(2)
「そういやさ」
カップに残っていたコーヒーをぽんとあおった白田さんが、身を乗り出してきた。
「はい?」
「ようちゃん、なんでうちに来る気になったん?」
まあ、そうだろなー。
「さあ。どうしてですかねー」
腕組みして、うーんと考え込む。
「大学の三、四年の時ってすっごいぎすぎすしてて、就活はうまくいかないわ、教授には毎日ぎっちり絞られるわで、精神的にちょっとまいってたんですよ」
「ふんふん」
「わたしのどたまは出来が良くないから、そんな大手企業の研究部門を目指すとか、大学に残ってうんちゃらとか、そういうのとは全く無縁だったんですけどぉ、周りはそう見てくれなかったわけで」
「へえー。よく言う理系女子のヒゲキ?」
本当にそんな言い方があるのか知らんけど、イメージは分かる。
「大学がみんなそんなだってわけじゃないと思うんですけどね。うちでも、他の講座はもっとほんわかしてたから」
「なるほどー」
「でー、個人的にはあんまり理系っぽいとこで仕事したくないって言うかー、別に営業でも事務でも、ぎすぎすしてなきゃなんでもいいやって感じで」
「手当りしだい?」
「そうですー。うちの大学はマイナーだしぃ、このご時世ですからそんなん言ってられませんもん」
「そうよねー」
「おっきー会社は最初からハズしたんですよ。倍率は宝くじ並みですしぃ、試験とか面接も、厳しいだけでなくてめっちゃ突っ込まないと目を留めてもくれない。そんなリキはなかったっす」
「ふうん」
「で、中小企業の合同説明会をこまめに回って、説明聞いて歩いて。たまたまこちらの若社長さんとこで、テレオペやんないかって声かけられて」
「へえ、あの社長がねえ……」
白田さんが、わたしをしげしげと見る。あの社長かあ。白田さんの言い方はなんだかなあではあるけど、確かにそれは当たってる。ここの若社長も、ほんとによー分からん人なんだわ。
若社長は、和菓子屋さんの一人息子だ。代々続くとかじゃなく、老舗の和菓子屋さんの暖簾分けで開業した先代が、頑固に守り通してきたって感じの店。でもね。わたしに言わせれば、亜流は亜流。本家があれば、いかにそこで修行した人の店だからってそんなに大ブレークするはずがないよね。
先代は腕に自信のある一流職人ではあったけど、新しい菓子の開発にはほとんど無頓着だった、と。跡継ぎの息子は、それに危機感を抱いた。腕前は親父に到底及ばず、新たな和菓子を創作出来るほどのアイデアも技術もない……じゃなあ。頑固親父は家内生産に固執していて、他から職人さんを入れるつもりはないらしい。若社長は、そこでぷっつんしたってわけね。このままじゃ親父がぽっくりいったら自分も巻き添えを食っちゃう。親父に俺の人生潰されてたまるかって。親の反対を押し切って起業し、親父さんとは正反対の作戦を選択した。
ニッチを狙え! 若社長は、駄菓子よりはちょっと高級で、店頭売りの菓子よりは気楽に食べられる個包装のお菓子を考え出して、それを製菓機械を入れて工場で作ることにした。もっとも、機械ったってそんなご大層なもんじゃない。手で作るよりはマシって感じだけど。
たださあ。チャレンジはいいけど、若社長自身は機械を扱ったこともなければ、その操作を覚える気もなかった。そこが、なんだかなあではある。理系の世界の端っこにぶら下がってただけの貧相なわたしから見たって、答えだけ書いてあって間はテキトーに埋めなさいみたいなやり方はうまく行かねーぞって思ってまう。
まあ当然のこと、それじゃあ機械が動かない。それで社長は、製菓機械メーカーの技術畑の退職者を口説いて、工場長として招いた。それが
先代はお菓子の手作りに異常にこだわって、機械で作る画一的な製品には興味ないどころか、
社長は別に遊び人てわけじゃないんだけど、関心は新商品開発と販路拡大だけなんだよね。三人が三人揃って、どっか頭のネジが抜けてるって言うのもなんだかなあ。 社長はきびきび行動する人なんだけど、考えてることがよー分からんのだわ。わたしがやってるテレオペなんか、わけ分からん最たるもんだよね。お客さま相談たって、売り上げ考えたらクレームや問い合わせなんか微々たるもんじゃん。白田さんで充分間に合っちゃうって思うけどなあ。
「ねえ、白田さん。社長に、なんでテレオペ入れるのって突っ込み入れなかったんですかぁ?」
「あのねえ、ようちゃん」
白田さんが、頭を抱える。
「社長のご機嫌損ねたら、どうなるか分からないでしょ。あんたは若いからいいけどさー。おばちゃんの再就職なんか、ほんとに口がないんだから」
ううむ、さいですか。
「まあ、社長は変人だけど一応売り上げは上がってるし、仕事熱心だし。社としても、小さいとこの割にはうちはいい方だと思うよ」
「なるほどー」
まむまむ、んまんま。そんな会社のじじょーなんかどうでもええわいって感じで、おいしいお菓子を食べながらまったりと休憩。わたしはこういうのが理想だったわけで、そいつはどこまでも嬉しい。問題は、仕事が暇すぎってことだよなー。
白田さんがお皿とカップを給湯室に下げたところに、出先から黒坂さんが戻ってきた。
「ふひー。しんど」
「お疲れさまですー」
「ああ、ようちゃん。休憩かい?」
「はい。でも、もう戻ります」
「暇だろ?」
「暇ですー」
「ははは。あの社長も、何考えてるかよう分からんからなあ」
黒坂さんも苦笑いしてる。元はでっかい会社の部長までやってた人だから、社長にはいろいろ言いたいこともあるんだろうけど、そういう場面に出くわしたことがない。めんどくさいって思ってるんだろなあ。
黒坂さんは年の割にはスタイリッシュだし、背もそこそこ高いし、メンもいい。若い頃はさぞかしモテたんじゃないかなあと思う。でも話ぶりや態度が穏やかで、営業の人によくありがちなぎらぎらしたところがないんだよね。大学の指導教員が祟り神のクソハゲじゃなくて黒坂さんみたいな先生だったら、わたしのキャンパスライフはバラ色だったのになあ。ぶちぶち。
「今日は飛び込みですか?」
「いや、試験的に置いてくれた店に、売れ行きがどんな感じか聞きに行ったんだ」
「感触はどうなんですかー?」
「悪くない。値ごろ感があるからね。爆発的に売れるって言うもんでもないけど、そこそこはけてる。継続して置いてくれそうだ」
「へー、すごいなー」
「社長は変人だけど、いい腕してると思うよ」
わはははははっ。
「じゃあ、戻りますぅ」
「がんばってなー」
「はあい」
わたしは、がんばりようがないんだけどなー。
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