第7話 恩納岳 夕闇の激闘

 かぐやはゆっくり登っていった。

 五感を研ぎ澄まし、すべての気配を感知する。

 かぐやの中で、とりわけ秀でている能力だった。

 目標地点に近づいた。山の中腹よりやや頂上よりで、山地がえぐられたように平らになっている。

 頭上にはひときわ大きな照葉樹が聳えていた。その樹幹を下にたどると、周囲に溶け込むように小さな庵が確認できた。

 これなら、衛星から捕捉されることはない。

 では、かぐやを導いたGPSのデータは誰が?

 その疑問を、しかし、かぐやは瞬時に追い払った。今は、この現場に集中することだ。

 かぐやは自分の身を樹林で隠しながら庵に数歩近づいて、足を止め、気配を消した。

 夕闇の中、眼をこらしたかぐやは、動く影を視界に捉えた。

 庵から、誰か出てきた。

 ターゲットか?

 どうすればいい?名乗りを上げるのか?

 かぐやが迷っていると、庵から出てきた人物が前へ進んで、上半身に残照が当たった。

 女?それも若い。

 自分と同じか、それより少し若く見えた。

 目鼻立ちのくっきりした女の横顔が、かぐやの脳裏に映り込んだが、かぐやの知る誰とも一致しなかった。

 情報が間違っている。先ほどの地点に置いてきた通信端末まで戻り、中瀬一佐に問わねばならない。あの慎重な中瀬がこんな単純なミスを犯すとは信じられなかった。

 だが、目の前にいるのは、間違いなく若い女だ。

 かぐやは撤収を決断すると、慎重に後ろへ下がった。若い女は、何かに想念を集中させているようだった。

 あの様子で、この距離なら、気づかれる心配はないとかぐやは判断した。

 だが、数歩後ずさったところで、不意にリュウの声が響いた。

 かぐやの真後ろから、姐さん、と呼んでいる。それも、かなり接近している。

 まずい、と思うまもなく、庵の女が声のする方へ振り向き、かぐやは動きを止めた。

 見つかった。

 何という女だ。間違いなく、気配を消したかぐやの存在を感じ取っている。男ではなく、ターゲットは女だったのか。

 迷うことなく、かぐやは樹林を飛び出し、庵の女に突進した。

 あれほどの手練てだれ。逃げれば負ける。

 庵の女もかぐやの姿を完全に視界に捉え、迎え撃つ自然体の構えに入った。

 数歩の間隔、間合いを残して一瞬動きを止めると、かぐやは左踵蹴りを繰り出した。

 庵の女は、突然、後ろを向いて身を屈め、真後ろに右踵を突き上げた。

 かぐやの蹴りは空を切り、庵の女の後ろ蹴りを左腕でかろうじて受け止めた。

 激痛が走ったが、止まらず間合いを詰めた。

 庵の女は地面に手をついたまま、体勢を入れ替えると左脚でかぐやの軸足を払いにきた。

 その動きは読めたが、経験したことのないスピードに、かぐやは受け止めるだけで精一杯だった。

 打撃の強さで、膝をつきそうになる。

 この女、強い。速く、予想がつかない技を使う。しかも、的確に急所を狙ってくる。

 かぐやは全身の力を振り絞って踏みこたえ、体を投げ出すように伸ばすと、右の掌拳しょうけんを振り下ろした。

 庵の女は両腕を交差させてかぐやの掌拳を防いだが、防御を予想したかぐやの掌拳は打撃をせず、頭上に跳ね上ると、円を描くようにして庵の女の横顔を薙いだ。庵の女は左腕で打撃を受け止めようとしたが、わずかに遅れた。

 かぐやの掌拳が庵の女の頬を撃った。

 庵の女は地面を転がって直撃を逃れた。

 浅かった、だが、ダメージはある。

 かぐやは追撃し、膝、鳩尾みぞおち、喉仏を狙って前蹴りを連続した。

 正中線こと体の中心線には急所が多く、攻撃をかわすにも移動が難しい。痛撃は与えられないが、予想外の技を使う相手を牽制するには効果的だった。

 単調な攻撃と防御という膠着状態が続いた。

 このまま消耗戦になるのだろうか。

 活路はどこにある?

 ナイフを使うか?

 だが、相手の動きを封じる動きを続けつつ、ナイフを抜き出すタイミングをつかむのは難しい。それほどの、難敵だった。

 ならば、これだ。

 かぐやは間合いをわずかに広げると、空中高く跳躍した。二段蹴りだ。もっとも、かぐやの狙いはその後にあった。空中で振り切った脚の反動を使って宙返りをし、着地と同時に渾身こんしんの連打を繰り出すのだ。時として、連打はナイフの攻撃に変わる。

 相手の力量を考えれば、成功の可能性は低かった。

 それでも、何らかの変化をもたらせば、次の手立てが見えるかもしれない。体力に不安はなかったが、深夜の上陸行動からここに至るまで、ろくに睡眠も食事も摂っていなかった。とても万全とはいえない。消耗戦になれば、不利になる。

 いつものように空中で瞬時に相手との間合いを計り、着地して、一気にかぐやは踏み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る