第18話 政治的取引 鷹との衛星中継

 戦艦リーガンでの生活も1カ月を過ぎていた。

 修行は順調であったが、艦内の雰囲気はどうしてもけだるいものになってしまう。

 しかし、この朝、作戦会議室の空気には緊迫感が張り詰めることになった。

液晶画面の前にジョーンズ中尉と並んでいた中瀬一佐が、話し始めた。

「いよいよ、独立国側のぼろが出始め、沖縄の行政も財政も破綻はたんしつつあります。人々の生活に影響が出始めるのに合わせて、当初の熱狂も醒め始めています」

 画面には、沖縄自立防衛軍に囲まれた沖縄県庁の慌ただしい様子や、街頭モニターの画像などが次々と映し出された。

画面を見ながら、一条准将は、満足げに手元のコーヒーカップを引き寄せた。

「当然だな。メッキはいつかがれるものだ。扇動工作員は動いているのか?」

中瀬一佐が一条准将に応じた。

「訓練を受けたメンバーを補充し、かなりの増員に成功しました。すでにいくつかの市町で独立反対派はのろしを上げ、小規模なデモを繰り返しています。ネット規制へのハッキングも成功しつつあり、そのうちに制網せいもう権も握れるはずです」

日本語が堪能なウィリアム国務次官補が口をはさんだ。

「制海権、制空権のみならず、今や制網権ですか」

中瀬一佐はうなずいた。

「ネットを掌握すれば、扇動工作、攪乱かくらん工作は飛躍的に進みます。情報通信の専門家が24時間体制で闘っています。米軍情報部、NSA(国家安全保障局)の支援も万全です」

コーヒーカップを持つ一条の指先に力が込められた。

「そいつは、頼もしいな。サイバー戦争はすでに白熱しているわけだ」

 ニライカナイ作戦の米軍総指揮官ホワイト大尉の元に、情報士官が近づいて一言囁いた。ホワイト大尉は一条准将に目で合図を送った。2人の間には、何らかの意思疎通が図られているようだった。

 かぐやたちが呼び集められ、全員が作戦会議室に顔をそろえてた。

 一条准将は立ち上がって参加者の顔ぶれを確認し、テーブルの前の液晶画面に歩み寄った。

「皆さん、まもなく、中野幹事長からの衛星通信が入ります。現在、回線の最終セキュリティチェックを行っているとのことです。少々、お待ちください」

 慌ただしく、作戦会議室の外に警備兵が配置され、会議室のドアは施錠された。

 やがて、真黒な液晶画面に中野幹事長の武骨ぶこつな顔と鷹のように鋭い目が現れた。

 米軍の関係者は一斉にイヤホンを耳に装着する。ロイ金城は両耳にヘッドホンを装着し、前に置かれたマイクロフォンのスイッチを入れる。同時通訳を行うのだ。

「皆さん、中野です。わたしは今、中東のある都市にいます。なぜ、沖縄にいるはずのわたしが中東にいるかといえば、中国の古い友人たちと会うためです。彼らとは、長い付き合いですが、世間にはあまり知られていない。お互いのために意図的に隠してきたのです。今回も、彼らと会って話すために相当な時間がかかりました。会う場所を探すのも苦労しました。だが、まぁ、そんなことはどうでもいい。・・・みなさんを長いことお待たせしたのは、こうした事情があったわけです」

 一条が姿勢を正し、液晶画面に向かって話し始めた。

「幹事長、われわれの扇動工作も順調に進行しております。インターネットの掌握も間近に迫っていると報告がありました」

 幹事長は太い首を動かし、鷹揚おうようにうなずいた。

「わたしの方も、古い友人たちの助けを借りて、ようやく現在の中国政府を説得できました。彼らとて、米中全面戦争なんてことは望んでないのだから、話は簡単なはずなのに、そこは、あの国のことですから単純なことが複雑になります。交渉ごとはいつも大変なのです。でも、ようやく道筋をつけました。・・・しかしながら、わたしができることは、ここまでです。後のことは、一条くんと、そちらの皆さんにお願いするしかありません」

「では、幹事長。ニライカナイ作戦の実行を、許可していただけますか」

「日本政府を代表して、とはいえないわけですが、日本の、沖縄の未来がこの作戦にかかっています。頼みます。ぜひ、成功させてください」

緊迫した空気に包まれる中で、衛星中継は終わった。

 一条准将はウィリアム次官補に顔を向けた。

「ウィリアム次官補、日本の方針は決まりました。アメリカも同意していただけますか」

「もちろんです。やりましょう。絶対に、成功させましょう」

「ありがとうございます。では、これより作戦行動に入ります。本会議は、これにて解散といたします」

 それぞれが勢いよく席を立ち、作戦会議室を出ていった。

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