第21話 ニライカナイ作戦 トンネルα

 県道7号線バイパスに着陸したステルスブラックホークから、かぐやと伊波は地上に降り立った。別の機に乗ってきた小栗二尉たちと合流して、チームを二手に分ける。

 伊波と小栗隊長、白山隊員のチームαアルファと、かぐやと若松副隊長、加治隊員、井戸田隊員のチームβベータ

 他には、アメリカ軍のSEALsで構成されたチームワンからチームフォーまでの、それぞれ4人編成のチームが強襲行動に加わることになっている。

中瀬一佐は地上軍が配備した完全防弾仕様の指揮車を呼び寄せ、リュウと佐知を伴って乗り込んだ。近くには、バックアップチームとして3人ずつの5チームを待機させている。

 旧海軍司令部壕は太平洋戦争終盤の1944年、日本海軍設営隊によって掘られた地下陣地である。当時は450mの長さがあり、蒲鉾型に掘り抜いた穴を材木とコンクリートを使って固めてある。これにより、アメリカ艦隊の艦砲射撃に耐え、持久戦を戦い抜こうというものであった。一時は4000人の日本兵が収容されたこともあるというが、沖縄戦の最終盤には手榴弾で自決した幕僚たちを始め、多くの兵士がこの地下壕で命を落としている。

 SEALsは地下壕の主要ルートである四箇所の出入口へ向かった。

 観光客の入口になっている箇所に、チーム1、出口にチーム2、二箇所ある非常口にチーム3とチーム4を配置する。

 事前の内偵では、それぞれの出入口を警護している兵士は、時間によって異なるものの、5名ないしは6名。主な装備は、AK47カラシニコフ。耐久性に優れ、威力も高い上に、生産コストが低いという理想的な銃器である。一説には、全世界に5億丁あるなどと言われている。

 SEALsチームはじりじりと前進を続け、地下道出入口を視界で捉えることのできる場所まで移動した。

 敵に気づかれないように、隊員の一人が慎重にスナイパーライフルを組み立てる。最大射程は800mから900mの狙撃銃だが、見つからない範囲でできるだけターゲットに近付くことで命中精度を上げなければならない。

 チーム1の場合、地下壕の入口には2人の兵士が立哨していた。

 輪状攻撃に関する情報が伝わったのだろう、2人の表情に緩みはない。

 行動開始予定時刻を最終確認した隊長が、発砲の指示を出した。

 スナイパーライフルの引き金が引かれ、立哨りっしょうしていた左側の兵士が崩れ落ちる。

 右側の兵士は、一瞬、倒れた兵士を見るために屈みこんだが、何が起こったかがわかるやいなや、頭から壕の中に飛び込んでいった。

 チーム1の隊長は左肘から先を直角に立ててから、拳を前へ倒した。「進め」のハンドサインである。

 全員がライフルを構えたまま出入口に突進し、停止して身をかがめた。

 反撃はない。

 部隊は二手に分かれ、入口の左右から内部をうかがった。

人のいる気配はない。

それでも、念のために1人をバックアップに置き、すばやく左右に展開して壕の内部に入り込んでいった。一歩ずつ、慎重に安全を確かめながら歩を進めるこの戦術は、カッティングパイと呼ばれている。

 約10メートル先まで侵入すると、壕の奥から銃弾を浴びせられた。隊員たちはとっさに身を伏せるか、壁に身を寄せて銃弾を回避した。

 湾曲して死角になっている壕の奥に、敵が複数待ち受けている。

 チーム1は動きを止め、作戦司令部へ状況報告をした。

 次いで、チームの中で爆発物担当の隊員が数メートル下がり、新型の強力爆弾と誘導装置をセットした。4つの出入り口を制圧し、徐々に追い詰めていく「mouse of bag(袋のねずみ)戦術」であるが、敵も当然それを予想して対策しているであろうから、強行突破に備えて、出入り口自体を爆破して封じこめるオプションである。

隊長は、爆弾設置の確認後、再び状況報告を上げてから、隊員たちに待機の指示を与えた。

 指揮車の中瀬一佐は、辛抱強く、チーム1から4の報告がそろうのを待っていた。

 狙撃手による敵側の死傷者3、SEALsの被害は軽傷者1。

 4つすべての出入り口に爆弾設置完了。

 ねずみの袋は閉じられた。後は、ねずみ狩りである。

 怖いのは、窮鼠きゅうそ猫を噛む、か。

 これから、どんな激しい抵抗をみせるのか?

 そして、肝心の人質は、どうなっているのか?

 中瀬一佐は、掌を合わせて指を組んだ。気持ちを落ち着かせようとする時の、彼の癖である。

 SEALsとは別行動をとっているチームαとチームβ、人質奪還の本隊は、この作戦のために新たに掘られた長いトンネルを駆け足で進んでいた。

 オペレーションAの骨子が立案されると同時に、中瀬一佐は技術士官を指揮して、DO-Jet工法による掘削作業に着手した。この工法は障害物の位置や形状を把握する前方探査システム、セメントミルクと珪酸ナトリウム溶剤の混合液による地盤改良システムを備え、超高圧ウォータージェットを噴射して地中を掘り進む最新鋭の工法である。目標地点に近づけば、当然、手作業での慎重な作業に移らざるを得ないが、作業全体を画期的にスピードアップしてくれる。

 トンネルαとトンネルβはともに、出入口と人質監禁想定場所との中間地点を目指して掘削されていた。

トンネルαの先端にたどり付き、白山隊員が穴を穿うがって爆薬を装填そうてんした。

「下がってください」

 チーム1、2、3、4の突入時刻になるのを待って、白山隊員は爆破装置のスイッチをオンにした。

 指向性の強い高性能爆薬は、正確に最後の障害物である土砂と地下壕の壁を吹き飛ばした。

 穿かれた穴まで駆け寄った白山隊員は、腕だけを伸ばしてスタングルネード(音響閃光せんこう手榴弾)を投げ入れた。

 耳栓をして、顔を後ろ向きにしても、すさまじい音響とその反響が耳の奥まで届く。

ゆっくりテンカウント(10秒)して、白山隊員は地下壕をのぞき込んだ。

 敵の姿はない。

 白山隊員に続いて、小栗隊長、伊波が地下壕へ抜け出した。

 汚れが目立つ白い蒲鉾型の壁と天井に据え付けられた円形の電灯以外に眼に入るものはない。だが、先ほどの大音響で、敵が押し寄せてくる可能性は高かった。

 M-4カービン銃を構えた小栗隊長と白山隊員は壁の左右に分かれた。ライフル銃を持たない伊波は代わりに背中の背負子しょいこからトンファーを取り出して両手に握ると、小栗隊長の後ろについた。

 トンファーとは、50センチほどの棒の片方、端近くに、握りになるよう垂直に短い棒が付いているもので、左右の手にそれぞれ持って扱う。握り部分を持つと自分の腕から肘を覆うように棒が添う。腕と一体になって攻防に使えるほか、握りの部分を支点して回転させ、長い部位を相手の方に向けて棍棒のように使うこともできるし、握りの部分を逆に鎌のように扱うこともできる万能の武器である。

 突然、壕の内部に音響が響き渡った。

 チームβがやや遅れて地下壕に侵入したのだ。

 伊波たちは慎重に足を進めて、旧暗号室の手前まで達した。

 通路の右側を歩いていた白山隊員が旧暗号室の中を窺おうとした時、鉄輪で先端を覆われた木の棒が振り下ろされ、白山隊員のM-4カービン銃が弾き飛ばされた。

 木の棒は銃を弾いた勢いのまま跳ね上がって、白山隊員の下顎を痛撃する。

 苦悶の声を上げ、白山隊員は通路上に後ろ向きに倒れた。

 木の棒は、それを操る男とともに完全に姿を現し、連続した回転で通路の反対側にいる小栗隊長のM-4カービン銃も瞬時に叩き落とした。

 男の操る武器は三節棍さんせつこんであった。、長さは50センチ、太さは5センチほどの3本の棒を鎖で一直線になるように連結してあり、それぞれの両端に鉄輪がはめてある。複数の関節部分を持ち、直接打撃するほか、振り回して敵を攻撃できる。

 小栗隊長のM-4カービン銃を右手の棍で叩き落とした男は、左手のこんをほぼ平行に使って脳天に痛撃を与えようとした。

 ヘルメットを被っているものの、まともに打撃されればダメージは大きい。

 小栗隊長はしかし、男の両手を使った連続攻撃の速さに対応できなかった。

 やられる、そう感じた小栗隊長だったが、打撃は来なかった。

 伊波の伸ばしたトンファーの先端が、打ち下ろされる棍の打撃を防いでくれたのだ。

 三節棍を操る男は、伊波に向き直り、にやりと笑った。

 伊波はトンファーを構え直した。

 見覚えのある顔だった。長く馬のような顔に中国人にしては異様に濃い眉毛。五卦拳ごかけん陳国軒チエングウグエン、真正武術大会で伊波の出場していなかった武器術部門の優勝者である。

 陳も伊波に見覚えがあるに違いなかった。

 三節棍を風車のように振り回し、伊波との間合いを測っている。狭い通路では、回転する棍と壁との隙間はほとんどない。伊波の円環術封じに有効な策と考えたのであろう。

 伊波は躊躇なく前へ歩を進め、陳が反応する前に、トンファーを伸ばして三節棍のつなぎ目を痛打した。

 陳は目をいて、左右の棍の回転を止めた。

 つなぎ目を回していた両手がトンファーの打撃を受けて痺れ、動かせないのであった。

 何気なく陳に歩み寄った伊波の動きであったが、実際は一歩の距離を意識的に三歩に分けて最高速の円環術で移動していた。そのため、陳は伊波の体の動きを捉えることができず、幻視に陥ってしまって、伊波の接近が知覚できなかった。これもまた、伊波の東雲流奥義流心である。

 動きを止めた陳の瞳に、トンファーの先端が眉間の経穴である印堂、首筋の経穴である天容に打ち込まれる様が映った。

 三節根を握ったまま、陳は膝から崩れて通路に沈んだ。

 伊波は陳の昏倒を見届ける間もなく、後ろを振り向きざまに猛烈な勢いで走り出した。

 ちょうど、背後から、AK47カラシニフ銃を抱えた兵士が6人駆け寄ってくるところであった。それを伊波は察知し、迎え撃ったのだ。

 一瞬の停止も緩みもない、軽やかさを感じるほどの伊波の動きの中で、6人の兵士たちはAK47カラシニフを発砲する間もなく、ある者は銃を取り落とし、ある者は銃を抱えたまま床や壁に叩きつけられていた。

 伊波が駆け抜け、振り返ってトンファーを構え直した時には、意識のある兵士は1人もいなかった。

 小栗隊長と白山隊員は動くこともなく、伊波の鮮やかな攻撃を息を飲んで見守っていた。

伊波の至高の拳の威力は戦艦リーガンで十分に見聞きしたはずであったが、実戦でこれほどの威力を発揮するとは考えていなかった。少なくとも、近接戦闘に関する限り、この男は無敵であると彼らは確信した。

 伊波は息を切らすこともなく2人の元へ戻った。

「行きましょう。あの部屋には、人の気配があります」

 伊波に促されて我に返った2人は、床からM-4カービン銃を拾い上げ、旧暗号室を覗き込んだ。

 小さく身を屈めていた人物が、2人を認めて立ち上がった。

 鎖につながれている、人質であった。

 戦艦リーガンの作戦会議室で何度も見た顔である。長い人質生活で髪は乱れ、頬がこけ、唇がひび割れているが、目は生きている。

「沖縄防衛局長、神田由起夫さんですか?」

 小栗隊長の問いかけに、神田防衛局長はうなずいた。髭に覆われ、ひび割れて痛々しい唇が、ありがとうを繰り返している。長い拘禁生活が堪えたのか、精神的にかなり追いつめられている様子だった。

 白山隊員がタクティカルベストから特殊鋼カッターを取り出して、神田防衛局長を拘束していた鎖を切断した。

 小栗隊長が伊波に向かって言った。

「これから白山隊員とトンネルαまで戻って、白山を護衛につけて神田防衛局長を地上に戻します。わたしが戻るまでここで待っていてください」

 伊波がうなずき、3人を見送った。

 遠ざかっていく3人の足音に、違う物音が混じっていることに、伊波は気づいた。

 耳を澄まし、神経を集中すると、物音の中に聞き覚えのある音が混じっていた。

 かぐやの円環術を使う足さばきの音だ。

 彼女もまた、闘っているに違いない。

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