めていかないとなー。それに……。


「今後の対応をどうするかなんだよね」


 わたしの足を事務室から徹底して遠ざけようとしている白田さんの策に、まんまとはまるわけにはいかない。ものすごーく気持ち悪いんだけど、これまでと変わらないアクセスを続けないとならない。

 そして、白田さんにとっての敵が社長じゃなくわたしだとすれば、白田さんたちの攻撃がもっと陰湿になる可能性がある。それに対してもきちんと備えておかないとならない。あーめんどくさ。


 社長への報告は、今回はなし、だ。納得行かないところはあるけど、次の動きを待った方がいいだろう。わたしが今回の白田さんたちのトラップを冷静にかわしてしまったら、白田さんたちはもう少し強い攻撃手段を模索せざるを得ないんだ。その出方を確認してから社長に上申しても、決して遅くはないだろう。


 そして。わたしは、午後ずーっと大人しくしている電話を見遣った。


 発信者非表示の電話を受信拒否したこと。それによって、出て行けおじさんのバカげた攻撃はシャットアウト出来た。でも、それで全ての電話攻撃が収まるという保証はどこにもない。だって、社長自ら言ってたじゃん。この電話が全ての交点になる……ってね。そして交点に集まってくる意図は、きっとわたしには決して歓迎出来ないものばかりだろう。


「はあ。いくらクレ担だって言ってもなあ」


 こんな話は聞いてないよ。くそっ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る