第3話

 フリーランスの勇者ならば誰でも、信頼できるセキュリティに守られた『ガレージ』を持っている。


 武器置き場とも言う。勇者免許があったとしても、所持・携行が法的に禁止されている武器は多い。例えば重火器、爆薬、毒薬の類だ。勇者に使用が認められている武器は、刃物や小型拳銃の類にすぎず、魔王殺しには不十分な場合もある。

 腕の立つ勇者というものは、こうした違法な道具を隠しておく『ガレージ』を、活動範囲に複数箇所持つのが常である。俺の場合は、そのひとつがエド・サイラスの店の物置だった。ちなみに、エドはこの物置の保管料で、俺たちから小銭を巻き上げている。


「で?」

 エド・サイラスは、『ガレージ』のドアを、いかつい見た目の鍵で開いた。部屋の中から、カビと鉄の匂いがした。

「今回はどうするね? 《茨》のやつをぶち殺す算段はあるんだろう?」

「じゃなきゃ、やらねえよ」

 エドの口調で、だいたいの流れはわかった。

「エド、あんた、俺に賭けただろ」

「大穴を狙ったんだ。そりゃお前さんは『俺様は凄腕だ』って主張するんだろうが、いくらなんでも一晩で殺るのは条件が厳しいと思うがね」


「無礼者め」

 俺は笑って、『ガレージ』の中に踏み込む。

「実際に凄腕なんだよ。勝算のない仕事はやらない」

 ロッカーとスチール製の棚に、武器や爆弾が満載だ。俺の分だけではなく、《ソルト》ジョーやイシノオたちの分も並んでいる。

 まず、目に付く物騒な重火器が少々。次に、爆弾がたくさん。毒薬はもっとたくさん。《E3》は電子錠つきのロッカーの中に。そして最も数が多いのは、剣やナイフといった刃物だった。

「特に《茨》の野郎は、エーテル知覚のタネも割れてる。俺の敵じゃねえよ」

 というより、俺を完封できるエーテル知覚の持ち主は、まずいない。最強とか名乗るわけではないが、どんな相手でも八割方くらいは有利に対応できるのが俺だ。

「おい、城ヶ峰? だったか?」

「はい!」

 歯切れのいい返事だが、歯切れだけだ。入口で城ヶ峰亜希が敬礼姿勢をとった。

「お前は《茨》本人と接触したのか? 戦ったか?」

「はい! 移動ルートを策定後、待ち伏せして、攻撃を仕掛けました」

「ああ――まあ、待ち伏せってアイデア自体は悪くない。相手がクソだったけどな。どうなった?」


「《琥珀の茨》卿が、何やら、こう手を動かし」

 城ヶ峰は、両手をひらひらと魚のように泳がせた。変なジェスチャーだった。彼女は何か違和感を覚えたのか、すぐに眉をひそめる。手の動きを微妙に変化させた。

「ん? こうだったか――それとも、こう――」

「いいんだよ、そんな細かいディティールは」

「いえ、確かこう、上下方向の動きがあったような。本当です」

「真面目すぎて応用が利かないタイプだな」

 俺はもう城ヶ峰の解説に期待するのはやめた。

「で? そうしたら、お前、どうなった?」

「魔王が手を動かしますと、私は全身に激痛が走って、身動きがとれなくなってしまい」

「ああ。で、それ、なんだと思った?」

「金縛りの類かと」

 城ヶ峰は何かの解説を求めていたようだったが、俺は何も答えなかった。先生ではないからだ。その代わりに、スチールの棚の上から短い筒状の物体を手に取り、俺はエド・サイラスを振り返る。


「決まりだ。噂通りだな。殺せる」

 エド・サイラスは、ふむ、と息をはいた。

「しかし問題は、そこまでの道のりだろうが。《茨》は自分の城に閉じこもっているだろうし、眷属どもが警備を固めているはずだ。今夜は特にな」

「そりゃヘマやって殺しそこねた、アマチュアのクソ勇者がいるからな。だが、今回はその点、ラッキーだ。どうにかなる」

 続いて、俺は部屋の隅のロッカーを開く。いくつもの剣が、そこに陳列されていた。まるで骨董品の見本市のようだった。

 勇者にとってもっとも信頼でき、なおかつ実用性のある武器が、これだ。

 つまり、剣。


 勇者が銃や爆弾の類を信用できない理由は、二つある。


 一つは、暗殺の現場に民間人が居合わせないとも限らない、ということ。万が一の誤射・誤爆で民間人を殺傷してしまえば、本人や家族から訴えられて、慰謝料をふんだくられる可能性もある。同じ人殺しだとしても、魔王と違って、勇者は合法的な職業なのだ。


 もう一つは、魔王に対して、銃弾はあまり有効な武器とは言えないからだ。エーテルを恒常的に強化している魔王どもは、銃弾くらいは簡単に避ける。至近距離でなら当てられるだろうが、当てたところで致命傷になりづらい。

 魔王どもは手術によって、エーテルを人工的に強化・増幅する器官を体内――心臓付近に移植している。そいつは、うんざりするような頑健さと、怪物じみた回復力を魔王に与える。銃創くらいは、ものの数秒で治癒してしまう。

 そんな魔王に効果的なのが、手術で移植したエーテル強化器官と、首や手足を物理的に『切断』することだった。完全に切り離してしまえば、再生の効果は及ばない。故に、選ぶとしたら『剣』だ。俺たちが瞬間的にではあるが、銃弾よりも素早く動ける以上は、これに優る武器はあまりない。


「よし」

 俺はロッカーに手を伸ばし、もっとも使い慣れた、ひと振りの剣を掴む。

 飾り気のない見た目の、どこまでも実用本位の剣だった。両手使いと片手使いの中間に属する長さの刃渡り、そして柄。これを『雑種の剣』、バスタード・ソードと呼ぶ。中世ヨーロッパで生まれ、そしてその取り扱いの難しさからすぐに廃れた形式の剣と言われている。

 俺は師匠から、こいつを自由自在に操る方法を学んだ。

「これさえあれば、俺は無敵だからな」

「お前がぜんぜん使わねえし、ツケも払わないから、来月には売り飛ばそうと思ってたところだ」

 こういうエド・サイラスの台詞は、まったくの本気だ。冗談や脅しなどではない。実際に危ないところだったのだろう、たぶん。

「大丈夫、ちょっと待ってろ。こいつで稼いでくるから」

 俺は剣をベルトの剣帯に引っ掛けた。そして振り返る。城ヶ峰は直立不動の、『気を付け』の姿勢をとっていた。


「それで? お前の得物は?」

「はい! さきほどの交戦の際に――」

「あまりにも間抜けだから、失くしちまった」

「はい!」

「わかってればいい」

 もう肩をすくめるぐらいしか、リアクションできない。

「好きなのを持っていけ。お前に死なれたら金の回収に困る。レンタル料は一晩で五万」

「はい。――しかし、その相場は」

 城ヶ峰は小癪にも、考え込むような顔をした。

「妥当なラインなのでしょうか? 師匠の様子からして、常に我々のような世間知らずの学生から、できるだけ金をふんだくってやろうという意識が感じられるのですが」

「じゃあ別に持っていかなくてもいい」

「はい! わかりました!」

 城ヶ峰は急に目を輝かせた。というか、見開いた。

「これが一般に言う、『足元を見られる』という状況ですね」

 俺はまた返す言葉に困った。正直すぎる。

「師匠の言葉は勉強になります」

「やめろ」

 こいつ、このまま押し通す気だな、と思った。一方的に師弟関係を成立させるつもりか。ぞっとしない話だ。何か決定的に拒絶する方法はないか。俺は得意の知恵を絞ろうとした。


 そのとき、物置部屋の入口から、スキンヘッドの頭が唐突に覗いた。そのスキンヘッドは、どういうわけか血に染まっていた――《ソルト》ジョーだ。とてつもなく不愉快そうな顔をしている。

「おい、ヤシロ」

 低く唸るような声に、城ヶ峰は振り返って硬直した。俺は見慣れているので平気だった。いったい何度《ソルト》ジョーが血まみれで待ち合わせ場所に現れたことか。俺たちの仲間内で、もっとも『派手』に殺るのがこの男だ。

「たったいま、頭の悪そうなギャングどもが押し込んできたぞ。ぶっ殺したけど。ゲームが台無しになっちまった。クソだぜ、あいつら」

「なるほど。そいつは――かわいそうにな」

 もちろん、ジョーに対しての発言ではない。俺は心の中で、死んだギャング――まず間違いなく、《琥珀の茨》の眷属どもであろう彼らの、冥福を祈った。《ソルト》ジョーとイシノオのゲームを邪魔してしまうとは。さぞ苦しんで死んだことだろう。

「それがよ、どうもそこのガキを探してたみたいなんだよな」

 《ソルト》ジョーは、まだ硬直していた城ヶ峰を指さした。

「さっさと片付けて来いよ。面倒くせえ。俺はヤシロが病院送りになる方に賭けてるんだ」

「イシノオはどっちに賭けた?」

「ヤシロが死ぬ方。まあ気持ちはわかるぜ、無理だろ。話が急すぎるからよ」

「だろうな! よし、吠え面かかせてやる」

 俺がこの城ヶ峰亜希の依頼を受けたのも、つまりは、そういう意味でしかない。

 俺は俺自身の性格の単純さにうんざりする。

 要するに、俺の人生というか、趣味というか、行動の原理はそこにあるのだろう。自分でもわかっている。友達の前でデカいことをやって、一目置かれたい、という原始的な願望だ。しかし、単純なやつこそ人間味があり、好ましい人物というものではないだろうか。


 だから、俺は城ヶ峰亜希の脛を蹴飛ばした。

「寝てるんじゃねえよ、すぐに行くぞ」

 城ヶ峰は抗議するようなうめき声をあげた。

 手早く物事を片付けていく必要がある。今晩中に魔王を殺して、それから、ここに帰ってくる。さぞかし《ソルト》ジョーとイシノオは、俺が打ち立てた新たな伝説に驚愕するだろう。俺はビールを飲んで勝ち誇り、報酬の二千万の約束手形を見せびらかす。

 取らぬ狸の皮算用ほど楽しいものはない。まだ見ぬ二千万円を使って、ハワイにでも遊びに行く計画を立ててもいい。《ソルト》ジョーとイシノオが土下座するなら、ついでに飛行機だけ手配してやってもいい。

 これで俺の楽しい月曜日の夜は、より素晴らしく再生する。

 完璧なプランだと思った。




 魔王、《琥珀の茨》の城はすでに割れている。

 渋谷駅から恵比寿方面に南下して、渋谷橋を渡った先の、オフィス街の片隅だ。

 城、というのは専門用語で、魔王のアジトを意味している。実際はただの雑居ビルの一フロアであったり、民家に偽装した要塞であったり、地下施設であったり、まあ色々ある。《琥珀の茨》卿の場合は、何の変哲もない、小さなオフィス・ビルだった。建物をまるごと貸し切って、『商売』にも利用している。

 ちなみに、城の所在地がバレてしまった魔王は、よほど強力なやつでなければ、もう先は長くない。襲撃されて殺されるだけだ。《琥珀の茨》にしても、その懸賞金を狙って勇者どもが暗殺の機会を狙っており、今夜のことはちょうどいいタイミングであったとさえ言えるだろう。

 要するに、きっかけだ。

 警戒を固めている魔王を殺すには、予想外の要素を持ち込んで、攪乱してやるのが良い。


「我々、というよりも、セーラには事情があります」

 渋谷の路地裏を足早に歩きながら、城ヶ峰亜希はそんな風に述べた。

「その事情は対策が難しく」

 隣を歩く城ヶ峰は、俺の指示通り目出し帽を頭から被り、ベルトには片手剣と、丸型の小さな盾を吊っている。彼女の体格からして、選択としては悪くない。盾との組み合わせで、片手剣の技術は飛躍的にバリエーションを増やす。

 城ヶ峰は、かなり緊張しているのか、歩く間にも、しばしば片手剣の柄を確かめるように握っていた。そうしながら、眉間にしわを寄せて喋る。


「いえ、厳密にいえば、それは個人のパーソナルな側面に属するもので、対策というよりは改善というべきかもしれません。いや、改善というより緩和――限定的対処――そういったものです。だからアカデミーには頼れないのです」


「お前、説明が下手っていうか、正確性にこだわりすぎるな。ぜんぜん理解できないから、まずその悪夢的な話の脱線をどうにかしろ」

 俺は正直に感想を告げた。城ヶ峰は不本意そうに少し眉をひそめた。

「そうでしょうか。雪音にもしばしば指摘されるのですが」

「間違いない。プレゼン能力に致命的な欠陥がある」

「自分ではそうは思えないのですが」

 城ヶ峰は不満そうだったが、そりゃそうだろうな、と俺は思った。仕方ないので、俺が突っ込んで聞いていくしかない。

「事情ってなんだ? セーラってのは、その誘拐されたトモダチのことか? 本名かよ?」

「はい。セーラ・カシワギ・ペンドラゴン」

 城ヶ峰亜希は、これでわかるだろう、と言わんばかりの顔をした。そしてもう一度、繰り返す。

「だからアカデミーには頼れないのです」

「あ?」

 冗談だろう、と俺は思った。


 ペンドラゴン、という風変わりな名前を、俺は知っている。というより、この業界にいる者なら、誰でも聞いたことがあるだろう。

 それは、《円卓財団》の会長である、アーサー王が名乗る苗字だった。

 またの名を、世界でもっとも有名な勇者。

 魔神殺し。

 そもそもこの国際的な勇者支援団体の設立は、あの有名なイギリスの伝説、アーサー王――アーサー・ペンドラゴンに端を発すると言われている。正直に言ってその説自体は眉唾ではあるが、《円卓財団》の会長を襲名する者は、代々『アーサー・ペンドラゴン』の名を与えられる。

 現在のアーサー王は、五百七代目。

 イギリスにある勇者養成学校の名門、ウェールズ・アカデミーの出身であり、日本人女性と結婚したことで知られている。城ヶ峰の話が本当なら、どうやら娘がいたらしい。


「セーラ・カシワギ・ペンドラゴン」

 俺はその名を繰り返した。気づけば、路地の真ん中で足を止めていた。

「五百七代目には娘がいた。そういうことだな?」

「一人娘です」

「そいつはスキャンダルだ」

 それも、日本のアカデミーにとっては、かなり致命的なものだ。アーサー王の娘が誘拐されたことがアカデミーに知られれば、まず彼らが恐れるのは、《円卓財団》を管理するアーサー王からの支援打ち切りだ。と、すれば――


「はい」

 と、城ヶ峰はうなずいた。うんざりするほど真面目な顔だった。

「師匠の言うことが確かなら、身代金は支払われる可能性が高いです」

「一億円くらい軽いな。一人娘の誘拐が、メディアや《円卓財団》に伝わる前に、それで手を打って隠滅する」

「おそらく。しかし、少なくとも、私と雪音――それから、もしかしたらセーラも、退学に準ずる処分を受けることになると思っています」

「一人娘を退学に? まあ、物騒な仕事だからな」

「はい。ただでさえ、彼女の父――アーサー王には入学を強く反対されたようです。そして我々三人のアカデミーでの成績は、退学処分を受けるのに十分なほど低い状態です。我々が所属するクラスEとは、五段階評価のクラス分類のうち、最低レベルに位置しています」

「そりゃ良かった。いや、本当に良かったよ。お前らのような間抜けが、アカデミーの最上級レベルじゃなくて」

「師匠、それは少し失礼では? 我々はいずれ、誰にも劣らぬ偉大な勇者になるべく、修練を積んでいます」

「そうだな、夢を見るのはいいことだ。特に白昼夢は楽しい」


 つまり、彼女たちは、いわゆる落ちこぼれが集められるクラスにぶちこまれたわけだ。俺も高校時代はそんな様子だった。親近感が湧かないと言ったら嘘になる。せめてもの礼儀に、俺は鼻で笑ってやることにした。

「じゃあ、退学を食らう前に、なんとかもみ消したいってわけだ」

「はい。なんとしても」

 城ヶ峰は隠すつもりも、恥じるつもりもないようにうなずいた。俺はそういう、窒息しそうなほどの真剣さが苦手だし、嫌いだった。

「私は仲間を助け、市民を守るためなら、どのような苦難にも耐えます。なぜなら、我々は偉大な勇者になるからです。必ず、なります」

「そりゃご苦労。ところで」


 俺はそこで会話を打ち切り、足を止めた。

 目の前に、《琥珀の茨》卿が根城に使っている、オフィス・ビルがあった。そこに近づくだけでわかることもある。どうも今夜は、少し騒がしい。すべての窓に照明が灯され、しかも何やらビルの正面には、黒いスーツの男が携帯電話を片手に突っ立っている。

 ビルの内部から、かすかに散発的な銃声が聞こえている。窓ガラスが不意にくだけ、悲鳴のような声も響いた。

「どうやら、お前のトモダチ、もうおっぱじめてるみたいだな。しかも、まだ死んでない。見立てのとおりだ」

「はい!」

 城ヶ峰は歯切れよくうなずいて、前に進み出ようとした。

「我々も急がねば。雪音を援護し、セーラを助けましょう! 師匠、ご指導をよろしくお願いいたします!」

 片手剣を抜きかける――俺はその腕を慌てて掴んだ。なんとなく、やるような気がしたからだ。


「バカか。何のつもりだ」

「はい。強襲を行い、孤立した雪音と合流を急ぎます!」

「それのどこが強襲なんだ? アカデミーは何を教えてるんだ」

 俺は片手で城ヶ峰を引っ張り、バランスを崩させると、急いで前進した。目標は、ビルの前で携帯電話を片手に怒鳴り散らしている、黒いスーツの男だ。ビルの入口を監視しているのは、おそらくこいつだけだろう。

 なぜなら、いま、非常事態が内部で発生しており、それに戦力を取られているからだ。

「まず、武器は抜くなよ」

「はい! では、《E3》を使用します!」

「するな、バカ。無駄な消費だ。とにかく、剣の柄から手を離せ」

 俺は城ヶ峰の手首を叩いて、手を離させる。アカデミーの教育とやらがすごく不安になってくる。それとも、城ヶ峰が言うとおり、こいつらが最下層レベルなのだろうか。

「いいか。あの印堂ってのが、先に仕掛けて混乱させてるだろ。普通は利用するよな。城ヶ峰、お前、俺の右後ろからついてこいよ。いいか、右後ろだぞ。右と左はわかるな?」

「師匠が私を非常に馬鹿にしている、ということもわかります」

「わかってくれて嬉しい。よし、始めるぞ」

 近づいていくと、黒スーツの男はこちらに気づく。携帯電話の通話を切り、こちらに銃口を向けてくる。

「誰だ、お前」

「こんばんは」

 ちょうどいいタイミングだ。俺は黒いスーツの男へ十分に近づくと、片手をあげて挨拶をした。

「待たせたな。増援だ、《茨》の陛下は無事かい?」

「増援?」

 スーツの男は、露骨に疑り深い目を向けてくる。

「早いな。フジワラのところの組が寄越したのか? お前だけか? そっちのガキはなんだ? というか、なんだそのツラは」


 そのツラ――つまり俺たちの覆面のことだ。それはもう怪しい二人組に見えるに違いない。

 だがとにかく、まず警戒はされているが、即座の発砲を押しとどめることができた。上出来だ。いきなり見かけた人間に対して発砲できるのは、日頃からよほど酷い環境で生きているやつだけである。普通は、『溜め』がいる。

 ついでに、こいつが勇者と戦い慣れていないやつだ、ということもわかった。俺たちが腰に吊っている武器を見れば、気づくやつはもっと警戒する。目出し帽の効果はここにもあった。勇者との殺し合いに慣れていないやつは、剣も含めて、変なコスプレの一種のように見えるだろう。

 なので、俺は愛想よく笑った。

「こっちは銀行強盗の帰りなんだよ。警察に追い回されるし、最悪だったんだ。《茨》の陛下も、また妙なことを考えるよな」

「ああ? 意味がわからん。陛下が何を? 銀行強盗だと?」

「色々あるんだよ。やばいことになってるだろ。じつはいま近所にキング・ロブが来てるんだけど、それが問題なんだ」

「キング・ロブ? 誰だって? 何を言ってる?」

「知らないのか。おい、説明して差し上げろ、城ヶ峰」

 俺は注文通りに右後方へ控える、城ヶ峰を指さした。


「はい?」

 城ヶ峰は瞬きをした。当然の反応だ。スーツの男は、そこではじめて城ヶ峰を意識的に注目した。わずかに顔の向きが動き、視線が城ヶ峰に向けられる。

 つまり、それが狙いだった。

 剣を吊っている俺の左半身、腰のあたりが、ほんの束の間にせよスーツの男の死角に入った。


 攻撃は一瞬だ。

 左手でバスタード・ソードの柄を逆手に掴み、勢いよく引き抜く。

 狙うのは、スーツの男のみぞおち付近だった。柔らかい急所のそこへ、柄の先端、柄頭と呼ばれる部分をぶち当てる。この動作は、スーツの男にとっては死角に入っているので、攻撃が成立する直前まで見えない。

 結果として柄の先端は、速やかに彼の下腹部を直撃する。


「おっ?」

 と、男は体勢を崩して呻く。しかし倒れない。代わりに、体を丸めて、打たれた腹部を左手で押さえる。ついでに右の拳銃で俺を狙おうとした。唐突な痛みとダメージを受けた人間の、反射的な行動としては、おおむね予想通りだ――悪くはない。だからもう終わった。

 スーツの男が発砲するより早く、俺は抜刀の動作を完了している。右手を添え、バスタード・ソードを引き抜きながら、まっすぐ前方へ踏み込む。至近距離。そして、完全に抜ききる動作の過程で、男の首筋に触れさせる。そのまま頚動脈を引き裂いた。

 《E3》が無くとも、まともな勇者ならば、このくらいはできる。武器を使った接近戦での殺し合いは、基本中の基本だ。

 俺が扱うバスタード・ソードという剣は、本来、こんな距離で使う長さの武器ではないように見える。刃渡りはおよそ一メートルと二十センチ。十分な間合いをもって振り回す武器――初見だとそんな風に錯覚するやつもいるだろうし、そこを利用するのが賢い使い手というものだ。


「じゃあな」

 俺はスーツの男を蹴り飛ばす。首から血が溢れ、アスファルトの上に溢れていた。彼は目を見開き、何らかのメッセージを俺に伝えようとした。その努力は実らない。

「――師匠」

 城ヶ峰は何かを咎めるような目で俺を見ていた。

「彼は魔王ではありませんでした。何も、殺すことはないと思います」

「そうか」

 俺は剣を握り締め、感触を確かめた。ここからは、より素早い行動が必要になるだろう。城ヶ峰を相手にしている暇はないので、《E3》をポケットから引っ張り出し、注入の準備をする。軽く振ることで《E3》を撹拌させて、首筋に《E3》の先端を押し付ける。


「別に弁解はしない。実際、もっと凄腕の勇者なら殺す必要もなく、うまいやり方ができるかもしれないな。だが、これが俺の『妥当な方法』ってことになる。お前が嫌なら、次から止めてみろよ」

「重要な論点は、そこではないと思います」

 口ぶりは礼儀正しいようだが、城ヶ峰が俺を睨んでいるのがはっきりとわかった。

「我々がすべきことは、社会の治安を守ることですが、その過程で人命が軽視されることは許されるのでしょうか。どのように困難であれ、私は、そうした面で妥協をしたくありません」

「すばらしいスピーチだ。やっぱりお前、勇者なんてやめてカタギになった方がいい。死ねよ」

 俺は《E3》のインジェクターを首筋に打ち込む。

「城ヶ峰、ここで待ってろ。俺がやるのは、こういう仕事だからな」

「いえ」

 城ヶ峰は真剣すぎる顔で首を振る。

「私も行きます。仲間が救助を待っています。それと、次は師匠の殺人を止められるよう、努力します」

 お前には無理だ、と言おうとしたが、やめた。なぜ無理なのか説明するのが難しそうだったし、なんとなく、城ヶ峰はもうカタギの道には戻れないような気がしたからだ。だったら、勝手にすればいい。俺は《E3》がもたらす高揚感と、過剰な感覚によるめまいを抑え、走り出した。

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