第5話 沖縄侵入 裸体舞う
かぐやは奥の部屋へ続くドアを開けて中へ入った。内錠はない。スイッチを探し、灯りをつける。電球が小さいのか、薄暗い。しかも、3畳ほどの狭い空間に窓がない。壁際のベッドと奥に設置されたシャワールームを除けば、倉庫のような殺風景な部屋である。
かぐやは部屋の中央まで進んで、足場と前後左右の間合いを確かめた。
床材はリノリウムのようだ。壁はベニア合板に壁紙。店の造りを考えると、右側の壁を抜けば、狭い路地に出られるように見える。あるいは、右側の壁にはかつて窓があったのではないか。その部分には、人を落ち着かなくさせる微妙な違和感がある。
奥に進んでシャワールームを覗くと、安ホテルにあるようなユニット式であった。
ここも狭い。いきなり3人の男に押し込められたらやっかいだ。
かぐやはベッドのシーツをはぎ取って、50センチ間隔で結び目を作った。それをシャワールームへ持ち込んで水で濡らして固く搾った。次いで、バスルームの棚からタオルを取り出して同じように濡らして固く搾った。
今回の武器はこれだ。
かぐやはサングラスをはずしてバッグにしまい、身にまとっていたワンピースを脱いで脱衣
今回はナイフの出番はない。これでさくっと3人を片付けてしまえれば気分は爽快だが、死体の後始末が難しい。バックアップクルーの「消毒チーム」もすぐには来られない。それに、殺してしまえば利用価値がなくなる。
かぐやは脱いだワンピースの下に二つのナイフを隠し、下着と靴を脱いでシャワールームへ入った。
温かいお湯が出たのはありがたかった。海水の名残と、汗、ほこりを洗い流すことができる。
シャワーの水流がかぐやの体にかかると、皮膚の上で瞬時に丸い水滴となって転がっていく。温水を弾き返すかのような艶やかな皮膚の下には、完璧に鍛えられた強靱でしなやかな筋肉が次の事態に備えている。
過酷な訓練を積んで体脂肪率を極限まで落とし過ぎたせいで、腹部には女性らしい緩みがない。だが、乳房と臀部は丹精をこめて造形された塑像のような美しい膨らみと滑らかさを保っていた。
髪を洗い流したかぐやは背後のわずかな物音をとらえた。タオルを左手に巻き付け、右手でシーツを拾いあげた。
戦闘開始だ。
店からのドアが静かに開けられて3人の男が部屋の入り込み、静かに閉められた。シャワーの音と、ユニットの扉に遮られて、背後のこの行動を察知することは通常は不可能に違いない。
男達は足音を消し、しかし、先を争うようにシャワールームに突進した。
最初にシャワールームの扉に手をかけたのはトランだった。
左手で取手を掴んで一気に引き開ける。
トランの眼がかぐやの裸体を捉えた瞬間、獣じみたトランの知覚は消えていた。
かぐやが振り向きざまに放った左拳による連打が、最初にトランの眉間、ついで鳩尾に寸分の狂いなくヒットしていた。
昏倒したトランを左肩で押しのけ、かぐやはシャワールームを出ると、右手のシーツをリュウの首に巻き付けた。
右脚を支点に体を回して、シーツを交差させる。リュウを締め上げ、同時に、左踵を正面にいたシンの頸動脈に打ち当てる。
シンの体はベッドの上に吹き飛び、頭を壁に激しく打ちつけた。
ベニア板が砕ける、鈍い音が響く。
首を締め上げられ、白目を向いているリュウに向かい合って、かぐやは手元を少し緩めた。
「おまえ、このまま死にたいか?」
リュウは首を激しく横に振った。そのまなざしは驚きに満ち、自分たちに起こったことをうまく受け入れられないでいた。
「では、チャンスをやろう。おまえ、車はあるか?」
声で答えようとして声が出ず、リュウは顔を縦に動かして答えを伝えた。
「運がいいな、助けてやるから、そのまま待っていろ」
反撃する気力がないことを見て取り、かぐやは手を完全に緩めると、脱衣籠からナイフを取り出した。
床に座りこんだリュウが鋭利なナイフを見て、後ずさった。
「殺しはしない。ただし、ちょっとお仕置きをしないとな」
かぐやはナイフでトランとシンを示した。
トランはまだ気絶していたが、シンはぐったりなりながらも意識があった。
「こいつらをベッドに並べてズボンを脱がせろ。下着もな」
リュウはシーツを首にまいたまま、言われたとおりに動いた。
「おまえも、脱げ」
リュウの眼の奥に恐怖の影が走った。
「やれ」
かぐやの声が冷たく響いた。
下半身をむき出しにされた3人の男が並んだ。
「さっきの質問だけど、車はどこにある?」
「店から200メートルぐらい離れた、駐車場にあります」
「動くか」
「はい」
「鍵は」
「トランのポケットに。こいつの車なんで」
「出せ。おまえ、運転はできるな」
リュウはトランのズボンから鍵を取り出して、かぐやに見せた。
「いいだろう」
言うや
かぐやがナイフをフォルダーに納めると、
「うわぁぁ」
リュウが
「何てことを・・・」
リュウの声が泣き声に変わっていく。
男達3人のペニスは中間部分がさっくり切り裂かれていた。
何が起こったのかわからないほどの早業だった。しかも、鋭利なナイフの切り口は、すぐには切られたことを認知できない。
出血はさほどでもない。だが、リュウは完全にパニック状態だ。
かぐやは男達から離れ、身支度を調えた。
「少し切れただけだ。まぁ、当分、悪さはできないだろうがな」
リュウは涙と一緒に、鼻水をすすり上げた。
「今までさんざん若い子を泣かせてきたんだ。その報いだ。おまえのは特に浅くしておいたから、絆創膏でも貼っておけ」
ベルトのバックルを手で押さえながら、リュウがよろよろと立ち上がった。眼にもとまらぬ速さの中で、切る深さを調整したというのか?リュウの両脚が震えだした。
「どこへ行く?」
「マスターに絆創膏をもらってきます」
「あぁ、こいつらの分もな。それから、わかってるな」
「口止めしておきます。俺たちも大ごとになると困るんで」
そうでなくても、もはや逆らう気など微塵もなさそうだった。
「確かにな」
震える足取りで出ていったリュウがプライベートルームに戻り、トランとシンの手当を済ませると、かぐやはリュウを伴って店を出た。
駐車場に着くと、リュウがトランの車を指さした。
「あれです。黒いの」
指の先には、黒塗りの軽自動車。
「ホンダのNーONE。中古です」
かぐやには意外だった。てっきり連中はナンパ車か、痛車に乗っているものだと想像していた。
リュウはそれに気づいたかのようにしゃべり始めた。
「沖縄は軽自動車が多いんです。それにウチナンチューは保険に入らない人が多くて、いい車は乗れないんです。危なくて」
そうなのか。意外だが、好都合だ。
「問題ない。行くぞ」
「はい」
「那覇市内は軍の車が多いし、国道や県道は検問が厳しいだろう。抜け道を知っているな?」
「どこへ行くんですか?」
「恩納村。知ってるか?」
「行き方ならわかります」
「検問にあったら、うまく合わせろ。おまえとわたしは恋人同士だ。わたしのことは、有紗と呼べ」
「えっ、
「いつから姐さんになったんだ。わたしはそんな年じゃないぞ」
「いや、そういう意味じゃなく」
リュウが冷や汗をかいているのがわかった。
「検問や、誰かに会った時だけだ。付き合っているように振る舞え」
「わかりました、姐さん」
車は国道58号線や県道を避け、狭い路地を抜けて市外へ出た。
抜け道を知っている地元のワルを利用したのは、今のところ、大正解だった。
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