第5話
魔王は素早い反応を見せた。
枯れ木のような片手を俺につき出し、低い声で呟いたのである。
「貴様のごとき野良犬が、どこで嗅ぎつけた?」
「風の噂で」
俺はいい加減に応答しながら、室内を見回す。やはり、広い。それに前時代的だ。暖炉、壁に絵画、それと立派な円卓、並んだ椅子――は、倒れたり壊れたりしている。ちょっとした戦闘があったらしい。
眷属どもが、部屋のあちこちで死んでいる。
そして《琥珀の茨》卿の背後には、床に横たわる、白い制服の少女の姿があった。おそらく天然物であろう長い金髪。日本人離れした西洋的な顔つきは、意志の強さを通り越して、直情傾向を感じさせる。こいつが『セーラ』で間違いないだろう。
彼女は、俺、というよりも城ヶ峰に気づいて、大声をあげた。
「亜希!」
声には相当な疲労が滲んでいた。セーラは首を持ち上げ、起き上がろうともがいたようだが、数センチほど姿勢を変更しただけで終わる。どうやら、なんらかの手段で拘束されているようだ。《琥珀の茨》卿が使う独特の力のせいだろう、と俺は見当をつけた。
「何しに来た!」
セーラはおそろしく喧嘩腰だった。吐き捨てるような口調は、長く『そういう文化圏』に所属していた証拠だ。つまり、ヤンキーどもの文化圏。このことから導き出される答えは、こうだ。アーサー王は娘の教育を大いに失敗している。
「私のことは放っとけって言っただろ!」
セーラは犬が吠えるようにして怒鳴る。
「助けてくれなんて頼んでねえよ!」
「だが、きみは仲間だ」
城ヶ峰は、まったく真面目くさった仏頂面で、なんの面白みもない答えを返した。
「必ず助けに来る、と言ったはずだ。私たちは勇者だからな。当然のことだ」
「そういう問題じゃない、余計なことするなよ! これは私の責任だろ! だから私は――」
「ああ! そうだ! 余計なことをするな、だ。これはすごい名言が聞けた」
俺はクソみたいな彼女たちの会話に割って入り、大声でそれを遮った。
「あっさりと捕まったマヌケめ。父親から知らない人についていっちゃダメだって教わらなかったのか? どういう教育受けたんだ」
「誰だ、アンタ」
セーラは俺に対して、敵意のみなぎる目を向けた。
「なに言ってやがる――親父が雇ったのか? 勝手なことしやがって!」
「違う。セーラ。私と雪音だ!」
城ヶ峰は堂々と宣言した。
「きみを無事に連れ帰るために。もう安心しろ。私たちが来た」
「なんだって?」
セーラの声と表情には、多大な疑惑がこもっていた。
「そいつが誰だか知らねえけどな、私は! 助けてくれなんて!」
「おっと、そんなこと頼んでないか? カッコつかねえのか? 嫌なら止めてみろよ」
俺はセーラを嘲笑ってやることにした。さぞムカつく表情をしていたのだろう。彼女がたちまち凶暴に頬を引きつらせるのがわかった。人をコケにすると、少しだけ気分が良くなる。俺はそういうタイプだ。
「その実力もないくせに。お前の主張なんてぜんぜん無意味だね」
「師匠は憎まれ口を叩くタイプだ。心配無用だ、必ず助ける」
言いながら、城ヶ峰が腰の片手剣に手をかけるのを、俺は見逃さなかった。
「何もするなって言ったのを、もう忘れてるようだな。テメーは舐めてんのか」
「はい! 少しでも助けになるべく、無視して行動しようと思いました!」
城ヶ峰の返答は、常に清々しく、堂々としている。
「仲間がとらわれているからです。立ち向かわねば、勇者失格です」
「勇者なんて失格になった方がいい。とにかく、動くなよ」
さらに半歩、《琥珀の茨》卿と距離を詰める。魔王が緊張の反応を示した。奥歯を食いしばる、ごくわずかな顔の筋肉の動きがあった。
そういう兆候が、俺にはすべて見えた。
「俺は非常に残念だよ、《琥珀の茨》。お前は身分相応、チンケな商売をやってりゃよかったんだ」
「……お前は、どこからだ?」
さっきから黙り込んで俺を注視していた《琥珀の茨》卿が、不意に、奇妙な質問を発した。俺から注意を外さず、俺たちの会話からなんらかの有利な情報を読み取ろうとしていたのは、サンシタとはいえさすが魔王だ。一瞬でも城ヶ峰に意識を向けてくれれば――いや。
いまは、魔王の質問が引っかかる。
俺はできるだけ表情の変化を抑えた。『どこから』? 奇妙な質問だ。もしかして所属を尋ねられているのだろうか。もちろん俺はフリーランスの、つまり野良の勇者に過ぎないが、なぜそんな質問をしたのかが気になった。
俺が、たとえば特定の誰かに雇われていると、不都合なことでもあるのか? たとえばアカデミーに? いや、アカデミーを相手にすることに、そんな動揺をするか? これから身代金で一儲けしようとするやつが? それともただのブラフか。
だが、俺の疑問をよそに、《琥珀の茨》は独り言のように何かをもごもごと呟いた。
「つまり、貴様が寄越されたのか? なぜだ? まさか、本当に――あれは」
「簡単なことだな」
俺は『どういう意味だ』とか『なんの話だ』とか、そういう間抜けなことを聞き返すつもりはなかった。なぜかはわからないが、《琥珀の茨》は動揺している。これを利用しない手はない。
「お前が愚かだからだ、《琥珀の茨》」
実を言うと、俺はすでに戦闘準備を済ませている。ポケットの内側で、左手は手のひらほどの大きさの、円筒形の物体を握り締めている。そいつは、ちょっと特別な手投げ式の武器だ。ピンに親指をかければ、いつでも抜ける状態になる。
そうしていながら、俺はどうでもいいような話を続ける――素振りを見せる。
「正直なところ、俺も驚いてるよ。急な仕事だったからな。知ってるか? イシノオのやつ、俺が死ぬ方に賭けてるんだぜ」
「なにを言っている?」
もちろん、なにを言っているかわからないだろう。《琥珀の茨》は少し顔を歪め、俺の話をもっとよく聞こうとした。ラッキーな展開だ。こいつ、俺を何かと勘違いしてやがる。
「イシノオとは、やつのことなのか? それが名前か?」
「名前か。それが意味を持つのは、そうだな。知ってるか? イシノオの趣味は――」
そこで、俺はまったく勿体ぶることなしに、ポケットから左手を引き抜いた。小さな円筒形の容器を握り込んでいる。
「なんだ?」
さすがに《琥珀の茨》は、瞬時に気づいた。
だが、コンマ数秒ほど遅い。《琥珀の茨》卿が何かをする前に、俺は悠々とピンを引き抜き、その円筒形の武器を投擲することができた。そいつの正体は、実際のところ、なんの変哲もない手投げ式の発煙弾。黒色火薬を用いたやつだ。
灰色がかった煙を噴出し、主に相手の視界を遮るために使う。
屋内ならば、その効果はさらに上がる――もっとも、この場合は、視界の遮蔽が主な目的ではない。むしろ、はっきり『見える』ようにするためだ。
「野良犬め!」
魔王、《琥珀の茨》卿は、右手を伸ばし、大きく動かした。何かを引っ張り、たぐり寄せるような仕草だった。俺には、それがなにを引き起こすものか知っていた。《琥珀の茨》は、魔王としては三流もいいところだ。人前でその力を使いすぎ、すでにその特性まで暴かれている。
《琥珀の茨》卿のエーテル知覚は、その名が示すとおりだ。
彼には空間のあちこちに、『棘をもった植物の蔓』が見えるらしい。
そいつを掴んで、動かし、操るのが《琥珀の茨》卿の魔法の仕掛けだった。《琥珀の茨》卿によって『触れられた』茨の蔓は、実際の物体や生物に影響を与える。これによって手も触れずに物を動かしたり、他人を拘束したりするわけだ。
いずれにせよ、その『蔓』は《琥珀の茨》卿にしか見えない。
回避も防御も困難だ。
普通ならば。
煙幕によって覆われた状態では、少し違う。充満する煙をかきわけて、《琥珀の茨》が繰り出す『蔓』の動きを間接的に見ることができる。そして、俺ならば十分な時間を費やして、その軌道を測定することも可能ということだ。
ほとんど時間が止まったような感覚の中で、俺は『蔓』をかわして接近するルートを計る。何本か、邪魔な『蔓』がある――よって、銃弾より少し遅い程度のスピードで加速しながら、剣を両手で握った。
物理的に干渉してくる瞬間の『蔓』なら、こっちからも干渉できる。そういう予測もついていた。《琥珀の茨》卿は、そのエーテル知覚に頼りすぎ、披露しすぎた。
「近づくな」
低く唸るように、一方的な命令。《琥珀の茨》卿は、はっきりと怒りと怯えを浮かべながら、防御のために『蔓』を動かす。それで、さらに明確に動きが見えるようになる。こいつの『蔓』が恐ろしいのは、見えないというその一点だけだった。見えてしまえば、もう脅威は少ない。
俺はもう少し加速し、『蔓』の群れを回り込むようにうごく。かき乱される煙幕の中に突っ込んで、不可視の『蔓』を切り払った。わずかな手応え。もはや、《琥珀の茨》卿との距離は、わずか二歩分まで縮まっている。
「近づくな!」
《琥珀の茨》は叫んだ。大きく『蔓』を動かそうとする。そういうところに、隙が現れる。単純なフェイントにかかりやすくなるということだ。
両刃の剣による斬撃を、ものすごく大雑把に分けると、それは『表刃』と『裏刃』の二種類に区別される。
表刃とは、剣を正面に構えたとき、相手に向けている刃の側面のことだ。
一方で、裏刃は、自分に向いている側面を意味する。
この二つの刃を切り替えて攻めるのが、初歩的なフェイントの方法だ。表刃で正面から斬る――と見せかけて、手首を捻り、裏刃で別の場所を斬りつける。そういう手口がある。これを、俺の師匠は『ねじりの技』と安直に呼んだ。
このとき俺が使ったのは、それだ。
まずは、真っ向から頭を割るように振りかぶって、踏み出す。相手は当然のように上段から振り下ろされるはずの、致命的な攻撃に備えて対処しようとする――《琥珀の茨》卿も、そうしようとした。左手をつき出し、『蔓』を手繰り寄せようとする。
そして俺の場合、このフェイントをもっとも有効に活かせる。相手が対処に移るのを見届けてから、動くことができるからだ。
見て、考えて、行動するまでの時間を、俺は十倍にも二十倍にも有効に使える。
思考が加速した。
上段の構えから、素早く手首をねじった。刃の軌道を変え、『裏刃』を相手の腕めがけて落とす。ただ、刃を落とす、という斬撃の方法。非常にシンプルなフェイントだが、達人が使えば効果は高い。そう、達人、つまり俺のことだ。
「あっ」
恐らく城ヶ峰の声が、少し遅れて聞こえた。
俺の剣の裏刃は、『蔓』を引き裂き、《琥珀の茨》卿の左腕をたやすく切り落とした。
魔王の絶叫があがる。それは金属を力づくで引き裂くように、不愉快な響きを伴っていた。どす黒くエーテルに汚染された血が迸り、《琥珀の茨》は転がってその場を逃れようとする。
誰が逃がすか。
俺は剣を構え直して、それを追う。片手では、そう複雑な『蔓』の操作はできないはずだ。このまま首を落とす。そう定めて、俺は一歩踏み込んだ。《琥珀の茨》に異変が生じたのはそのときだ。
ぎり、という、少し湿ったような音がした。俺の耳はそれを聞いた。聞いて、その意味を思考する時間もあった。どこから? 俺が切り飛ばした、魔王の左腕の付け根――鮮やかな切断面からだ。俺はその傷口が蠢くのを見た。
なんだ?
集中して、その意味を考えようとする。さっぱり推測できない。次の瞬間、魔王の腕の傷口から、どす黒い何かの影が溢れ出した。腕だ、と、俺はそいつを見ながら考える。より太く大きく、さらに黒く、異形化した魔王の腕だ。
どういうことか、俺にもわからなかった。
四肢の再生。
そんな芸当は、いくらエーテル器官を増設し、再生力を高めていても無理だ。単に傷を塞ぐのとは話が違う。だから俺たち勇者は、わざわざ剣みたいな古臭い武器で戦っている。
そして《琥珀の茨》にそういうことが可能なエーテル知覚があるとは、聞いてい
ない。《琥珀の茨》卿は不可視の『蔓』を認識し、触って操ることができる――それだけのはずだ。いや、違う。理由や原因を考えるのはあとにするべきだ。現に、こいつの腕は再生し、俺に襲いかかってきている。
避けろ。
と、思ったが、ぎりぎりのところで、《E3》で強化された反射動作ですら遅れた。
そいつは、それくらい速かった。
「師匠!」
城ヶ峰が叫ぶのが聞こえた。《琥珀の茨》の、新たな黒い腕に殴り飛ばされ、俺は床に転がる自分を認識する。痛みは遅れてやってきた。
「――なんだと?」
《琥珀の茨》卿は、むしろ困惑を含んで呟き、いびつな形で再生した己の腕を睨んだ。それどころか、掴んでとめようとした。
「やめろ」
と、魔王は自分の腕に、制止の言葉までかけた。だが、腕は主の意志を完全に裏切っているようだった。黒い腕はさらに独自の生き物――ちょうど蛇のように蠢き、さらに膨張した。そいつは震えながらのたうつ。
部屋の中央の円卓を吹き飛ばし、椅子を押しつぶし、そして、床に転がされたままの少女へ伸びた。セーラは顔をあげ、どうにか転がって逃れようともがいた。しかしそれは、ただ少し身動ぎしただけに過ぎない。『蔓』が彼女の体を拘束している。
魔王《琥珀の茨》が、己の年貢の納め時を悟って、セーラを狙ったとは思えない。魔王自身の、ほとんど表情筋が滅びたような死人ヅラが、己の不本意を表明している。
「くそ」
俺は悪態をついた。さらに状況が悪化したからだ。
この一瞬の間に、反応したやつがいる。セーラの目の前の空気が、陽炎のように揺れ、渦を巻いた。予兆はそれだけだった。印堂雪音の、傷だらけのくせに取り澄ました顔が、即座にそこに現れる。彼女はセーラと、《琥珀の茨》の黒い腕との間に割り込んでいた。
俺は思考を加速させた。ほとんど時間が止まっているように認識できるレベルまで、意識を集中させる。
まず胸中に去来したのは、軽率に動いた印堂雪音に対しての怒りと、攻撃衝動だった。
確かに彼女には『動くな』と釘を刺すのを忘れていた。満身創痍だったため、油断していた。印堂雪音の肋骨をへし折り、顔面に何度もサッカーボール・キックを入れてやりたい。しかし、この衝動は《E3》によって過剰に増幅されたものだ。落ち着く必要がある。一秒以内に考えろ。
どうするべきか。
黒く、巨大な腕の動きは、明らかに《琥珀の茨》自身の制御を離れていた。セーラを殴り潰そうとするのも、ブラフである可能性はすごく低い。セーラ自身には回避できない。彼女をかばうように割り込んだ印堂雪音も、ダメージが大きすぎるし、立っているだけで無茶をしているようにしか思えない。足の骨が折れているのではないだろうか。
いくら《E3》で強化された肉体であっても、二人まとめて潰されるのがオチだ。
ここから加速して、俺が《琥珀の茨》本体を仕留めるか。首を刎ねるか、あの黒い腕の付け根を切断するか――だが、それでも巨大な黒い腕は、その勢いを失わずにセーラと印堂を潰すだろう。セーラと印堂を救うつもりなら、どっちも、同時にやる必要がある。
どうせ他人だ。間抜けな二人の少女には、とりあえず死んでもらう。
その上で、《琥珀の茨》の首をとる。
そういうことができるなら、もっと話は簡単なはずだった。少なくとも俺は安全に《琥珀の茨》卿を殺せる。
しかし問題は、貸付金額の回収――アーサー王や、アカデミーから訴えられる可能性――他にもある。生前の師匠から言われていたことだ。クソ野郎と、それ以下のやつを分けるのは、自分の命や健康に危険が及ぶときである、とか。
そうでないとき、人はいくらでもクソ野郎以下じゃないフリができる。
俺の明晰すぎる頭脳は、こういうときに下す『正しい選択肢』がどういうものか、判断できてしまっていた。それだけの時間があった。いま、セーラと印堂が助かりそうな方法が、ひとつある。彼女らよりも、もう少し頑丈な、負傷していない人間が、ダメージを引き受けることだ。
そこからは、思考ではなく行動の時間だった。
「やってられるか、こんなの」
俺はつくづくそう思った。
だが、他に俺にはやりようが無かった。そういうやり方で人生をやってきた。
全力での加速が必要だった。弾丸の速度だ――接近して、印堂の首根っこを掴む。そして引きずり倒し、転倒させ、セーラとひとまとめに床に押し付ける。俺はそれに覆いかぶさる形になった。
「だ」
印堂は何か喋ろうとしたが、俺はその顎を掴んで黙らせた。この俺の、ありったけの怒りが伝わるといいと思った。背中に衝撃が来たのは、その次の瞬間だった。
あまりにも強烈な一撃だったので、悪態をつくことすらできなかった。体のどこかにヒビが入った、というか、『壊れた』ような痛みがあった。
慣れているから、大丈夫だ。俺は必死で言い聞かせる。慣れている。
なんともない。
問題は、そこから先だ。
こんな状態から、どうやって《琥珀の茨》卿を殺す? 黒い腕は、また俺たちを殴りつけてくるだろう。手詰まりに近い。殴られ続ければ死ぬ――攻撃に移らなければ。どんな手段で? 印堂雪音のエーテル知覚――瞬間移動を使うか。使えるのか?
俺は自分の真下に抱え込んだ印堂雪音を見る。
彼女はひどく混乱したような顔で、こちらを見上げていた。
「印堂」
俺は彼女の名を呼んだ。反応がなかった。なにを呑気に放心してやがる。俺はものすごく腹が立った。そして、もう一度、彼女の名を呼ぶ前に、また背中側に衝撃があった。俺は声を出すことができなかった。どこをどう殴られたのか知らないが、頭の奥が焼けるように感じた。
こいつはまずい。強烈すぎる。印堂に指示を出し、気合を入れている暇はない。選択肢を誤ったのかもしれない。次にもう一撃が来たら、危ないだろう。
死ぬか? 俺が、こんなアホみたいな状況で?
正直に言って、このとき、俺はちょっとした覚悟を決めかけていた。
勇者稼業は、常に死と隣り合っている。相手を殺そうとするのだから、いつこちらが殺されることになってもおかしくない。そのための心構えだ。少なくともクソ野郎以下じゃない何かとして、その瞬間を迎えることができるなら、少しはマシな気分で――
だが、三度目の衝撃は、いつまでたっても訪れなかった。
代わりに、再び《琥珀の茨》卿の、耳障りな絶叫があがった。
「あ?」
俺はちょっと滑稽な声をあげたと思う。振り返ると、黒い腕がのたうちながら宙を飛び、床に転がるところが見えた。《琥珀の茨》の背中を踏みつけ、抑えている人物がいる。長い黒髪をはね上げて、彼女、つまり城ヶ峰亜希は微笑んだ。
「まさしく、完璧な師弟のコンビネーションでした」
どうやら、彼女が《琥珀の茨》の腕をもう一度切り落としたようだった。
俺は痛みと衝撃のあまり、すぐには動けなかったものの、極めて強大な疑問と、怒りがあった。あれほど勝手に動くなと言ったのに。
「そうですね」
城ヶ峰亜希はうなずいた。俺が何も言葉を口にしていないにも関わらず、彼女はまったく真面目すぎる顔で反応した。つまり、彼女が有するエーテル知覚は、それだ。
「はい」
城ヶ峰は素直に応答する。
「私は、人の思考が聞こえます」
目眩がした。痛みのせいだけではなかった。
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