第6話 恩納岳 登攀開始
「ここでいい。駐めろ」
NーONEは恩納岳の麓、うっそうとした
かぐやは腕に巻いた端末をタップし、サングラスの内側にGPS画像を呼び出した。周囲の地形と再度照合してみたが、ここで間違いなかった。
ドアを開ける前に、カジュアルなシューズを脱ぎ、バッグから取り出した軍用靴に履きかえた。リュウは興味深そうにかぐやの軍用靴を見ていたが、何も言わなかった。おおよその察しはついていたのだろう。
かぐやは車を降り、バッグの持ち手をつけかえて背中にしょった。
リュウも車を降り、おびただしく繁茂したリュウキュウマツやススキなどの樹林を見上げた。人が踏み込んだ痕跡は
「すごいな、これは。まるでジャングルだ」
かぐやはわずかな樹林の隙間に体を潜らせた。
「
慌てて、リュウが後を追った。
「ついてくるな」
振り向きもせず、かぐやは冷たい声を放った。
「ここまで来たら最後まで・・・」
「馬鹿をいうな、おまえ、死ぬぞ」
「惜しい命じゃない。それに」
リュウはいつの間にか腰に差し込んでいた銃を顔の前に上げた。
かぐやはその動きを感じ取り、振り返った。
「車に積んでいたのか」
「そうです。隠してました」
「撃たないのか?わたしに仕返しできるぞ」
「まさか、先に切り裂かれて終わりでしょ」
「どうかな」
「姐さんの速さは人間業じゃない」
「じゃ、撃つな。下手なやつが撃つと一番危ない。弾道が読めないからな」
「俺はそれほど下手じゃないですよ。米軍から流れてきた弾をしこたま持って、いつも実弾訓練してますから。本土のやくざなんかよりも、はるかに腕は上です」
リュウが不満そうに言った。それなりに自信があるようだ。
「頼もしいな。だが、だめだ。足手まといになる」
「ほっといてくれればいいんです。勝手に俺がついていくだけですから」
「おまえ、心底、頭悪いな」
「絶対に、姐さんの邪魔はしません。お願いします」
これから出会う相手は、リュウの立てるわずかな物音ばかりではない、制御のきかない気配、息づかいすらも危険な相手かもしれない。
だが、力づくででもなければ、リュウは諦めそうになかった。
「勝手にしろ」
かぐやは一言だけ残し、密生した樹林帯を一気に駆け上り始めた。後ろからリュウが必死で付いてくる気配が伝わる。頑張ってはいるが、いずれ離ればなれになるだろう。気の毒だが、その方がお互いのためだ。
足を止めずに登り続け、途中で数度GPSを確かめた。
恩納岳の標高はたかだか363メートル。だが、太平洋戦争の沖縄戦で第4遊撃隊が遊撃地点に選んだことから分かるように、周囲に広がる
戦後は米軍に接収され、実弾演習場として外部と隔絶された。ところどころに赤錆にまみれた、「危険地帯・立入禁止・防衛施設庁」の日英両言語で書かれた看板が立っている。
こんなところに棲んでいる人物とは、何者だろうか。
中瀬一佐からは、「恩納岳に隠れ住む男に接触し、力量及び器量を掌握せよ。脅威であれば、速やかに抹殺せよ」と指令を受けた。質問をしようとすると中瀬は、「おまえ自身で確かめるのだ。おまえの五感と肉体で」と言い、質問を受け付けなかった。
脅威とは何か?それほど危険な男なのか?
器量とは何か?敵なのか、味方になる可能性もあるのか?
判断するべき情報は何もなかった。訓練所アスラムのデータベースに最高機密レベルであたっても無駄だった。すべては自らが動き、おのれの眼で確かめるしかなかった。
恩納岳を登攀しながら、かぐやは期待と苛立ちが交互にわき起こってくるのを感じた。訓練所の教官ですら誰もかぐやにかなわなくなっていた。自分以上の力量を持つものがいるなら、会ってみたかった。そして、曖昧さはかぐやの最も嫌うところだった。それも早く一掃したかった。
いつしか、リュウの気配は消えていた。これなら、自分の行動に支障はない。
かぐやは山に入ってから初めて立ち止まり、持参した水筒で喉を潤した。次いでワンピースと下着を脱ぎ捨てて全裸になると、バッグから体に密着するセパレートタイプのボディスーツを取り出して身につけた。ナイフとフォルダーはいったんはずし、膝の上まで肌に張りついているボディスーツの上に改めて装着した。
GPSによればターゲットまで残り72メートルの登り坂。
周囲には夕闇が迫ってきた。暗視ゴーグルの機能はついていない。それに、サングラスは体の動きを妨げる。格闘になった場合、一瞬の遅れが命取りとなる。かぐやは、サングラスと腕時計端末をはずし、衣類とともにバッグにしまった。さまざまな状況を想定した訓練のおかげで、これしきの闇などかぐやには問題にならなかった。
かぐやは抜きやすくするため、ナイフフォルダの刃止めをずらした。
頭の中で、ナイフを操る動きをシミュレートして心を落ち着かせる。両手でナイフを操作するのは一見、有利なようだが、真に選ばれた人間が、想像を絶するような訓練を経なければ自在に操ることはできない。かえってスピードが鈍ったり、自分自身を傷つけてしまったりする。
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