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 そして、現在の戦況。まず、敵味方の整理をしてみよう。これは具体的に社を攻撃してるやつって意味じゃない。わたしと社長に対し、大なり小なり敵対的なアクションを起こしてるっていう意味だ。


 まずは社、もしくは社長にとっての明らかな敵。これは、皮肉なことに社長の両親だ。社長は、親の店を継ぐのを拒否してるだけじゃない。まるで親に当てつけるみたいに菓子の製造業を起業し、しかもまるっきり違う切り口で事業展開してる。そういう息子の姿勢は、親にはまるっきりおもしろくないだろうと思う。実際、すでに父親がここに怒鳴り込んで来てる。親がこの会社を畳ませようとして、社長にいろいろ仕掛けてくる可能性が極めて高い。社長が社屋に長居しないで外ばかり回ってるっていうのも、仕事上の理由って言うより、それに絡んでるんじゃないかと思う。それはまだわたしの憶測に過ぎないけど……。


 次に、わたしの敵。これが、イコール社長の敵かどうかはまだ判断出来ない。でもわたしに対して、陰に陽に敵対もしくは不快感を示すアクションがいくつかあった。


 一つは、御影っていうバイトの女。自分からなんら意思表示をしないっていうのは、明らかにわたしを無視してるってこと。自分はバイトで、わたしは曲がりなりにも社員なのに、その身分差をなんら考慮してない。高飛車だ。そしてその姿勢を、わたしだけでなくベテランの白田さんにも適用してる。あの不遜な態度が、わたしへの敵視でなくて何だろう?

 そして態度が悪いだけじゃなくて、わたしの周りをしきりに嗅ぎ回っているように思える。白田さんには、明らかにその片棒を担がせてる。自分が直接動けばすぐに疑われるということを知ってて、だからほとんど社屋に来ないんだろう。盗聴器も、彼女の仕業なんじゃないの? だって、社屋の鍵は原則として白田さんが管理してる。わたしが帰宅した後、テレルームの鍵を合法的に開けられるのは白田さんしかいないんだ。だからこそ社長が鍵を変えて、テレルームの管理権限を白田さんから取り上げたのだから。


 でも彼女が知りたがっているのは、わたし個人のことじゃなくて、社長の身辺なんだろう。社長は自分の居場所が特定されないように、あらゆる手段で煙幕を張っているから、社長の個人的な情報は、その居場所だけでなくてそれ以外のことについてもほとんど入手出来ないんだ。それをあの手この手で探っているように見える。


 なぜ、急にこの部屋が要塞化されたか。きっかけになったのは、きっと昨日の女子会だ。つまり御影という女が白田さんを使い、わたしの言動を通して社長の動向を探らせたというアクション。それを社長が嗅ぎ付けたってことだろう。むー……でも。なぜ社長がそれを知ったの? わたしは、女子会以降社長と接触する機会はなかった。そして出ていけ電話一本かかったからと言って、それで盗聴器のところまで発想がぶっ飛ぶのは不自然だ。


「……ん」


 考えられるとしたら。一つしかないよね。キーは白田さんだ。


 白田さんと御影っていう女との間に、微妙な支配、被支配の関係があるのは間違いない。でも、白田さんが純粋に御影の手下として動いているかっていうと……そうとも言い切れない。もし、露骨にそれが分かる状態ならば。いかに業務がベテランに依存しているとは言っても、社長が社員の中で一番換えやすい事務のポジションから白田さんを外すのは間違いないからだ。

 つまり。白田さんは、社長と御影っていう女の板挟みになってる。白田さんを通じて御影っていう女に漏れる情報があると同時に、御影っていう女の情報も社長に漏れる。そして社長も御影っていう女も、薄々それを知ってる。そう考えないとつじつまが合わないよね。


 社長は、白田さんの扱いも含めて、あの御影っていう女のアクションを完全に排除しようとはしてない。なぜか。きっと、まだあの女の目的や行動が読めないからだと思う。だから社長は、敵の攻撃が『分からない』と言ったんだ。白田さんと御影を切らないのは、社長が彼女たちを泳がせているからと考えていいのかもしれない。


「ふう……」


 でも。白田さんがあの女の影響下にある以上は、現時点では敵と位置付けないことにはしょうがない。


 黒坂さん、出木のじいさんとパートさんたち。今の時点では位置付け不能。中立の位置に置くしかない。もっとも、黒坂さんは社長と同じでほとんど社屋にいないし、出木じいさんも工場に付きっきりだ。精神的にも物理的にも、わたしや社長にアクセス出来る可能性はほとんどない。いや、黒坂さんと社長の間ではありうるか。でも、まだ材料がない。そこはペンディングだ。


 そして、敵味方が誰かとは別に、社もしくはわたしに向けた攻撃があった。一つは、クレ担への執拗な『出て行け』電話。もう一つは、テレルームへの盗聴器の設置。でも、どちらも本格的な攻撃とは言い難い。なぜなら、どちらの目的もはっきりしないからだ。わたしに対しての個人攻撃なのか、社への攻撃なのかすら分からない。


 社長は、盗聴器のセットが素人仕事だと言った。裏返せば、それは『わざと』分かるようにセットしたと考えることが出来る。本気で盗聴するっていうよりも、あんた方の行動なんか私たちにはいつでも分かるのよっていう脅しや警告のようにも見える。だとすれば、それは出て行け連呼おじさんのレベルとなんら変わらない。幼稚で、まともにかかわり合うのがばからしいこけおどしに過ぎない。


 つまり。わたしのところに集中してる二つのアクションは、その実行者が誰であったにしても、まだ信号弾をばんばん打ち上げてるだけと考えた方がいいんだろう。具体的な攻撃というよりは、まだ『警告』の段階なんじゃないかな。その警告に怯えた立場の弱いわたしをさっさと退場させることで、社長を孤立させることが本目的なのかもしれない。


 そういうことに突っ込んできそうなのは、社長の親じゃないかと思うんだけど、確証がない。そして、出て行け電話と盗聴器のベクトルが微妙に違うような気がする。出て行け電話は、わたしの追い出しが目的で、問答無用。盗聴器は、社長をトラップするため。もしそうだとしたら、方向がかなり違う。うーん、そんなに単純な話じゃなさそうだなー。

 敵の姿がはっきり見えなくて、しかもその攻撃が稚拙で目的が不鮮明なら、まだわたしが慌てる必要はなさそうだ。つまり敵が誰であったにしても、その標的や狙いが明らかになるまでは経過観察に努めればいい。


 問題は、だ。わたしの軍務がよく分からないってことなんだよね。社長のわたしへの直接のオーダーは、クレーム受付用回線にかかってくる電話の記録と内容解析だ。つまり情報収集だけ。本当にそれでいいのなら、わたしにとっては大した手間じゃない。わたしからの状況報告を受けた社長が、善後策を考えるだろうから。でも、実際には情報収集だけじゃ済まないんだよね。だって社長は、こう言ってる。これから起こることをわたしがこなせ、と。僕はそれには関われない、と。


 つまり、電話を介してわたしに降りかかるであろうアクションの中には、命令通りに情報を整理して社長に報告するだけでは済まない特殊なものがあるかもってことなんだろう。それに対する社長の命令が『こなせ』っていう曖昧な言い方なのは、敵のわたしへのアクションが社長には全く予想出来ないからだ。知ってて言わないじゃない。本当に分からないんだろう。


 ここまでで、一度まとめよう。


 自分のポジション。新兵。

 司令官。とりま、社長。

 手持ちのポイント。ライフが50。武器は10。防具は90。

 ミッション。最終目的は不明。現時点では情報収集。

 友軍。不明。

 敵軍。不明。


 戦闘ステータス。


 ……開戦。

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