第7話

 印堂の体捌きは、さすがに卓越している。

 というか器用だ。

 大ぶりな両手のナイフを構え、小ぶりな体をすばやく旋回させて、城ヶ峰とセーラへ攻撃を仕掛ける。


「今日はこの辺にして、帰ってほしい」

 と、呟いた印堂の言葉は、果たしてどちらに向けて言ったものだっただろうか。

 あるいは俺に対して言ったのか。

「キリマには私から厳しく言っておくから。事情も聞いておく。それに……」


 防戦一方の城ヶ峰に、印堂は深く踏み込む。

 ナイフで盾の縁を引っかけ、押しのけるようにして、その内側に入り込んだ。

「アキとセーラじゃ、私にぜったい勝てないと思うし」


「なんだとっ」

 城ヶ峰はその言葉で激高した。

 印堂の斬撃をかわし、ショートソードの柄で打撃を繰り出す。やつが手加減した、というよりも、至近距離ではそれぐらいしかできなかった。


「ほら」

 印堂はそれを余裕でかわして、城ヶ峰のつま先を踏む。

「……私は、強いから」

 肩で突き飛ばしながら、体勢が崩れた瞬間につま先を離す。自然、城ヶ峰は無様にその場に転がることになる。


 印堂の間合いは極端に短い。それがアドバンテージになっている。

 ああして距離を詰められると、長い得物によるリーチの有利が潰れる。

 そして印堂は、距離を詰めることに関して言えば、ほとんど無敵のエーテル知覚を持っていた。


「お、おのれ雪音!」

 城ヶ峰にも長所はある。

 転んでもタダでは起きない、ということにだけは慣れている。

 ショートソードで足を払うようにして上半身を起こす――当然、印堂はそこにはいない。空間を跳んで離れている。


「私はこの班のリーダーで、師匠の一番弟子だぞ! セーラ、きみも勝手なことを言わせておいていいのか! なにをしている、この反抗期のメンバーを懲らしめなくては!」

「いや、それは……できればそうしたいんだけど」

 セーラは顔をしかめて、日本刀を下段に構えている。

「亜希、ちょっとバタバタ動くのやめてくれないか? やりづらいんだけど。あと、狭いし」


「バタバタ動いているつもりは一切ない! 雪音が逃げるからだ! 前々から思っていたが、きみは背も小さいし動きが速くて卑怯だぞ!」

「じゃあ、捕まえてみれば?」

 城ヶ峰の言葉は、印堂の機嫌を損ねたようだ。挑発的に肩をすくめる。


「たぶん無理だと思うけど。教官は、私一人でもアキとセーラの相手ぐらい楽勝って言ってたし」

 そこまでは言ってない。

「教官が私に一番期待してるのはわかってるし」

 それも言ってない。


「まあ、二人のふがいない姿を見てると納得だけど」

 が、印堂は城ヶ峰の挑発に余念がない。なるほど。印堂なりに、少しは「工夫」をするようになったらしい。

「教官のパートナーとして、二人を訓練してあげる」


「雪音! さては調子に乗っているな!」

 城ヶ峰の顔が紅潮した。どうやら印堂は本気でそう思っているらしかった。

「ふざけるのもそのくらいに――」

「ふっ」

 城ヶ峰が激怒して突っ込むより、このときはセーラの方が先だった。もしかしたらセーラに対してより強力な挑発になったのかもしれない。

 短い呼吸とともに踏み出し、地面を滑り、城ヶ峰の肩越しに刺突。

 なかなか速い。


 さらに印堂が身を捻ってかわすのを予測して、ねじりこむようにして刃を振るう。

 西洋剣術でいうと、スライスとかいう刃の使い方に近い。

 この狭い路地裏に対応した剣術だ。

 もともとセーラにはそういう技術が、引き出しとして記憶の中にあるのだろう。以前には車の中で器用に抜刀してみせたこともある。


 ただし、やはり印堂に痛い目を見せるには不十分だ。

 刀にナイフを滑らせて、その根元に引っかけた。鍔を使って捻る。刃の軌道を完全に外す。


 そして、セーラの太刀を捌きながら一回転。

 これはそのまま攻撃の予備動作でもある。

 遠心力をつけて城ヶ峰に回し蹴りを、壁を蹴ってセーラに跳び蹴りを決めている。ここまでくると、ほとんど曲芸みたいな動きだ。


「んん……、いまのは五十点くらい?」

 転がる二人を見下ろして、印堂は首をひねる。

「本気で来ていいよ。二人あわせてその程度だと、私の練習にもならないし……」


 それを聞きながら、セーラの目つきが鋭く尖る。

「亜希」

「ああ。きみの言いたいことはすごくよくわかる。ダイレクトにわかる。この距離だとすごい聞こえる」

「気合入れてやらなきゃダメだ。雪音が調子に乗る」

「無論。――同感だ!」


 二人が同時に動く。

 が、たぶん無理だと思う。

 印堂はろくにエーテル知覚を使わずにこの始末で、しかも守り気味に戦っている。城ヶ峰とセーラでは、これを崩すのは無理だろう。


(攻撃が散発的すぎる。どっちかが攻撃の隙を消す感じでやらないと、二対一の意味がない)

 ――という風に、口を挟もうかと思ったが、やめておいた。

 どうも俺のアドバイスは「急に言われても対応できない」らしい。すごく理不尽なクレームだと思う。


 それに、俺にはこの面白い見世物をずっと見物していることはできない。

 俺には俺の相手がいる。

 キリマとかいう髑髏面の男だ。やつも動いた。城ヶ峰とセーラが姿勢を低くして再突撃するのにあわせて、やつは助走をつけて跳躍している。

 壁を蹴って飛び上がる――アホ三人の頭上をこえて、俺との距離を詰めてくる。


「どいてくれ」

 と、キリマは端的に要求を伝えてきた。

 片手剣を思い切り振り下ろす動き? まさか、違う。そんなもので俺の防御を突破できるとは思っていないだろう。

 俺は加速する時間感覚の中で、その意図を悟る。


 とるべき俺の行動その一。

 刃をぶつけて防ぐ。

 バインド状態になった瞬間に、やつはエーテル知覚を使う。炎が刃を伝うので、俺はまた前回のように武器を放棄せざるを得ない。


 それから、とるべき俺の行動その二。

 後方に跳んでかわして、反撃を入れる。

 これもまずい。足元にはトリスタンがいる。キリマの仕事はこいつを殺すことなので、俺が引いてくれるなら目的達成だ。

 なにより、「どいてくれ」というやつの要請に従ったようで腹が立つ。


(対処方法が限られるな)

 体から炎を出せるやつというのは、だいぶやりづらい。

 戦闘経験豊富な俺でも、こういうエーテル知覚は結構レアな部類に入る。だが、そこはさすがに俺だ。

 やりようはある。


(とるべき行動その三でいくか)

 俺はむしろ半歩踏み出し、キリマの片手剣を受けることにした。

 左手で腰の剣帯を外し、鞘を掲げる。受けるポイントは剣ではなく、その内側の手首だ。そのために少しだけ踏み出した。


 一瞬、キリマはものすごく嫌そうに眼を細めた。

(だろうな)

 俺は苦笑する。

 接触。鞘と手首が交錯したとき、炎がその一点で弾けた。キリマの手首も、鞘も、両方が炎に包まれる。


(やっぱりそういうエーテル知覚か)

 とんでもないやつがいたもんだ。

 常に炎で焼かれているような感覚を持っているのだろう。それを実際の炎として出現させる。

 触ると炎が燃え移る。

 この前は俺の剣ですら燃え上がったのだから、可燃物かどうかなんて関係ない。

 キリマ自身が、炎に対してそういう認識を持っているということだ。


(だが、相手が悪かったな)

 俺は即座に燃える鞘を手放した。

 すでに剣は構えている。

 刺突で決める。いけそうだ――と思った瞬間、まずいことに気づいた。キリマの左手が空いている。

 やつはそれで俺の刃を掴むつもりらしい。手の平が燃えている。


(ひどい戦い方をしやがる。予定変更)

 俺は動きを変えた。刺突のために引いた右半身で、前蹴りに移行する。

 こっちは入った。意表をついた形だった。かなり手ごたえのある腹筋を蹴り飛ばす。いまいちだ。

 吹っ飛ばして、距離がわずかに開く。


「……ああ。なるほど」

 小さく呻いたあとで、キリマは少し感心したような声をあげた。

「前のときから……冗談みたいな反応速度だと思ったけど、やっぱりそういうエーテル知覚か」

 キリマは俺の足元あたりを見ている。トリスタンだ。第一目標を忘れていないと言うアピールだろう。

 俺はそれを意識しながら戦わなきゃならない。

「短期の未来予知に近いのかな。正面からやり合うと少し疲れそうだ」


「勝ち目があるみたいなこと言いやがって」

 キリマの見立ては正解ではないが、これは少し状況が悪くなった。

 そういう前提で来るとなると、俺も困る場面が出てくる。

 認めるのは癪だが、いまの攻防において、損をしたのは俺の方だ。鞘も捨ててしまった。同じ手は二度使えない。


 だが、ここは間を置かず攻め立てるしかない。

 わざわざこいつが一息を入れて喋ってきたということは――その意図は明白だ。

「時間稼ぎしてんじゃねえぞ、てめえ」


 久しぶりに、手ごたえのある使い手との戦いになりそうだ。

 面倒くさすぎる、と俺は思った。

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