第24話 SLBM 灰燼に帰せ

 中瀬一佐の乗る指揮車に、一条准将から緊急連絡が入った。

 通信を開くと、一条准将の緊迫した声が伝わってきた。

「中瀬一佐、緊急事態だ。作戦の状況はどうか?人質奪還は完了したか?」

「トンネルαから防衛施設局長、トンネルβから米軍総司令官の救助に成功したと連絡がありました。応援部隊により、まもなくブラックホークでそちらへ護送できます」

「駐日大使は、どうだ?」

「作戦進行中です。報告を待っているところです」

「まずいな。時間がない」

「どういうことです。作戦は順調に進んでいますが」

「いいか、中野幹事長を通して、米軍関係者からの極秘情報が伝えられた」

「何ですか、それは?」

「沖縄の排他的経済水域から離脱していない中国船籍の原潜から、SLBMが発射される」

「えっ・・・」中瀬は驚きのあまり、言葉を失った。

 SLBMとは、潜水艦発射弾道ミサイル(Submarine Launched Ballistic Missile)のことであり、ICBM(大陸間弾道ミサイルInter Continental Ballistic Missile)、戦略爆撃機と合わせて三本柱と呼ばれる、戦略核兵器のことである。

「ターゲットは、日本の首都、東京だ」

「ありえない・・・そんな・・・中国は手を引いた。説得に応じたと、幹事長は・・・」

 顔の前に合わせた両手の指が、激しく震える。

「幹事長は何度も念を押された。だが、ウィリアム国務次官補からの直接の情報なのだ。確度は極めて高い」

「どうなるんです、東京は?」

「迎撃は間に合わない。手配はしているが、SLBMを全弾撃ち落とすことなど、不可能だ。北朝鮮があらかじめ予告したミサイル実験でさえ、自衛隊の迎撃用PAC3の配備はぎりぎりになって世界中から冷笑を浴びた。日本の首都は壊滅する。首相官邸は緊急脱出ヘリを要請した。行き先は、現在検討中だ」

「東京都民は・・・」

「知らせれば、大パニックとなり、それだけで大量の死者が出る」

「知らせないのですか」

 つい、中瀬の声が大きくなった。

 中瀬一佐の後ろには、会話を聞きつけて、リュウと佐知が近寄り、息を凝らして事の成り行きを見守っている。

「どうのように知らせるべきか、検討中だ・・・」

 中瀬の口元が、馬鹿な、と声にならない声を上げた。

 今ごろ、政府高官だけが、安全な山梨あたりに逃げ出しているに違いない。

「外交ルートはどうなんですか?首相と主席のホットラインは?」

「知らぬ存ぜぬだよ。相手は中国だ。アメリカとは違う」

「中国船籍の原潜ですよ、全世界から非難が・・・」

「沖縄国自立防衛軍に拿捕だほされ、艦のコントロールを奪われたと中国政府は外務省報道官を通して、世界に通告した。中国政府は、この沖縄国を名乗るテロ組織およびテロ組織を支援してわが国の平和と安全を脅かそうとする日本政府に対して、断固たる抗議を行うとともに冷静かつ毅然たる対応をとると言っている」

「中野幹事長の中国ルートは、どうなったんですか、対応できないんですか」

「さきほどの話だと、連絡がとれないと言っている。粛清された可能性もあるらしい。してやられた、ということだ」

「中国は、最初から、せっかく手に入れた沖縄をあきらめるつもりはなかったのですね」

「そうだ。日本の首都が壊滅し、大混乱のさなか、中国軍は自国の原潜を取り返すという口実で、ゆうゆうと沖縄を占領し、南西諸島ラインを取り戻す。理由など、後づけでいくらでも出せる。中国のしたたかな戦略であり、ロシアのプーチンのウクライナ侵攻と同じ図式だ」

「では、東京を護る手立ては何もないのですか?核弾頭が雨のように降り注ぐのを指をくわえて見ているしかないのですか」

「問題は、そこだ。いくら中国でも、原潜単独でSLBMを発射すれば言い逃れがしにくい。だから、おまえたちのいる旧海軍司令部壕に、SLBM発射誘導装置と暗号キーを仕掛けていった。すべての責任は、沖縄国にあり、その混乱を招いた日本政府は自業自得というわけだ」

「解除できないんですか?今から、司令部壕へ行って」

「無理だ。偽装された回線を使って、暗号コードが誘導装置へ送信された。NSA(アメリカ国家安全保障局)が確認した。情報によれば発射時刻まで、後42分しかない。即刻、全部隊を退避させるんだ」

「どうするんですか、ここを」

「誘導装置ごと破壊する。緊急離脱するんだ」

「まだ、アメリカ大使がいるんですよ。わたしの部下も、SEALsも」

「中瀬一佐。わかっているだろう・・・アメリカ政府も了承したのだ。適正な判断をせよ」

 首都東京の1335万人の命、ここにいる敵味方、数十人の命・・・

 中瀬は顔中に噴き出した汗を掌でぬぐった。掌も汗でまみれていたが、そうせざるを得なかった。

 中瀬は、通信回路をすべてオープンにした。

「緊急通信、緊急通信。全隊員に告ぐ。すべての作戦行動を中止し、直ちに帰還せよ。例外はない。直ちに帰還せよ」

 願わくば、地下深くにいる、すべての隊員たちに、この声が届きますように・・・

 中瀬の背後では、リュウが固まったように動けないでいた。佐知は両手で顔を覆って、体を深く折り曲げていた。

 ずっと黙っていたリュウが突然立ち上がり、佐知の肩を叩いて合図した。

「佐知さん、行こう。師父と、姐さんを迎えに行こう」

 佐知が涙ぐんだ目を上げた。リュウはその目に語りかけた。

「大丈夫。きっと帰ってくる。人質を連れて、きっと帰ってくるさ」

 佐知は大きくうなずいて、リュウと共に指揮車を跳び出して行った。

 地下壕の出入口を確保していたチーム1から4は、緊急帰還命令を聞くと、かねてからの指示通り出入口を爆破した。

 トンネルα、βの支援部隊も同じく、仕掛けておいた爆薬を破裂させ、トンネルを塞いだ。トンネルαからは、すでに駐日アメリカ大使を小栗隊長が連れ出していた。

 小栗隊長は駐日アメリカ大使の身柄を支援部隊に預け、伊波のところへ戻るところを引き戻された。抵抗し、中瀬一佐に通信回路を通して伊波救出を懇願したが、頑として受け入れられなかった。

 リュウと佐知は走り出したものの、伊波とかぐやが向かったトンネルα、βの位置がわからず、坂を上りかけたところで立ち止り、自分たちの失敗に気づいた。

 そこへ、負傷した若松副隊長たちと支援部隊とともに、かぐやが現れた。

 かぐやはリュウと佐知を見つけて、呼びかけた。

「そんなところで、何やっている?」

「姐さん、探しに来たんですよ。心配で・・・会えてよかった。ほんとに良かった」

 リュウの声は泣き声に近かった。

「大げさだな。大丈夫だと言ったろ?・・・ところで、帰還命令って何だ?」

「それが、もうすぐ、ここが破壊されるって」

「じゃ、さっきの、爆発音がそれか?師父はどうした?師父はどこだ?」

「わかりません。まだ、連絡が取れてないんです」

反転してトンネルに戻ろうとしたかぐやの手を、佐知が捉えた。

「だめ、戻ってはだめ、間に合わないわ」

「だけど・・・」

「もっと大変なことになるらしいの。今は、逃げなくちゃ、少しでも遠くへ」

 支援部隊に促され、3人は走った。草むらを飛び越え、木の枝をかわし、全力で。

 指揮車の前では、中瀬一佐が待っていた。

 固い表情でかぐやは、中瀬一佐に復命した。

「よくやった。人質は全員、無事に救助した。成功だ」

 かぐやの瞳の訴えを見て、中瀬は、首を横に振った。

「気の毒だが、伊波師範の安否は不明だ。脱出の確認はとれていない。残念だ・・・中園三尉、ただ今をもって、ここより離脱する。即時、行動せよ」

 魂が抜けたようなかぐやを、リュウと佐知が抱え込むようにして、近くに駐機していたブラックホークに乗り込んだ。

 黒い機体が浮上し、眼下に樹林帯が広がっていく。

 わずかに、爆破の噴煙が立ち上っているのが見える。

 外の景色から目を逸らし、佐知はかぐやの肩に額を押しつけた。

 小さな嗚咽を始めていた。

 かぐやは、そっと掌で佐知の髪を覆った。

 ブラックホークは進路を南に取り、フルスロットルで直進を始めた。

 みるみるうちに、旧海軍司令壕の丘陵が遠ざかっていく。

 どうなってるんだ、どうなってるんだと、リュウが繰り返しつぶやいている。

 納得できない思いは、かぐやも同じだった。

 このままでは、すまさない・・・決して・・・


かぐやたちを乗せたブラックホークが海岸線を抜けたころ、空母スピリッツオブミズーリから発艦した米軍戦略爆撃機が旧海軍司令壕の上空に到着した。

 戦略爆撃機は、目標地点に向けて、MOPを発射した。

 MOP、大型貫通爆弾(Massive Ordnance Penetrator)は精密誘導装置を備えた、地下要塞、地下施設破壊の切り札である。全長6メートル、重量13.6トン、弾頭2.7トンの巨大な爆弾は全体が白く塗られ、弾頭との境目にスカイブルーのラインが引かれている。そのため、通称グレートブルー、弾体は約80センチの穴を地面に穿って70メートル以上地中を貫通し、大爆発を起こして地下施設をことごとく破壊する。

 MOPによる爆裂音、爆風がブラックホークにも押し寄せてきた。

 背後を振り返り、かぐやも佐知もリュウも「破壊」の意味を理解した。そして、凍りついたように後ろを向いたまま動けないでいた。

 戦艦リーガンに帰艦すると、艦全体が沸き立つような歓喜の空気に包まれていた。

 かぐやたちはその喧騒を避けるようにして甲板の日陰に身を寄せ、じっと座りこんでいた。

 ニライカナイ作戦は、MOPの爆撃をもって、成功裡に完了した。

 日米合同部隊は、沖縄全土の掌握に成功。

 とらわれていた人質は、全員が無事。

首都東京は、護られた。

 伊波洋は、帰ってこなかった。

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