(3)

「かのっち。他の社員さんは、あんたに何も言わんのかい?」


 みりが店員を呼びながら、わたしに指を突きつける。


「うーん、事務の白田さんに聞いてみたけど、社長は変わり者だから何考えてるか分からんて言われただけ」

「その人は女?」

「うん、おばさん。トゲのない人で、わたしはやりやすい」

「ふうん」


 みりが腕組みして考え込む。


「んじゃあ、営業の人わあ?」


 ぬいがまた枝豆に手を伸ばした。


「んー、黒坂さんも社長が変わり者だって言ってるだけで、わたしのことはなんも言ってないなあ」

「そいつわあ、オトコ?」

「うん。おじさん。年配だね。わたしの親父くらいの年かな。ほとんどどさ回りで社にいないから、どんな人か詳しくは知らないけど、ちょこちょこっと話した限りでは人のいいおっさんて感じ」

「工場わあ?」

「わたしは、工場はちらっとしか見たことないんだよね」

「へ?」


 みりが信じられんという顔でのけぞる。


「だから、パートのおばちゃんでどんな人がいるとか、そういうのは分かんないのー。見学行った時に工場長が居たから、工場長は知ってる」

「若いの?」

「まさかー。偏屈で頑固もんのじいちゃんだよ。わたしはまるっきり相手にしてもらえない。見学した時に挨拶したけど、ふん若造がって感じだった」

「へえー」


 ぬいが、枝豆の殻をわし掴みにして、空いた皿にぼんと放り投げた。


「社長の家族わあ、口出してこないのぉ?」

「どうなんだろ? 両親は社長とは距離置いちゃってて、製菓会社の方にはノータッチを貫いてるの。ケンカ別れに近いのかな」

「へ? 社長の両親も菓子作ってるわけー?」

「そ。和菓子屋。でも、手作り家内生産にこだわって、社長がぷっつん」

「あ、それでかあ」

「うん。両親からしてみりゃおもしろくはないんだろうけど、社長が全部独力でやってるから文句言えないんでしょ」

「屋号わあ?」

「全く別。社長からしてみたら、下手にあんこ商売の汚れつけたくないって感じぃ?」

「あんたも言うねえ」


 みりが、呆れたような顔で串カツの串をぽんと放った。それからもう一度腕組みして、ううーっと唸った。


「変だべさ。どう考えたって変しょ」

「うん……」

「かのっちは、ほとんどニーズのない仕事を割り当てられてる。それについての納得できる説明が、まだなんもないってことっしょ?」

「そう」

「あんたはいいけどさ。事務や営業の人からしてみたら、えらい差別待遇だべさ」

「う……」

「一日中ほとんど何もしないあんたが正社員として給料もらってるってのは、納得行かんべ。普通」

「だよねえ」

「でも、あんたが気楽そうにしてるってこたー、誰もあんたに面と向かって嫌みぃ言わないってことっしょ?」

「うん」

「それわあ、どうにも変だべさ」


 にょろんとテーブルの上に突っ伏してたぬいが、ゆっくりと頭を持ち上げた。


「てかー、たぶん、これからー、あるんだと思うよー。いろいろー」

「ど、どゆこと?」

「ニーズわあ、今ないってだけであってえ、これから出て来んのー。社長はそれに事前に手を打ったってだけー」

「つーと、なにか? かのっちにはそいつに対応してくれってこと?」

「じゃないかなー」

「でもぉ」


 わたしは首を捻る。


「今までの生産ペースが急に二倍、三倍になるとは思えないし、今のクレーム発生率からして、わたしが忙しくなるほどの事態が起きたら、会社が潰れるよ?」

「うん、たぶんねー、そっち方面じゃないー」


 え?


「ええーっ!?」


 ぬいが、どすっと椅子に座り直した。ぷぅんとキムチの匂いが漂う。うぷ。くさあ……。


「なんかさあ、かのっちの会社って、ばらばらなんだよねー。売り上げあって人の雇える会社ならあ、もうちょっと活気があんのかなあと思うんだけどぉ、みんな仕事場が切れてるんでしょー?」


 あ、そう言えば。社長と黒坂さんが一緒に出かけることはないし、出木じーさんは一日中工場から出ない。白田さんも、一日中事務室に籠ったままだ。で、わたしはテレルームに缶詰、と。


「うーん」

「普通わぁ、誰かがそれをまとめるわけでしょー? でも、そうしてる形跡ある?」

「いや、そう言われてみれば。白田さんは、事務処理で追われてて、運営のことなんかタッチしないって感じだし。黒坂さんは営業に徹してるし。メカフェチの工場長は論外。もちろんわたしはみそっかす」

「それってえ、ぞーりむしの集まりだよー」


 単細胞生物すか。とほほ。


「みんなそれぞれの個室セルにこもってんのー。それが会社って有機体になって動いてるって実感を、誰も持ってないのー。それなのに会社が順調に回ってるって、なんかおかしくないー?」


 う……。なんで、今日はこんなに冴えてるんだ、こひつわ。


「まあ、それは分かった。ぬい。でも、わたしはソリューションが欲しいわけよ。わたしがどうしたらいいかのね」

「うーん」


 ぐびぐびぐびっ! みりが、喉を鳴らして一気にビールをあおった。


「まあ、どう考えたってー、かのっちにいきなりトラブル直撃ってゆー話にはなりようがないべさ。何か起きてから考えればいっしょや」

「そーだねー」


 いろいろヤバそうな話を聞かされて、曖昧な落とし方されると不安ばっか募る。


「そゆことで」


 ぬいが、ゆらっと立ち上がった。


「ゼニは?」


 一応みりが確かめたけど……ぷぅじゃなあ。


「ない。つけといてー」

「どこにじゃ、あほー。まあ、飲み代はいいけど、風呂入れ。臭くてかなん」

「分かったー。んじゃねー」


 ぺたこらぺたこらと便所スリッパの音を響かせながら、ぬいが退場した。


「あんたはどうする? 延長戦行く?」

「うにゃー、さっきの話で削がれたー。帰って寝るー」

「ほいほい。まあ、あんま気にすんな。なんとかなるべ」

「へーい」


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