終点ひとつ前ひまわり台駅 最後の太陽(はな)
なみかわ
第1話 閉業の決定
カンジョウ線を何千周として使い古された「イチマルニ系」の通勤車両が、まだ朝日を見ない『ひまわり台駅』2番ホームから、きしみ動き出した。
より早く、より快適に。
コクテツ電気鉄道株式会社は、大型団地が立ち並ぶベッドタウン地帯『ニュータウン駅』から都心のオフィス街『オオサカセンター駅』間を、劇的ともいえる29分で結ぶ、超新快速電車「ニイニイイチ系」を主力路線に投入した。
さらにこの春から、両駅間を27分で走破できる「ニイニイサン系」も加わり、周辺の電車・バス各社から乗客を奪い取る結果となった。
その一方で、採算のとれない路線には、今ゆっくりと『ニュータウン駅』に向かっている「イチマルニ系」のような車両を使ったりしていた。
鉄道事業は、飛行機事業などと同じく、参入する時にばく大な投資を必要とする。
そして、一度周辺住民の足となってしまえば、そうそう簡単に廃線にすることはできない。
自分の通勤・通学手段が突然断たれてしまったらどうなるか、台風や大雪でダイヤが乱れた時のことを思い出してほしい。
『ひまわり台駅』前には、開業時のイベントで備え付けられた花壇がずっと残っていた。ちょうどそれは20年程前の真夏の頃で、まっすぐ太陽に顔を向けたひまわりが、初乗りの乗客を迎えてくれた。今は黒茶色の土だけが貧弱に盛られている。レンガ使いが洒落ていた側面も、黒くすすけたようになってしまった。
あの輝くようなひまわりの群れは、ひとつ、またひとつと誰かに折られて消えてしまったのだ。
赤茶けた鉄の片手スコップを手に、コクテツの制服をまとった男が改札を出てきた。頭に乗せた制帽からは、白髪がいくらかこぼれていた。胸のプラスチック・プレートには『駅長 にのべ』と彫られている。
さっきたったひとりで送り出した「イチマルニ系」電車が、『ニュータウン駅』から戻ってくるまで30分はある。その間に、ポケットにねじこんでいた、ひまわりの種を蒔いてしまうつもりだった。
車--自動車、バイクに自転車はひんぱんに駅前の道路を行き交うが、この駅に向かってくる人はほとんどいなくなってしまった。
『ひまわり台駅』が開業して10年半のち、『ニュータウン駅』が開業したのだ。盛大な鼓笛隊の演奏は、ここまで聞こえてきた。巨大なショッピングセンターも『ニュータウン駅』のそばにオープンし、ふた駅間の人口バランスは逆転をはじめる。
小さな町だった「ひまわり台」にも、たくさん子供がいて、『ひまわり台駅』から都心に通学していたのだが、やがて大学に行くために、就職のためにと町を離れていった。5年くらい前からは、コクテツ側も「あそこはもうだめだ」と電車や人員を減らす一方で--不便な『ひまわり台』よりも自転車や車で『ニュータウン駅』に行って快速に乗った方が、という考えがあたりまえになっていった。
今日もたぶん、いつもと変わりなく顔なじみの数名がここを通るだけだろう。それならばこの前の日曜に、市場のおばさんがくれたこの種でも植えてしまおう--土が生きていれば、今年は「ひまわりのない『ひまわり台』」なんて笑われる夏になることもないだろう--そういう考えを、顔に浮かべて。
この駅とともに20年、いっしょに年をとってきた、にのべ駅長。
ところがスコップを花壇に入れようとした時、めずらしく駅長室の黒電話が鳴り始めた。ジリジリという音に追われて、にのべ駅長は左手にひまわりの種袋をつまんだまま走る。
「あい、ひまわり台、にのべです--あい、あい、--あい。」
特徴的なあいづちは、機嫌が良いと明るく大きく周りに響く。重い受話器を置く頃、その声は低く小さく変わっていた。
仕事柄、部屋の時計を見た。あと22分。うつむいたまま花壇の前に再び腰を下ろす。
「いつかそうなる、とは思てたけど、
--辛いなあ、やっぱり--8月まで、か--」
さくり、さくり。
にのべ駅長は最初の目的に「ひまわり台駅への最後のはなむけ」を足して、小さな種を手から放した。
きらきら輝くひまわりに囲まれていた、小さな終点駅『ひまわり台』。
その奥に広がる山と森を削って作られた団地の大群は、『ニュータウン』という新たな『始発駅』を生み出した。
繁栄はいつまでも続くとは限らない。まちなみもいつかは変わってゆく。
さびれた花壇にもう一度ひまわりが咲く頃
--いや、やせた土に花が根付かなかったとしても--
『ひまわり台駅』は時代の隅に流れ止まり、閉業する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます