第22話 ニライカナイ作戦 トンネルβ

 チームβの穿うがった穴の近くには2人の敵兵士が倒れていた。地下壕の移動中か、巡視中にスタングルネードの直撃に遭ったに違いない。

 他に敵影のないことを確認して、加治隊員、井戸田隊員が倒れている敵兵に駆け寄って武器を取り上げ、手足を拘束した。

 若松副隊長は左右を確かめ、左を向き直って、左手拳を前方に向けて倒した。

 ハンドサインは、「進め」。

 通路の左側は若松副隊長とかぐや、右側は加治隊員と井戸田隊員に分かれて、この先の旧下士官室に向かった。

 3,4メートル進んだところで、かぐやは足を止め、若松副隊長の背中を2度叩いた。

 若松副隊長も足を止め、左の拳を開いて、大きく振って右側にいる加治隊員と井戸田隊員を制止した。

 ハンドサインは、「止まれ」。

 かぐやは前方の通路の地上すれすれに張られたワイヤーを指差した。

 トラップである。

 2メートル間隔で2本設置されている。

 若松副隊長が左の人差し指と中指2本を立て、裏表に動かした。加治隊員、井戸田隊員はそのサインを見て深くうなずく。

 先頭の2人は、一本目のトラップを慎重に越え、2本目のトラップを越えようとした。 

 その時、通路の天井に穿かれた暗い闇から、二つの影が舞い降りた。

 敵戦闘員である。トラップをしかけ、それに注意を惹きつけておいて、天井の穴で待ち伏せていたのだ。

 若松副隊長と加治隊員はM-4カービンの引き金を引こうとしたが、二つの影から鋭利な短剣が伸びてきて、2人とも左手の前腕部を切り裂かれた。さらに、短剣の柄の部分が下からM-4カービンを斜め上方に打ち上げてきた。

 コントロールを失ったM-4カービンからは数発の銃弾が発射されたが、それらはすべて壁面に吸い込まれていった。

 若松副隊長と加治隊員は慌てて後ろに下がろうとしたが、一本目のトラップが気になって下がりきれない。そこへ、短剣がまっすぐ、2人の喉仏へ伸びてきた。

 かぐやはトラップを飛び越え、若松副隊長と加治隊員の間に割り込んで、両手のナイフを使って短剣を弾いた。

 わずかに間に合わず、短剣の一方は若松副隊長の胸元のタクティカルベストを20センチ余りも切り裂き、加治隊員は肩口を数センチ刺された。

 かぐやは身をかがめ、標的をかぐやに変えた短剣の攻撃を頭上にかわした。

 まったくずれのない同時攻撃、2本の短剣の動き。

 双子の刺客。どこかで、聞いたことがある。

 一糸乱れぬその協調した動きは、威力を2倍以上、3倍、4倍に増すという。

 かぐやは、若松副隊長と加治隊員が5メートル以上後退したのを感じ取ると、二の円環術で双子の刺客に迫り、両手のナイフを連続して突き立てた。

 双子の剣勢も並みではない。かぐやのナイフを剣身や柄を巧みに使ってかわすと、隙を見て長い腕から短剣を繰り出して反撃してくる。

 足元のトラップなど、闘っている3人はまったく見ていないが、誰ひとり触れるものなどいない。

 かぐやに突き立てられる短剣が、かぐやの戦闘服、タクティカルベストを容赦なく切り裂いて、白い腕の一部が露出した。

 双子の息の合った剣勢の威力に、さすがのかぐやもされているのではないか、と後ろの隊員たちは心配顔で見守っている。

 何といっても、かぐやは細身の女性であり、相手は体格のいい二人の大男なのだ。

 だが、かぐやは苦戦していたわけではなかった。

 わざと肌に触れないぎりぎりの間合いで剣撃をかわし、双子の剣との間合いを測っていた。

 勢いづいた双子の剣が、かぐやの首を突き刺そうと、同時にまっすぐ伸びてきた。

 圧し気味であるとおごったのか、剣勢にほんのわずかな緩みがある。

 かぐやの体が宙に浮いた。ついで、空中高く蹴り上げられた両足のつま先が、双子の剣を捉え、それぞれ天井に向けて弾き飛ばした。

 後方に軽やかに着地したかぐやは、最速の円環術で近づき、短剣を失って体勢を崩している双子の体それぞれの経穴を、二箇所ずつナイフので突いた。

 双子は左右の壁際に仲良く、同じタイミングで崩れ落ちた。

 息つく暇もなく、かぐやはナイフを構えなおした。

 通路の奥から、聞きなれた声が響いてきたのだ。

「腕を上げたな。驚いた」

 近づいてくる男を見て、かぐやの表情が引き締まった。

「おまえは・・・」

「ひさしぶり。・・・強くなっていたんだな。でも、教官に『おまえ』はないよな、『先生』と言い直してほしいな」

「なぜ、おまえがここにいる」

「おれは金で雇われる男だぜ。ここにいるのも、同じ理由だ。それに、独立騒ぎって、おもしろいじゃないか。おれは退屈なのが大嫌いなんだ、知ってるだろう?」

「沖縄国の独立は終わりだ。わかっているだろ」

「あぁ、つまんないことになっちまったな。おれだって尻に火がついたことは知ってるさ。でも、契約がまだ残ってるんでね。たんまりもらっちまってるし、裏の世界でも、契約違反には厳しいんだ。次の仕事に差し支えたら困るんだよ。だから、せいぜい頑張ってからとんずらするさ」

「そうやって金のためだけに、あちこちと渡り歩いているのか」

「そうだよ。退屈しないしな。おまえを鍛えた訓練所だってそうだ。いい金になったよ。だけど、まぁ、何とも退屈でたまらないところだったなぁ。盛り場も遠いし、ふざけたことに外出もままならない。教官に対しても規則が厳しくてな」

「それで、わたしに手を出そうとしたのか」

 かぐやは、吐き捨てるように言った。

「おまえのせいだよ。おまえみたいないい女が、あんなところにいる方が悪い。知ってるだろ?たくさんの男がおまえの体を狙っていたのを」

「わたしのせいにするな。すべては、おまえの劣悪な品性のせいだ」

「だよな。だけど、腕さえあれば雇ってもらえる。品性じゃ、飯は食えないからな。所詮この世は、強いものが善なのだ。・・・さて、おしゃべりが過ぎたな。どれくらい上達したか、見てやろう。かかってこい」

 かぐやが極秘訓練施設アスラムで最初の1年間、格闘技の基本を学んだのが、目の前で不敵に笑っている成宮正登なるみやまさと だった。教官の中でも抜群の技量を持つと言われていたが、怠惰なところがあり、入門者や初級クラスばかりを選んで教えていた。いじめやセクハラの噂も絶えない男だったが、ある時、かぐやに手を出そうして見つかり、アスラムを放逐された。

 成宮が素手であるのを見て、かぐやはナイフをフォルダにしまった。

 後ろで若松副隊長たちが銃を構え、成宮を狙っているのがわかったが、かぐやは手で彼らを制した。

 成宮が何の仕掛けもなく、素手で待ち受けているはずがない。

 格闘技で成宮を圧倒し、動きを封じる方がよい。

かぐやと成宮の間合いが詰まると、成宮の順手突き、逆手突きの連続技が襲いかかってきた。一打一打を的確に急所に当てる、単純だが、効果的な攻め手である。

 だが、成宮の真骨頂は打撃力ではない。打撃から間髪いれずに繰り出されるさまざまな組み手であり、関節技である。

 したがって、一対一の格闘、近接格闘においては無類の強さを発揮した。

 かぐやは円環術で、組み手に取り込まれないように警戒しつつ、成宮の打撃をかわし続けた。かつて訓練施設アスラムではまったくかなわなかった相手であり、当時は打撃のすさまじさに恐れを抱いていたのだが、今はまったく平静にやり過ごすことができている。

「なるほど、しばらく見ない間に、強くなったな」

 不敵に笑った成宮は、腰ベルトから引きちぎった物体を宙へほおり投げると、腹ばいに身を伏せた。

 ゆったりとした放物線を描いた物体は、突如、大音響と、大光量、そして煙をを辺りに撒き散らした。

 こんなところで、スタングレネード(音響閃光手榴弾)を使うとは・・・

 しかも、小型にして威力を制限し、破裂までの時間も通常1~1.5秒であるのに対して、かなり短くしてある。

 不意を突かれたかぐやは、脳が揺らぐ衝撃に襲われ、視力と聴力を麻痺させられた。

 立ち上がった成宮は、かぐやのダメージの度合いを確かめるかのように、胸、腹、膝に蹴り技を繰り出してきた。

 頭の痛みに、からだの三箇所からの猛烈な痛みが加わり、かぐやの意識は一瞬、薄らいだ。だが、ここで組まれては負けると、全身の内功を臍下丹田せいかたんでんに集めて体勢を維持し、腕をからめとりにくる成宮の手を左右に払いのけた。

「馬鹿な、目は見えないはずなのに」

 思わずつぶやいた成宮の声から、かぐやは間合いを読んだ。

 そこだ、そこにいる。

 かぐやは、東雲流の調息法を駆使して失われた感覚器官の回復を行うとともに、一度捉えた成宮の気配を途切れさせないように全身全霊で集中し、三の円環術によって防御を続けた。

 いつしか、かぐやの脳裏には不思議な空間感覚が生まれてきていた。

 暗闇でありながら、透明感があり、すべてが見通せるように感じる。

 その空間の真ん中にかぐや自身が立ち、周囲360度のありさまを捉えている。

 この感覚は?これは?ひょっとしたら、師父の言われた、「天の視座」のことか?

 そして、暗闇に浮かぶ、一の円、二の円、三の円、四の円・・・鮮やかな光彩をもって、かぐやの確かな足どりを示してくれている。

 もはや目に頼る必要はなかった。

 かぐやの滑らかな足さばきは、成宮の攻撃をすべて無効化し、新たに投げつけようと手にした小型スタングレネードは軽く弾き飛ばされた。

 窮した成宮は、かぐらの体を突き飛ばすようにして後ろに下がり、背中から軍用銃ベレッタM92Fを抜き出した。

 さまざまなトラップといい、スタングレネードといい、この卑劣な男には武術家としてのプライドなどかけらも存在しないようだった。

「死ね、この、化け物」

 その言葉に反応するかのように、かぐやの居る闇の空間に湧き起こるように立体の円環図が現れた。

 横の空間、縦の空間・・・天と地の境を越えた、自在の空間。

 かぐやはその円環図に導かれるように足を運んだ。

 地下壕の壁面を左右に、地面を歩くかのように自然に跳び廻るばかりか、天空にあって、誰もが見とれるほど優美な、かぐやの描く円環が広がっていった。

 成宮の手首は、かぐやによって柔らかく押えられ、銃はかぐやの手に納められた。

 恩納岳で最初に出会った師父の離れ業に一歩近づけたと、かぐやは思った。

「うぉぉ・・・」

 飛びのいた成宮は、腰のベルトの装置に手を回してスイッチを入れた。

 かぐやの背後、若松副隊長と加治隊員、井戸田隊員のいる辺りで、トラップが轟音とともに爆発を起こした。

 しまった・・・

 もうもうと湧き起こる粉塵の中、かぐやは思わず隊員たちを振り返った。

「あばよ」

 トラップ爆弾の起爆スイッチをかぐやに投げつけ、成宮は向きを変えて走り出した。

 かぐやはまださっきの空間の中にいた。知覚はまだ、回復していない。

「師父、お許しください」

 胸の奥で小さくつぶやくと、かぐやは空間上に捉えた邪悪な光に向けてナイフを放った。

 成宮の首を真後ろから突き抜けたナイフは、成宮の下あごの下に先端をのぞかせた。

 命の灯を失った成宮は勢いでそのまま前進すると、前方に跳び込むように倒れた。

 これほど卑劣な手段を使う男、訓練所で自分をレイプしようとした男を、かぐやはどうしても許せなかった。

 また、修行のやり直しだわ、と思った時、かぐやが入り込んでいた空間は消え去り、視覚と聴覚が戻ってきた。

 かぐやは、安否を確認するために、若松副隊長たちのところへ駆け寄った。

 若松副隊長は切り裂かれたタクティカルベストの下と左の上腕部から出血しており、止血の必要があったが、爆発による被害はなかった。

 加治隊員も爆発はうまく避けられたが、肩口の傷がかなり深いために、止血をしても血がにじみ出てくる。早急に医師の手当てが必要であった。

 爆発の被害をもっとも多く受けたのは井戸田隊員であった。負傷した若松副隊長と加治隊員をカバーするため、身を挺して2人を護ったのであろう。全身に打撲を負い、金属片が無数に皮膚に食い込んでいた。

「すぐに手当てを。撤収しましょう」

 かぐやの言葉に、若松副隊長が首を横に振った。

「われわれは、まだ何もしておりません。わたしは動けますから、使命を果たさせてください。彼らはここで待機させます。せめて、下士官室までは行かせてください」

 若松副隊長の軍人としての強い矜持きょうじを感じ、かぐやは同意した。

「では、人質を探しましょう」

 成宮の死体からナイフを回収し、かぐやは若松副隊長と通路を進んで、旧下士官室へたどりついた。

 敵兵の姿も、暗殺部隊員も、そこには無かった。

 碧い目の、金髪の男が、粗末な木製の椅子に腰を降ろしていた。

 沖縄アメリカ軍総司令官、マイケル・ブラッドレー、無事に発見。身柄を確保。

 かぐやと若松副隊長は、総司令官に手を貸して加治隊員と井戸田隊員のところへ戻った。 

 できればこの後、総司令官をかれらに任せて、かぐやは単独で先へ進み、伊波師父と合流したかった。相手は最強の敵と聞いている。伊波師父の力は信じているが、できるだけ力になりたかった。

 しかし、状況は厳しかった。かぐやは軍人として、的確な判断を求められていた。

 もっとも最優先すべき人質の安全確保のためには、全員が負傷している若松隊にゆだねることは無理だった。人質を護る役が務まるのは、自分しかいなかった。

 かぐやは、後ろ髪を引かれる思いで、トンネルβの坑内に戻った。

 師父、必ず、戻ってきますから・・・・

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