第9話

 後始末の方が、よほど面倒なことになった。


 まずはトリスタン。

 病院まで担いでいくのは絶対に嫌だったので、救急車を呼ぶか迷い、結局はアカデミーに連絡して回収させることにした。

 やつの同類ども、腹立たしい『円卓の騎士』に迷惑をかけるためだ。

 電話に出たガウェインがひどく不機嫌そうにしていたので、少し留飲は下がった気がする。


 その際には、

「おたくの円卓の騎士、クソ弱いんだけど」

 と、嫌味をしっかり言うのを忘れなかった。


 それから城ヶ峰。

 こいつはまあ――ただ騒がしいだけではある。

 切り落とされた腕くらい、くっつけておけば繋がった。驚愕したくなるほどの単純さだ。


「雪音の生意気なふるまい……私は姉弟子として深く恥じ入っています」

 反省したような顔でそんなことを言っていたが、どこから突っ込んでいいものか、俺には判断がつかなかった。


「まさか邪悪な勇者狩りの手先となって、あのように挑発的な態度をとるとは……! これもすべて、私の教育が悪かったのだと思います。私が彼女の反抗期の兆候を捕捉していれば、こんなことには……!」

 そうして、城ヶ峰は深々と頭を下げた。

 本気で悔しがっているようだった。

「申し訳ありません、師匠。一番弟子として! 雪音の根性は必ず私が叩き直して御覧に入れます。どうか一層のご指導をお願いします!」


 あまりに真剣すぎて、俺はなんだか一気に疲れが押し寄せてきた。

 久しぶりに強烈な城ヶ峰の成分を強制的に摂取させられているような気がした。


「じゃあ、とっておきのアドバイスをしてやるけど」

「あっ! は、はいっ! ……しめしめ、まんまと師匠からアドバイスをいただける流れに……! これぞまさに怪我の功名……!」

 腕を切り落とされたというのに、城ヶ峰はおそろしく元気だ。比喩ではない。本当に恐ろしくなる。


「師匠のアドバイス、心に刻みます!」

「いまのお前じゃ絶対確実完全に無理だから、もっと強いやつを雇ってそいつに戦わせろ。少なくとも二対一でやれ」


「なるほど……! わかりました、師匠!」

 俺の言葉に、城ヶ峰はメモを取らんばかりの勢いでうなずいた。

 こいつはいつも返事だけはいい。


「つまり……仲間と力を合わせて戦えと。絆の力……そういうことですね、師匠!」

 なんてやつだ、と俺は改めて思った。そういう解釈があったとは。

 そして重ねてアドバイスをするのはやめた――こいつが痛い目にあったところで、考えの方針を変えることなど絶対にない。

 俺はそのことをよく知っている。あとはアカデミーの医務室に送り届けて、一丁上がりというところだった。


 そして、もう一人。

 城ヶ峰とは比べ物にならないほど深刻なのが、セーラの方だった。

 やつはいつも以上に青白い顔をしていて、城ヶ峰に何を言われてもほとんど生返事しかできないようだった。

 それはそうだろう。

 放っておいてもいいのだが、印堂がいないいま、こいつが使い物にならないと非常に困る。


 仕方がないので、挑発することにした。

 もとより俺は他の教え方を知らない。

 師匠がまさにそのタイプだった。無茶苦茶なことばかりやらせやがって、こっちがミスをすると鬼の首を取ったようにコケにしてくる。

 仕事のやり方でも他人と競わせるのを好んだ。俺にはちょうど《ルービック》という兄貴分がいて――まあ、それはどうでもいい。


「お前は、いまさら落ち込んでるのか?」

 俺はセーラの膝を後ろから軽く蹴り、彼女をよろめかせた。

 転びかけて壁に手をついたが、それでもセーラは俺を睨まなかった。

 いつもは臆病さの裏返しの、攻撃的な視線を向けてくるのが常だったが、今日はそれさえなかった。

 ただ、明らかに怖がっていた。


「重症だな」

「わかってるよ」

 セーラはせめて不貞腐れた態度をとろうとした。無理があった。

「足が出なかった。亜希が斬られる瞬間までそうだった」


「いいや、お前は少しもわかってないね」

「わかってる! ビビりすぎだって言いたいんだろ!」

「そうだよ。ただ、いつものとは意味が違う」

 俺は鼻を鳴らした。

 笑ったのではない。あまりにもセーラがわかっていなかったから、ちょっと腹が立った。だから挑発するのもやめた。


「さっきのことだけじゃないぜ」

 城ヶ峰の腕が飛ぶまで、足が動かなかった。

 仲間がやられても黙ってるなんて、クズ以下のクソ野郎そのものだが、セーラの場合はやられてから吹っ切ることはできた。

 たぶん敵わないであろう、格上のやつを相手に、躊躇なく切り込んでいった。


 悪くはない。

 そのこと自体、こいつ自身の進歩――と呼べるかどうかはわからないが、とにかく変化を意味している。評価してもいいくらいだ。

 ただ、セーラはそんな言葉は欲しくないと思っているだろう。


 その賞賛は慰め未満の何かでしかないし、むしろセーラにとっては罵倒に近い。

 なぜならセーラが抱えている恐怖は、また別のものだからだ。


「お前はいま、自分自身の臆病さに怖がってる」

 俺は根が素直でピュアな正直者なので、ちゃんと言葉に出して言ってやることにした。

「次に城ヶ峰――に限らなくても、周りの誰かがヤバいことになったとき、そのへなへなの足が動くかどうかってことだ」


 セーラは反論しなかったし、ツッコミもしなかった。

 ただ青白い顔で聞いていた。

「そのときは、またカカシみたいに固まって動けないかもしれないな。そりゃ怖いよな」

 俺はセーラの肩を叩いた。

「次が瀬戸際だ。クズ以下のクソ野郎になれるかどうか――もちろんそっちの方が賢い。強い相手とは戦うな。ちゃんと怖がることが、平穏な人生を送るコツだ」


「センセイ」

 セーラは声を絞り出した。

「……怒ってくれよ。それか……せめていつもみたいに、バカにするみたいに笑ってくれてもいいだろ」


「嫌だね」

 俺はどちらの要望にも応えなかった。

「気分が悪いか? どうにかする方法は二つしかないぜ。一つは自分の臆病さなんて忘れて、そもそも勇者なんてやめちまうことだな。どう考えてもそっちの方がいい」

 俺から提案できることは、それがベストだ。

 それから俺はもうセーラの顔を見なかった。見る必要がなかった。


 ともあれ、三人の生徒たちときたら、こんな有様だったものだから、俺は暗澹とした気分になった。

 が、それだけではない。

 最大の問題がもう一つ――つまり、オリエだ。

 元・魔王にして勇者。《嵐の柩》卿、またの名を新人バイト。


 こいつの登場が一番始末に困った。

《グーニーズ》に連れて行って、ジョーや《二代目》イシノオに余計なことを言われたくないので、別の場所を利用せざるを得なかった。

 つまり、新宿の居酒屋だ。

 それも長居せずにさっさと話しを済ませることができる店。


 こういうときに使うのが、新宿の端にある立ち飲み居酒屋『三文』である。

 長所はめちゃくちゃ安いこと。

 実は店長が元・勇者で、ガレージとして武器の預かりも頼める。

 とにかくオリエのやつから金を借りたり、奢ってもらったりすることなしにこの遭遇を片づけたかった俺にとっては、これ以上の選択肢は存在しなかった。


「あまり訪れない種類の店ですが」

 と、オリエは気取ってホッピーのグラスを掲げた。乾杯のつもりか?

「なかなか面白いですね。ヤシロ様、よいお店をご存じで」

 彼女の衣装は店にとってあまりに場違いで、店内の視線は彼女が独占していたようなものだ。

 隣にいる俺は居心地が悪い。


「では、二人の再会を祝して。乾杯を」

「いらねえよ」

 俺はオリエを無視し、グラスに注いだビールを一気に飲み干した。

「言っとくけど、俺の今日の気分は最悪なんだ。朝から印堂を誘拐した容疑をかけられるし、結局はトリスタンのボディーガードみたいに使われちまうし」


「おまけに、少々危ないところでしたね」

 オリエはカウンターに肘をつき、愉快そうに俺を見た。

「私が駆け付けなければ、大変なことになっていたかも」

「なってねえよ、あのくらい余裕で片づけてた」


「さすがはヤシロ様ですね。でしたら、余計なお世話だったでしょうか? 大変失礼いたしました」

 オリエは声もなく笑う。

 さすが元・魔王。なんかよくわからないが、無駄に意味深な仕草ができる。見ている方がうんざりしてくるほどに。


「ですが、最初から私という協力者がいれば、もっと簡単だったと思いませんか? なぜ電話に出ていただけなかったのですか?」

「絶対、面倒くさいことになると思ったから」

 他に言いようがない。

「で、案の定、面倒くさいことになってるだろ」


「心外ですね。私はまごころからヤシロ様をお助けしようと思っただけなのに」

「嘘つけ」

 俺は決めつけた。

「都合よく『勇者狩り』が円卓の騎士を襲う現場に、都合よく居合わせるような偶然があってたまるか。理由を言え、理由を」


「それは二つあります」

 涼しい顔で、オリエは指を二本立ててみせた。

「一つ。ヤシロ様の連絡先をとある手段で入手したこと。さっそく有効活用させていただこうと思いました」

「……誰から買った?」

「《グーニーズ》の掲示板に高価買取の旨と、情報提供者は匿名で構わない旨の広告を張り出し、ヤシロ様が不在のタイミングで回収しました。安い買い物でしたね」


 俺の脳裏にはスキンヘッドのゴリラや、薄汚れた殺人だけが取り柄の小男や、ヘボいくせに生意気な小僧の顔が次々によぎった。

 復讐を誓うことにする。


「もう一つの理由は――私たちが狙われているからです」

 オリエは襟元に手をやった。

 そこには、半分に割られた竜の顔――ハーフ・ドラゴンの印があった。


「魔王と勇者の境を超えた、秘密の組織。トリスタンどころか、円卓の騎士と、そこに所属していた者たちを、『勇者狩り』は狙っています」

「だろうな」

 ここまでの情報から、俺もそう判断するしかない。

 ハーフ・ドラゴンの勢力に対する攻撃。それが『勇者狩り』の意図と見て間違いない。


「でも、お前はとっくに足抜けしただろ。っつーか、思いっきり裏切ったじゃん」

「そこまで詳しい情報は、『勇者狩り』と、その雇い主はご存じないようですね。私も実際に狙われましたから」

「そりゃいい気味だな。それで円卓の騎士に助けを求めてきたってわけか? いまさらどんなツラで保護してもらうつもりだったんだよ?」


「まさか。さすがに私もそれほど恥知らずではありません」

 俺の物言いにも、オリエはまるでいらだった様子を見せない。

 この会話を楽しんでいるように笑い、俺を指差す。

「ただ、ヤシロ様にご忠告して差し上げようと思っていただけです」


「俺に? 何を?」

「ヤシロ様も『勇者狩り』の標的に含まれているからですよ」

「……なんでそうなる? おい。つまんねえブラフはやめろ。俺ほどアーサー王と仲の悪いやつはいねえぞ。むしろ敵だろ」

「ですから、あちらはそこまで詳しい情報はご存じないようです」


 オリエは頬杖をつくような姿勢をとり、俺を上目遣いに見上げた。

「アーサー王の一人娘の家庭教師。アカデミーの精鋭たる生徒の育成さえ担う、円卓の騎士にもっとも近い方。歴戦の実績を持つ勇者――ハーフ・ドラゴンの一員でないと考える方が難しいのでは?」


 俺は特に反論すべきことが思いつかなかった。

 外から見れば、そう見えるのか?

 マジか? そんなの有り得るのか?


「あるいは、ヤシロ様のことをハーフ・ドラゴンだと吹聴している者もいるのかも」

「例えばお前とか?」

「それはなかなか名案ですが――いずれにせよ、ヤシロ様」

 オリエはわずかに身を寄せ、ささやくように告げる。少し血の匂いがした。

「いかがですか? 私をパートナーとして雇い、ともに窮地に挑むというのは?」

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