第15話 会合 依頼
情報端末に、中瀬一佐からのメールが届いていた。内容を確かめて、かぐやは庵に向かった。
伊波はいつものように庵の前に立っていた。
「おはようございます。師夫・・・じつは、上司から連絡が来ました」
「そういえば、3週間過ぎましたね」
「会っていただけますか?」
「いいですよ。弟子の頼みですから」
「ありがとうございます」
自分の当初の任務を果たせたこと、何よりも、伊波が自分を弟子と呼んでくれたことが、かぐやには嬉しかった。「今夜8時に、こちらへ
「おそらくここが最適だという判断なのでしょう。かまいませんよ、ここで」
「では、そのように返答してまいります」
中瀬一佐に承諾のメールを送り、かぐやはいつもの修練に戻ったが、さすがに集中しきれなかった。どんな会合になるのか、自分のこれからがどうなるのか、考えても無駄と思いつつ、考えないわけにはいかなかった。
そして、恩納岳での、東雲流の修業が終わる・・・その事実だけははっきりしており、何よりも重くかぐやの心にのしかかっていた。
伊波は当然、かぐやの心の乱れに気づいていたはずであったが、穏やかな表情を崩すことなく、いつもどおりに接してくれた。
夕食を終えると、伊波は佐知とリュウに、知念師範の家へ行くように言った。
しかし、2人は頑として譲らず、ここに残ると言い張った。伊波は繰り返し2人を諭したが、最後にはあきらめた。
かぐやは中瀬が誰を連れてくるのか、何を話すつもりなのかわからなかったため、口を挟むことができなかった。
午後7時30分、複数の気配がして、かぐやたちは反射的に身構えた。
ただならぬ緊張感。空気が瞬時に張りつめた。
だが、包囲網が狭まる気配はない。
そのまま数分が過ぎたところで、樹林から中瀬一佐が現れた。
軍服ではなく、漆黒のスーツに細身の体を包んでいる。
中瀬は伊波に向かって礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、防衛省の中瀬一佐です」
「お名前は聞いております」
「ぶしつけななお願いを聞いていただき、ありがとうございます。しかも、中園三尉の面倒まで見ていただいたようで」
かぐやが師夫と同じ道着を着ているのを見て、状況を把握したのだろう。
「とても優秀な部下をお持ちです」
「いたみいります。・・・ところで、これからあなたにお会いしたいという方々をお連れしますが、身の安全のため、武器を携行したボディガードの同行をお許しいただけますか」
「かまいません」
「ありがとうございます。それでは」
中瀬が背後に合図を送ると、4人の重装備の兵士に囲まれたスーツ姿の男が3人、樹林から出てきた。
3人のうちのがっしりした体格の男を見て、かぐやは思わず声を上げた。
「一条准将」
「久しぶりだね、有紗。困難な任務をよくやってくれた」
「それほどでは」
「いや、いずれわかるが、わが国の存亡にかかわることなのだ。君の役割は大きい」
一条は、左側に並んでいる2人を伊波に紹介した。
「こちらが、アメリカ国務省東アジア地域担当の国務次官補、ウィリアム・パターソン氏、日本語はきわめて堪能なので、通訳なしで会合に参加されます。そして、こちらが、ご存じかと思いますが、岸部内閣総理大臣の側近中の側近、中野
ウィリアム・パターソンは中瀬よりもさらに長身で、二メートルはありそうだった。金髪
中野幹事長は、他の3人とは反対に、背丈が低く、ずんぐりした体型だった。頭髪も薄くなっていて年齢を感じさせるが、眼光は誰よりも鋭い。与党内で、「鷹」とあだ名されるゆえんだ。
「国を代表する方々に、こんな山奥までお越しいただき、恐縮です」
次官補といえば、アメリカ政府の政策立案・実行上の実質的な最高責任者であり、一方の中野幹事長は、陰の総理と言われる現政権の最高幹部である。
しかし、伊波は、こうした人物を前にしても、全く臆したようすはなかった。
「わたしは、一条と申します。ここにいる中瀬と中園の上官にあたりますが、直属ではありません。今回は、中野幹事長の補佐と護衛の任務を受けました。よろしくお願いします」
一条の紹介が終わると、中瀬は背後の兵士に指示を出し、頑丈なベンチを運んで組み立てさせた。
全員が腰を下ろすと、一条が口火を切った。
「では、本題に入ります。中野幹事長、お願いします」
「皆さんは、沖縄国独立騒動についてはご存知のことと思います。この軍事テロに関しては、わたしども日本政府の失態であり、申し開きのできないところであります。いいわけになりますが、わたしたちは巧妙に
ウィリアム国務次官補が話を引き継いだ。
「わが国も最善を尽くして戦争を避けようと努力を重ねました。中国との外交チャンネルも使えるものはすべて使い果たしたといってもいい。そうした、日米協調による全力を傾けた戦争回避の外交努力、有事を想定した軍の編成と装備総点検の
中野幹事長が深くため息をついて、再び話し始めた。
「沖縄国独立を
伊波が初めて口を開いた。
「独立国側は何を要求しているのですか?」
「まず、沖縄を琉球國と名を変え、独立を承認すること。宮古列島、八重山列島、尖閣諸島は中国海軍が実効支配しているが、いずれ琉球國に属する。取引条件として、人質の解放に併せて、沖縄本島周辺の離島及び奄美群島、大東諸島の領有権を放棄する。琉球國において、日本政府への帰属を希望するものは現有する資産と安全を保証した上で、本土及び領有権を放棄した島への移動を支援する、というものです」
「米軍基地はどうするのですか?」
「2年の期限を設けて、すべてフィリピン、グァム、日本本土への移転を完了させること。移動に伴う費用負担については、今後の協議とすると通告しています」
「それが、沖縄の人々が独立宣言を受け入れている理由ですか?」
「クーデター、われわれは軍事テロと呼んでいますが、その直後からさかんに、あらゆるメディアを使って基地のない沖縄、アメリカ兵のいない沖縄のバラ色の未来を
「実現する可能性はあるのですか?」
中野幹事長は首を横に振った。
「複数のシンクタンクで精査しましたが、どう見ても実現は不可能です。何よりも、人質を盾に外交交渉すること自体が問題です。たとえ、日本が独立を認めたところで、国際社会は承認しないでしょう。ただし、すべての国とは言えませんが」
ウィリアム国務次官補は、足を組み直し、改めて伊波に目を向けた。
「沖縄に基地のあることのメリットを、直接感じている日本人はほとんどいないでしょう。沖縄の人々は逆に、デメリットばかりを感じてきたのではありませんか?その基地がなくなり、沖縄は豊かになるという。嬉しさのあまり、舞い上ってしまって、皆さん、
伊波が答えないでいると、中瀬一佐が口をはさんだ。
「情報操作のエキスパートが中国本土から派遣されているという報告があります。テレビ、ラジオ、新聞は当然、インターネットについても徹底的な監視下に置いて、サイバー攻撃を仕掛けるか、強力な妨害工作を行っているとのことです」
かぐやは我慢しきれなくなり、軽く手を上げて中瀬に尋ねた。
「あの、よろしいでしょうか、一佐。国のレベルで大変なことになっていることは、良くわかりました。でも、なぜ、伊波師夫の力が必要なのでしょうか?アメリカ軍には、デルタフォースなどの特殊部隊がたくさんあると聞いています」
「それには、まず、わたしがお答えしましょう」とウィリアム国務次官補がかぐやと伊波の両方に顔を向けながら話し始めた。「すでにこの3週間の間に、伊波師夫を軸としたオペレーションAのほかにオペレーションB、オペレーションCを作戦本部で立案し、特殊部隊による人質奪還作戦を実行しました。しかし、残念ながら、いずれも優秀な隊員たちをたくさん失うだけの結果に終わりました」
「人質奪還作戦が、もっとも困難なミッションであることは理解しています。でも・・・」
ウィリアム次官補の後を中瀬が続けた。
「オペレーションB、Cを実行し、この作戦で多くの犠牲者を出す中で、ようやく失敗の原因がわかってきました。それは、中国本土が送り込んだのが、サイバーエキスパートだけではなかったことです。もう一つ、キラーエキスパート、最強の暗殺部隊を沖縄に送り込んで、誘拐、監禁の中心的役割を
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