第20話 ニライカナイ作戦 輪状攻撃
中国海軍の南海艦隊に所属する094型原子力潜水艦、長征9号及び長征10号は、それぞれ沖縄近海から航路を南に向けて艦速を上げた。
同じく、沖縄本島から南西諸島ライン全域に展開していた戦艦群は、領海と排他的経済水域の境界から離脱し、多くの戦艦が母港へ帰港し始めた。
「八一」の文字が描かれた中国海軍旗の代わりに、中国が忌み嫌うデザインの自衛隊旗とアメリカ海軍旗が沖縄周辺海域にはためいた。中でも、アメリカ政府の威信をかけたニライカナイ作戦成功のために、アメリカ海軍第7艦隊は戦時モードで急速展開を完了した。
沖縄の空も静まった。青空を切り裂くような爆音を轟かせたH6Kなどの中国軍爆撃機の往来が停止し、わずかに哨戒機などの機影が見られる程度に変化した。
一方、地上はまだ夜明け前の深い眠りの中にあるかのように、ほとんど変化が見られなかった。交替で監視活動をしている沖縄自立防衛軍の中には、明らかに中華系と見られる隊員が相当数含まれていたが、彼らに何らかの指示が与えられた形跡はなかった。中国政府首脳によって彼らは戦略的に棄てられたか、反対勢力との駆け引きによって、敢えて残留させられたようだった。
戦艦リーガンの作戦司令室の幹部デスクには、一条准将がホワイト大尉と並んで座り、この数日間の情勢変化を逐一チェックしながら、人質奪還強襲行動を発令するタイミングを慎重に測っていた。
かぐやは自室のベッドの上で、腕時計を見て時間を確認した。かつて、時計を見ることがたまらなく苦痛であったことが脳裏をよぎったが、かぐやはそれを瞬時に振り払った。
今は、過去を振り返る時ではない。
午前3時52分。第一波輪状攻撃開始まで、後8分。
強襲行動の開始までは、まだ時間がかかると見ていい。
眠ることはないが、目を閉じて、体と高まった神経を休めることにした。今までのかぐやが遂行してきた作戦行動とは、質が違い過ぎる。単独行動ばかりだったため、チームで動くことにも戸惑いがあった。
午前4時。一条准将とホワイト大尉のゴーサインから、第一波輪状攻撃が始まった。
沖縄本島及び周辺諸島の主要な軍事施設、訓練施設、弾薬庫、行政機関は地形上、海岸線に近い。また、港湾施設が軍事面、政治面において最も重要な役割を果たしている。
したがって、今回の輪状攻撃は、海上に浮かぶ強襲揚陸艦から発進する、上陸用舟艇とヘリコプターが主役である。また、揚陸支援として、艦の多くに垂直離着陸機(STOVL機)が搭載され、万全の体勢をとっている。
作戦会議室で練られた案によれば、沖縄自立防衛軍が占拠する主要な軍事施設、行政施設、港湾施設、那覇空港、沖縄県庁などの十箇所を第1攻撃目標として急襲する。次いで、各所を制圧後、左右に点在する第2および第3攻撃目標に展開して、随時、奪還していく。
攻撃点と攻撃点を結んでいって島全体を輪のように包囲し、完全制圧を完了する。沖縄自立防衛軍の士気次第ではあるが、中国軍の支援を失った以上、輪状攻撃の最終完了は72時間以内に可能というのが、ニライカナイ作戦本部の予測であった。
戦艦リーガンの作戦司令室のテーブル型戦略ディスプレイには、沖縄本島を中心とした第1、第2、第3以下の攻撃目標が表示されている。
一条准将とホワイト大尉は、互いに声を発せず、ディスプレイを凝視し続けた。
そして、作戦開始から52分経過したところで、沖縄空港の表示がまたたき、レッドからグリーンに変化した。
一条准将、ホワイト大尉のみならず、作戦司令室にいる全員から安堵の声が漏れた。
続いて、宜野湾市役所、沖縄石油基地、浦添埠頭・・・時間の経過とともに、次々とグリーンに変わっていった。
情報士官の一人は、テーブルとは離れた壁際の液晶画面を見ていたが、
「徳之島、奄美大島、沖永良部島・・・制圧を完了しました」
続けて、テーブルに付いていた情報士官が、
「第1目標。オールグリーンとなりました。当方の被害軽微、作戦行動継続に支障なし。全隊、第2、第3目標へ展開開始します」
壁際でヘッドセットを付けている別の情報士官は、
「沖縄県庁において、元沖縄県知事の
「米軍基地各所、訓練基地各所、飛行場、補給施設における沖縄自立防衛軍の監視が解かれ、部隊が散開していきます」着実に作戦が進行していることを伝えた。
それまで厳しい表情を崩さなかったホワイト大尉が、一条准将を見て、表情を和らげた。
「やりましたね。ここまで、142分。予想よりも早いペースです」
しかし、一条准将の表情は一段と引き締まった。
「これからです。本当の作戦が始まるのは・・・」一条准将は衛星通信用の携帯端末を手にした。
待機していた中瀬一佐から、すぐに応信があった。
「中瀬です」
「一条だ。ニライカライ、第2作戦を実行せよ」
「
すでに船室を出て、ステルスブラックホークヘリコプターへ搭乗する甲板に待機していたかぐやたちは、中瀬一佐の合図で一斉に機内へ乗り込んだ。
ブラックホーク3機は軽々とその巨体を天に持ち上げ、急速旋回すると、北に進路を取って一気に加速した。
佐知とリュウは、今までにない厳しい顔で伊波に待機を命じられたが、ブラックホークへの同乗だけは許された。
明るい日差しの中、眼下に陸地が現れるとまもなく、ブラックホークは速度を落とした。 地上から、着陸地点として、県道7号線バイパスを確保できたとの知らせが入った。
いよいよ、人質が
ブラックホークの四角い窓越しに、沖縄南部
本当の闘いが、始まるのだ。
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