(3)

 結局、クレ担関係の二冊のノートには何も書き残せない。それが、わたしの窮状を現している。でも、これまでのことをきちんと整理して、三冊目のノートにはきちんと記載しておかないとならない。


 さっきのえげつない出来事は、これまで白田さんや御影って女が臭わせていたような遠回りで示威的な行動じゃない。初めての明らかな敵対行為だ。業務には一切関係のない不道徳な行為を、勤務時間内にこれ見よがしにやらかす。いかにピンポイントにわたしを狙ったものであったにせよ、それが万一外部に漏れれば、社の評判を著しく落とすことになる。それは白田さんの脅迫。私をクビにするなら、ただでは死なない。自爆して、社を巻き添えにしますからねっていう脅迫だ。それが露骨な敵対でなくて、なんだろう?


 これまでわたしに対して見かけ上友好的な姿勢を維持してきた白田さんが、はっきりと牙を剥いたこと。それは白田ー御影軍が、わたしや社長に敵対するってことの

宣言だ。つまり、今後わたしは彼女たちを自軍に位置付ける必要がないってこと。そして『出て行け』おじさんとの相互関係インタラクションを、わたしが調べて行かないとならない。それが、社長の言う『こなせ』っていうことだから。


 メモろう。


 社内のこと。午後三時。

 『IN CY PM3』

 事務室で白田さんが情事。ただし、罠かも。

 『SR=OFCFCK TRP?』

 事実かどうかを確かめられない。

 『T/F UCTN』

 今後、白田ー御影のラインは敵に位置付ける。

 『SR+MK=ENMY』


 そこまで書いて、わたしの筆ははたと止まった。


「あれえ?」


 社長が『敵』っていう言い方をしてたから、そのまま何の疑いもなく敵だって位置付けたけど、それってどうにもおかしくないか?


 『ENMY? FOR WHT?』


 この社に来てから、ずーっと消えていない違和感。それが、またむくむくと膨らんで来た。


 ぬいの指摘通りなんだよね。この社では誰もが単細胞のままで、組織としてまともに組み上がっていない。それを社長自身が堂々と言ってる。部品は優秀でも有機性がないってね。本来一枚岩の組織に裏切り者がいるっていうことなら、社長が敵って言うのも分かるよ? それ以前だよね。まだばらばらのままじゃんか。それを束ねて組織するのが社長の仕事なんじゃないの? なんだかなあ。


 しかも社長は、会議じゃ社員の意思の組み上げがうまくいかないって言った。でも、わたしはその会議すらやってるのを見たことないよ? 月曜の朝会と、個別面談だけじゃん。さらに。社長は、個々の社員にきちんと向き合っていない。みんなプロなんだから、自分の持ち場はしっかりやってねって言うだけ。わたしに対してだけでなく、実質誰も彼も放置なんだ。

 何百人も社員がいる会社ならともかく、こんな数人しかいないところで直接のコミュニケーションを最少にしてる。それって……どうよ? しかもコミュニケーションツールを、クレーム処理用の電話に絞り込もうとしてる。その発想は、どう考えてもおかしい。


 白田さんや黒坂さんが社長のことを『変人』というのは、そこだよね。ねえ、社長。本気で会社やろうとしてるの? 社長だけじゃない。白田ー御影軍も、敵っていうにはあまりにお粗末なんだ。だって、社長に正面から楯突けばすぐ首にされるってことなんか、バカでも分かるよ。それに、わたしが今日のことをずっと黙ってるはずなんかないじゃん。マジにご注進てことじゃなくても、社長ぉこんなんはなしですよーって愚痴はいつでもこぼせるんだから。


「うーん」


 でもさあ。大企業の御曹司で、社会的地位も権力もお金もざっくざくって言うならともかく、社長ってば起業したばかりの借金塗れのぺーぺーじゃん。社長を干上がらせることなんか、きっとわたしにだって出来るよ。ばかばかしいからそんなことしないけどさ。それを、なんでわざわざ敵対? うーん。


 被害妄想爆発させて逃げ回ってる社長。子供っぽく敵愾てきがい心を剥き出しにしてる白田&御影軍団。


 『FOR WHT?』


 なぜ? なんのために? 敵対?


「あっ!」


 ぱんっ! わたしは、思わずシャーペンをノートに叩き付けた。跳ね返ったシャーペンがわたしの手を離れて床に転げ落ち、甲高い音を立てて転がった。


「分かったぞっ! そうかっ!」


 わたしは、思い切り社長の言葉に引きずられてたんだ。敵対の対象が社長とは限らないじゃん!


 ぱちん! 指を鳴らす。


「なるほど! 敵は社長じゃない! ピンポイントにわたしだ!」


 さっき、自分で推測したじゃんか。まあだ頭が冷え切ってなかったんだなー。もう一度整理しよう。


 社長には敵が誰だか分からない。

 『SCH DDT KNW ENMY』

 社長は敵に自分の居場所を知られたくない。

 『SCH WNT 2 HD HMSLF』

 白田ー御影ラインは、社長の居場所を知りたがっている。

 『SR WNT WHR SCH』

 その二者の要求は決して一致しない。

 『DMD SCH≠SR』


 わたしは職務として、社長の位置情報を得ようとする白田さんの働きかけを遮断している。

 『Y CTOF SCH PLCINF AGST_SR』


「つーことわ、だ」


 転がっていったシャーペンを拾って、芯が一本出切るまで、ノックし続けた。

 かちかちかちかちかち……。


 よーく、考えろ!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る