(2)
「うにー」
あごをテーブルに乗っけてぎょうざをもぐもぐしてたぬいが、目だけわたしに向けて聞いた。
「かのっちは、うまくやってるん?」
「ん? 会社で?」
「そ」
「うまくやってるもなにも」
「うん」
「だあれもいないもん」
「へっ?」
みりがぎょっとしたような顔で、わたしを見た。
「ど、どゆことさ」
「うーん……ちょっち早まったかもなーと。テレオペっていうから、しんどいの覚悟して入社したんだけどさ。どうせ同僚は女ばっかだろうし、客はぎゃんぎゃんわめき散らすんだろうし、めんどくせーって」
「うん」
「それが蓋開けてみたらさ」
「うん」
「だだっ広い部屋にわたし一人よ。クレームの電話だって一日一本かかって来るかどうかだしぃ」
「うげー」
呆れるみり。ぬいは表情を変えずに、わたしを横目で見ながらずっと口を動かしてる。もぐもぐ。もぐもぐ。
「もう暇で暇で。脳みそ溶けそうだわ」
「そりゃあ、また、なんちゅうか、激しいなー」
「でそ?」
「いいなー」
そう言ったぬいが、やっとのことって感じで体を起こした。
「いいかあ? 暇過ぎるのも拷問だよ」
「でも、お給料くれるんでしょー? バイトじゃなくして」
「うん。それが不思議なんだけどさ」
「いいなー」
そういうのをうらやましがるのは、ぬいくらいなもんだと思うぞ。
「まあ、わたしが耐えきれんくなったらぬいに振っちゃる。今はまだ様子見だからねぃ」
「うー」
ぬいが、またテーブルの上にべたーっと潰れた。それまでは生き延びれんて感じだなー。ったくぅ。
口のもぐもぐが止まったぬいが、きょろっとわたしを見た。さっきよりははっきりと。
「あのさあ」
「うん?」
「なんでえ?」
「は?」
「なんで、かのっちはぁ、そこに入れたわけぇ?」
どういう聞き方するだ、こいつわ。
「知らないよー、そんなの。社長に聞いて」
みりが突っ込んで来る。
「体張ったのー?」
とりあえず、ぐーで殴る。ごきっ!
「ってー」
「あほかー!」
ぷんすか!
「中小企業の合同説明会があった時に、わたしへの説明が一番熱心だったんだよっ!」
「へー」
ぬいが首を傾げた。
「最初からテレオペって言われたのー?」
「そだよ。ちっちゃな会社で、まだ商品の流通量が知れてるから、最初は事務のおばちゃんがクレームもさばいてたんだろうけど、おばちゃん一人で両方すんのはしんどいってことになったんじゃないの?」
「へえー。でも、そのくらいならバイトで対応できるよねえ。社員使わなくてもー」
ぬいの疑問は当然だ。わたしは今でもそう思ってるんだから。
「うん。それがなぜかは分かんない。社長からは、社が過渡期で不確定要素があるから協力してくれとだけ言われてる。だから、これから別展開があるのかなーと」
ぬいがじっと考え込んだ。ほとんどの事象をスルーするぬいが、何かを気に留めるのはすっごい珍しい。わたしもみりも、手を止めてぬいを見た。
「あのさー」
ぬいが、おしぼりでごしごし顔を拭いながら言った。
「ぷふぅ。も一つ聞いていい?」
「いいけど、どして?」
ぬい、沈黙。それからわたしの疑問符は踏んづけたままで、質問。
「社長って、若いのー?」
「うーん、うちの社の中では一番若いかな。社長以外はおじさん、おばさんばっかだもん。トシは27、8ってとこだと思うけど。やり手だね」
「面わあ?」
「ふつー。いけ面でも、ぶさいくでもない」
「彼女とか奥さんわあ?」
「いないはずだよー。でも、どっちかと言えば草食系かなー。仕事の方にすっごい突っ込んでるから、浮いた話は聞かないねー」
「かのっちにアプローチはないんかい?」
みりが突っ込んで来た。
「ないー。っていうか、そもそも、ほっとんど社屋の中にいないー。得意先回るのと商品開発すんのに、あっちこっち飛び回ってるから」
「へー」
ぬいの腕組みは解けない。
「どしたん? ぬい。そんな気になるんかい?」
みりが不思議そうにぬいの顔をうかがう。ぬいは、さっきよりも一段と表情が険しくなった。
「なんかさー。気持ち悪いー。さっきいいなーって言ったの撤回ー」
えっ!?
「やー、かのっちに嫌がらせするわけじゃないけど、わたしならどんなに楽でもしないかなー。その仕事」
「ど、どして?」
ぬいが枝豆を一つ口に放り込む。
「小さな会社なんでしょー?」
「うん。社長の他は、事務一人、営業一人、工場長一人。工場のパートさんが数人。それと、わたし。そんだけ」
「事務処理に掛かる人件費を極端に切り詰めてんのに、なんで需要のないテレオペ飼うのー? わたしのロジックだと、最初からそれは破綻してるよー。順番から言ったら、生産工場の増強が先。次に事務か営業。それ以外の職は、よっぽど業務がひっ迫しない限りパーマネントには置かないー」
「う」
「さっき変なこと聞いたけどさー。もし、社長があんたに気があるとか、事業が大きくなって実際にクレーム件数が増えてるっていうんなら分かるよー。でも……」
みりが、空になったジョッキをどんと置きながら重々しく言った。
「確かに変だ。ないクレームのために、なんでわざわざテレオペ採るんだべ?」
むー。それを言われると。それまでは、できるだけ好意的に考えようとしていた自分のポジションが、急にうさんくさく思えてくる。やだなあ……。
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