第17話 戦艦リーガン サチシハン
戦艦リーガンの作戦会議室に、かぐやたち4人は並んで腰かけて、壁に設置された大型液晶モニターの一つを見ていた。
モニターの前に立っているのは、米軍の作戦参謀、ジョーンズ中尉。隣には、通訳のロイ金城が控えている。
作戦会議室には、他に、日本側から一条准将、中瀬一佐と伊波をサポートする小栗二尉他4名の部隊員、アメリカ側からは戦艦リーガンの艦長と副艦長、ニライカナイ作戦の米軍総指揮官ホワイト大尉、そしてウィリアム国務次官補がテーブルを囲んでいた。
彼ら以外に3名の技術士官がモニター横のコンピューターに張り付いていたが、彼らの紹介はなかった。
ほぼ丸一日、現状の分析報告に基づき、ニライカナイ作戦の細部が詰められた。地上をうろつく野良犬さえ映す宇宙衛星、無人偵察機による鮮明な画像、状況監視員から次々と送られてくる報告。それらは、専門家でなければ脳がたちまち飽和してしまうほど膨大な量だった。
まして、伊波たちは中枢の役割を果たすとはいえ、総勢700人を超す作戦参加軍人の中では、ただの一部隊にすぎない。作戦の全貌を把握することの重要性はわかるものの、いざ作戦行動に移れば、ほとんど単独で行動する。
ひたすら耐えるだけの時間が、夜になってようやく終わった。
リュウは机に突っ伏して目を閉じ、佐知は大きなあくびをした。
かぐやは、自分たちの部隊に必要な装備、資材とそれらの重量を頭の中で計算した。今回の相手が、普通の軍人でないことも考慮に入れなければならない。
翌朝、かぐやは通訳のロイ金城を呼び出すと、伊波、佐知、リュウを連れて補給部を訪ずれた。
すでに到艦後、軍服やその他の衣類の支給は受けていた。今回は、急襲攻撃を行うための装備をすべて備えるのが目的だ。日本人ではあるが、特例として米軍の装備品を支給してもらえる許可は上層部から出ていた。
最初に、野戦でも市街地でも使用できるコンバットブーツのサイズ合わせを行った。女性用の小さいサイズも確保してあった。かぐやが恩納岳で履いていた軍用靴はジャングルブーツを改造したものだったので、かぐやは自分の分も注文した。
服の上に身につける装備として、カラビナとポケットがたくさんついたタクティカル・ベスト、重量があるためベストに装着しずらいものを格納するポーチがついた丈夫な軍用ベルト、肘と膝の保護カバー、さらには頭にかぶるフェースガードとヘルメット、軍用銃のフォルダー、軍用ナイフのフォルダーなどがあるが、今回の敵が中国武術の達人ぞろいとすれば、やたらと装備を重くすることはできない。
かぐやは全員に最新式のタクティカルベストを選び、必要最小限の小物類を収納した。ズボンには銃のフォルダーをつけたが、かぐやだけは左右両側にナイフフォルダー、さらに右側に銃のフォルダーをつけた。通常の隊員ならば、これらに加えて、突入時にM-4カービンライフルを持つことになるが、自分たちには不要と判断した。
ヘルメットには動作性を考えて、調光装置付きの単眼暗視装置をつけた。
最後に、ロイ金城を通して、スタングレネードと専用の耳栓を注文した。スタングレネードはフラッシュ・バン、音響閃光手榴弾とも呼ばれるが、強い光と大音響が周囲約15メートルに影響を与える。殺傷能力はないので、人質の生命を奪う危険が避けられる。
装備がそろうと、かぐやたちはそのままヘリポートに移動して戦艦を離れた。
「射撃訓練のできる広い施設へ移動します。最低限の銃の操作を覚えてください。どうしても銃を使わざるえをえない場面が出てくるかもしれません。M-4ライフルはバックアップチームがもちますが、わたしたちも射撃訓練だけは行います」
今までとまったく違う世界に迷い込んでしまった3人は、後ろの座席で顔を見合わてぼそぼそ話し合っていたが、やれることをやるしかないと決まったようだった。かぐやは、何だかおかしくなって、外の景色に目を移してこっそり笑った。
ニライカナイ作戦実行の日はなかなか来なかった。
沖縄では、11月の北風が吹き始めていた。
2日に1回、作戦会議室で打ち合わせがあったが、作戦の細部に変更がない限り、短い時間で終わった。残った時間は、トレーニングルームで東雲流の修練に励むか、射撃訓練にあてられた。
戦艦リーガンには、SEALsの精鋭部隊が乗っていて、トレーニングルームで顔を合わせることがあった。
最初は、遠巻きに東雲流を興味深げに眺めているだけだったが、隊長格が伊波に声をかけて、一緒にトレーニングをすることになった。
屈強な隊員たちから選ばれたトムソンという黒人は、腕も脚も丸太のように太かった。トムソンはチーム伊波の中で一番、体格のいいリュウを指名した。
「びびってんじゃないぞ、リュウ。行って来い」
佐知が楽しげにリュウの背中を押した。
「任せろ、だてにこの一カ月、修行してきたわけじゃない」
リュウはトレーニングルームの中央部に歩みでて、トムソンと向かい合った。
互いに軽く礼を交わす。
歩み寄って間合いが詰まると、トムソンの腕が勢いよくリュウの頭部に打ちおろされた。
あの丸太を避けきれるか、と周囲が息を飲んだ瞬間、リュウは丸太の右側へ鮮やかに抜け出した。トムソンは一撃目が当らないと見るや、すかさず二撃目を繰り出した。
リュウは難なく、体を回して二撃目もかわした。
あれは、まぎれもない、一の円の動きだ。
かぐやはリュウの上達ぶりに舌を巻いた。まだ、少々ぎこちなく、流れが悪いものの、トムソンの動きを読んで的確に足をさばいている。
「いいぞ、リュウ」佐知の声援が飛ぶ。リュウは笑って応えようとした。
ダメだ!隙を見せるな・・・かぐやは声を上げようとしたが、遅かった。
トムソンの巨体が突進し、急激な攻撃に間に合わず、幅の広い左肩でリュウの体は弾き飛ばされた。
あの攻撃をかわすには、二の円か。かぐやは、無意識にトムソンの動きに合わせた円環術を思い描いた。
リュウは弾き飛ばされたものの、一の円での防御はほぼできており、すかさず立ちあがった。だが、息が上がり、心の乱れが大きい。
「佐知」伊波が、声をかけた。
「はい」佐知が音もなく中央部に進み出て、トムソンと向かい合って頭を下げた。
SEALsの隊員たちから野次が飛ぶ。
「プリティーガール、ゲッタウェイ。ブルマストキルユウ!(かわいこちゃん、逃げたほうがいいよ。乱暴者が君を殺しちゃうよ!)」
口々に好き放題なことを叫び始めた。
佐知は半身の構えを取り、左手人差し指を立ててトムソンを挑発した。
「ガッディィーム!!」
トムソンがまた肩口を固めて力任せに飛び込んできた。アメフトのタックルのようだった。
しかし、トムソンの攻撃は空を切り、足元がよろめいた。
佐知は髪の毛一筋ほどの間合いでかわしている。
再び、佐知は人差し指を立てて、今度はすぐ目の前のトムソンの鼻柱を押した。
「ウグゥゥゥ・・・」
意味不明の雄たけびと共にトムソンの長く、太い手足の連続攻撃が始まった。
かぐやは、佐知の円環術に見惚れた。
独特のリズムがあり、躍動感がある。伊波師父の静かで、流れるような動きとは別物のように見えて、やはり美しい円環術である。伊波師父の言う、ひとりひとりの円環術、それぞれの奥義としての流心とはこのことかと、かぐやは思った。
やがてトムソンは激しく息を切らし、汗にまみれて動きを止めた。打撃を与えるどころか、かすり傷一つ与えることができなかった。
腕自慢のトムソンが赤子のように軽くひねられ、驚きのあまり、SEALsの隊員たちは次第に声を失っていった。トムソンは恥ずかしさのあまり、床に座り込んで両手で膝をかかえている。
腕組みして、トムソンと佐知の対戦を見ていたSEALsの隊長が腕をほどいた。
「ファビュラウス!」
何と言っているか伊波たちにはわからなかったが、腕をほどいて拍手を始めたことから佐知を褒めたたえていることは確かだった。
隊長は、部下の1人に指示を出してトレーニングルームから出ていかせ、別の2人にトムソンを抱え起こさせた。
トレーニングルームから出て行った隊員は、ロイ金城を連れてきた。
ロイは隊長の話を聞き、伊波たちに通訳して聞かせた。
「マコーミック隊長はこう言っています。あなたがたが特別な任務のために乗船していることは聞いています。その理由がわかりました。すばらしい技をお持ちだ。美しい舞を舞っているかのようなその技を何というのですか、教えていただきたいと」
佐知は伊波の顔を見て同意を得ると、代表して答えた。
「嵩山東雲流躰術。わたしは一番弟子の佐知。最初にお相手したのが、同じく弟子のリュウ、あちらの女性がかぐや、そして東雲流宗家、伊波最高師範です」
ロイはSEALs全員に伝わるように通訳して聞かせたが、日本語の分かりづらさもあり、全部は理解できないようだった。
隊員たちは何やらにぎやかに話し合いを始め、マコーミック隊長に対して、さかんに訴え始めた。隊長は了承したようだ。
ロイが隊長の言葉を伝えた。
「乗船している間、この隊員たちに技を教えてくれないだろうかと頼んでいます。すばらしい技を少しでも学びたいと」
佐知はそれを聞いて、すぐに答えた。
「ダメです!師父は大事な仕事を控えて、とても忙しいのです。それに最高師範がおいそれと部外者に東雲流を教えるはずがありません」
ロイを通して佐知の言葉を聞いた隊長は、こう返した。
「いえ、最高師範にではなく、この連中は、ビューティフルガールのサチシハン(佐知師範)に、ぜひ教えてほしいと言っています」
「ビューティフルガールって何よ」
佐知がリュウを振り返って尋ねた。
「佐知さんのことですよ。きれいな娘さんて言われて、すっかり人気者ですね」
「馬鹿なことを言うな。それに、そんな暇はないぞ」
「あれ、さっき、暇で暇で死にそうだって、言ってませんでしたか」
「あれはな、あれは嘘だ」
「本気で言っていたくせに。それに以前、俺に嘘はいけないって、言ってましたよね」
「リュウ、このやろう」
伊波があきれ顔で割って入った。
「いいじゃないか、惜しむこともない」
伊波の何気ない一言だったが、かぐやにはドキッと胸に響いた。
頭に浮かんだ不吉な思いをかぐやは何とか振り払おうとしたが、それは心の奥底に深く沈みこんでいってしまった。
ひょっとして、師父は、死の覚悟を決めているのでは・・・
翌朝、暗いうちから佐知はSEALsのメンバーを叩き起こして回った。
戦艦リーガンの甲板にメンバー全員を並べると、東雲流の調息法をレクチャーし始めた。佐知の隣には、同じく叩き起こされたロイ金城が眠い目をこすりながら、佐知の言葉を訳してメンバーに伝えている。明らかに迷惑顔だ。
伊波、かぐや、リュウは来艦して以来、毎朝の日課としてここに来ていた。
リュウがあきれ顔で甲板の隊列を見ている。
「佐知さん、やる気まんまんですね」
「驚いたな、さまになってる」訓練施設アスラムで5年間過ごしたかぐやには、集団をまとめ、統率するのは特別な才能が必要なことがわかっていた。それはオーケストラの指揮者のようなものである。指揮者が変われば、同じメンバー、同じ楽器であっても、まるで違う音色が響き出す。佐知は、細かい目配りと、凛とした適切な指示で、SEALsのメンバーを見事に統率しはじめていた。
調息法が終わると、佐知は朝食後にトレーニングルームで技の修練を始めると告げた。
鍛え上げられた肉体の、屈強の男たちが、佐知の指導できわめて高い集中力で東雲流の基本技に取り組む姿は壮観であった。SEALsのメンバー以外にも参加者が増え、一週間も経たないうちにトレーニングルームは人であふれかえった。
かぐやは伊波に四の円環術を習い始め、リュウは一の円環術の習熟に励んだ。トレーニングルームが使えない時には、食堂やサロン、甲板などで修練した。さまざまに異なる条件下での修練は実践的で効果が上がった。佐知と少し離れてリュウは寂しそうであったが、修行に打ち込むことでそれを紛らわそうとしているようだった。
かぐやと伊波の修練には、しばしばSEALsの隊員達が見学に訪れては、感嘆の声を上げて帰って行った。いつしか、東雲流は艦内で「Kamiwaza(神業)」、「KaminoKen(神の拳)」と呼ばれるようになった。
佐知のもとにはさらに多くの入門者が訪れるようになり、伊波やかぐやに艦内で出会うと、大男たちが身を
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