第6話

 燃え尽きるように倒れ込むトリスタンの向こうに、二つの人影がある。

 どちらも知っている。

 悪趣味な髑髏の面を被っていてもわかる。

 印堂雪音と、炎を使うエーテル知覚の勇者狩り。


 すごくたくさん聞きたいこと、言いたいことがあったし、冷静な俺にはいくらでも考える時間があった。

 だが、真面目な顔をすればなんとなく負けたような気がする。

 熟考熟慮を重ねた結果、俺が選んだ質問はこれだ。


「何やってんだ、印堂」

「それ、私が聞きたい」

 以外にも、印堂雪音は即答した。


「何やってるの、キリマ」

 仮面の奥で、確かに印堂は隣の勇者狩りの男を睨んだ。

「いま燃やしたのは、私の学校の先生」

 叱るように言いながら、さらに脛のあたりを蹴飛ばそうとした――当たらない。半歩、体を引いただけでかわされている。


「きみに文句を言われる筋合いはない」

 キリマは印堂を突き放すように言う。

「そっちが勝手についてきたんじゃないか。仕事だって言ったはずだ」


「うん、言った。けど」

 印堂の眉間にしわが寄る。

 あからさまに反抗的な気配だった。しかも俺たちといるときより口数が多いんじゃないかと思うほど、言葉が出てくる。

「キリマも勇者でしょ。魔王を殺すのが仕事じゃないの? 私はそうだと思ったから、ついてきた」


 拍子抜けだ。

 この様子では、印堂はあんまり事態を理解しているとは言えなさそうだった。せめて何か思惑があって、俺たちの前に姿を現していてくれればよかった。

 いっそ、そっちの方がすっきりした。


 キリマという――この勇者狩りの言葉を信じるとすれば、本当にマジで一ミリの企みもなく、勝手に印堂がくっついてきたのではないか。

 マジか?

 恐ろしいことに、それは当たっている気がする。


 だとすれば、この『キリマ』が印堂の元・教官なのだろう。

 北海道の傭兵集団――《北の篝火》の生き残り。

 印堂ごときに居場所をつきとめられるようでは、たいしたやつじゃないか、そういうことに無頓着になるほど精神が荒れているかどっちかだ。


「なんで」

 と、印堂は責めるように言う。

「なんで勇者を殺すの? そんなこと、したことなかった」


「勇者だろうが、魔王だろうが関係ない」

 キリマはいまにも欠伸をしそうに言った。

「いまはそれがぼくの仕事だ。もともと傭兵はそういうものだろ」

 その退屈さを装った口調の影に、どこか苛立ちが覗いていた。

 俺は少し気になった。そう。それに聞きたいことがいくつもある。『キリマ』自身のこと。印堂のこと。なぜトリスタンを標的にしたかということ。半分のドラゴンのこと。


 ただ、こういうとき、決して黙っていないやつがいる。


「貴様、おのれ……卑劣な勇者狩りめ!」

 城ヶ峰のことだ。

 ショートソードの切っ先を突きつけ、その目が義憤に燃えている。

「よくもトリスタン先生を! 雪音、そこをどくんだ! この私が倒してみせる!」


「ん……」

 印堂は少し逡巡したようだった。

 これは実は珍しい。印堂は基本的に物事を迷わないからだ。やつは『キリマ』と俺、そしてセーラ、ついでに城ヶ峰とトリスタンを順番に見た。


「待って、アキ」

「これが待てるものか。勇者狩り、許すまじ! 雪音! きみも気持ちは同じだろうが、ここはグッと堪えてくれ!」

 城ヶ峰は刃を振るって前進を始める。

 その直前、俺を振り返り、明らかに人の話を聞かない目つきで宣言した。

「師匠! 見守っていてください!」


「んん」

 印堂はますます難しい顔をした。これは本当に珍しい――そのまま、傍らの髑髏面を見上げる。

「キリマ。聞きたいことが、いっぱいあるんだけど」


「ぼくは答えるつもりがない。ただ」

 突き放したような物言い。冷たい金属のような響き。

「……邪魔をするのか、雪音? それなら容赦はしない」


「んんん」

 印堂は最後に俺を見た。

 眉間のしわが深く、とてつもなく苦いものを食べたような顔になっている。

「……教官」

「俺に聞くのか? なんだよ」


「どうしたらいい? 私は、キリマに」

 傍らの髑髏面を、ナイフの先端で指差す。

「聞きたいことがいっぱいある。それに……なんだか」

 言葉を切る。

「……わからないけど、嫌な感じがする」


 知るか、と言いたかった。

 そこをどけとでも言えばよかった。そういう命令みたいな言い方は、印堂にはよく効くだろう。

 ただ、言おうとすると口が引きつった。

 自分がいかにも間抜けだと思ったし、俺は結局そういうまっとうな判断から滑り落ちてきた人間だと言う自覚はあった。勇者ってのはそんなやつばかりだ。


「じゃあ、レッスンするか」

 俺はもっと間抜けなことを言っていた。

「城ヶ峰とセーラがこれからそっちの男を殺そうとするから、相手をしてやれ。本気でな」

「おいっ、ちょっと、センセイ」

 セーラが抗議したが気にしないことにする。


「雪音にそういうこと言うなよ、マジにするじゃん! いつもいつも!」

「マジで言ってんだよ」

「余計に悪いよ!  それどころじゃないだろ?」

 顔色が悪い。震えを堪えているのだろうか。声が張り詰めている。

「トリスタン――先生を、医者とかに見せないと」


「お前は」

 俺はセーラを一瞥した。

「自分がどういう気分でそれを言ってるのか、ちょっとは気にした方がいいな。いまのはわかる。現実逃避に近い」

「いや、現実逃避って!」

「医者とか病院とか、そんなことさせてくれる連中だと思うか?」


 セーラは黙った。

 ここで不意打ちしてくるようなやつらだ。

 この現場は、とっくに囲まれているに違いない。いまはまだ、寄せ手が近づいてこないだけだ――『キリマ』の邪魔にならないようにするためか。

 あるいは巻き込まれないように。


「だからってさ、センセイ、雪音を焚きつけるようなことを」

「印堂!」

 俺はもうセーラの相手はしなかった。そんな暇はない。

 時間が経つほど面倒な状況になることはわかりきっている。少し悠長すぎた。

「珍しく悩んでるみたいだが、もっと悩め。お前は少し困った方がいい。そっちの方が見てて笑える」


「わかった」

 印堂の首がごくわずかに動いた。うなずいたのだろう。

「それ、する」

 そういうなり、印堂は動き出した。その動きは、城ヶ峰には予想外だった。


「あっ!」

 と、城ヶ峰の声。すでにその懐へ、印堂は飛び込んでいる。

 その距離になると、印堂の右手のナイフの方が有利だ。高速の斬撃を、よくかわしたといえるだろう。

 城ヶ峰もエーテル知覚による先読みを少しは――本当に少しだが――使えるようになりつつある。


「おい、やめろよ!」

 セーラが慌てたように割って入っていく。

 印堂の続く連撃を防ぐ動きだ。防御。弾くというより、刃を使って捌く。

「危ないって……! なにやってんだよ、雪音も!」

 刃の切っ先に、火花が散った気がする。

 なかなか面白い見ものになりそうだが、あまり集中してみていられない。


「仲良くやれ」

 俺はそれぐらいしか言えなかった。三人にとってはちょうどいい機会だ。その辺の三流や、魔王相手では得られない経験になるだろう。

 馬鹿馬鹿しくて止める気になれないし、そんな暇はない。

 トリスタンに恩を売り、かつ噂の勇者狩りをぶちのめして、みんなにデカい顔をするチャンスだ。


 そのためには――まず、敵を止める。

「なんなんだ、こいつらは」

 キリマが不満そうにつぶやく。

 動き出そうとしている。その兆しが、俺にははっきりと見えた。腰が落とされ、筋肉が緊張する。いまだ炎がくすぶっている、足元のトリスタンを狙っていた。

 それを遮るように進み出た俺を、やつは鬱陶しそうに睨んでくる。


「邪魔をするのか。二度目だな」

「そういうことになるな。三度目はないようにしようぜ――おい」

 俺は足元でまだ燃えている――死んだふりをしている、トリスタンに声をかけた。

「これ、高くつくからな」

 やつは黒く焦げた頬で笑った。それがはっきりわかった。


 友達にそういうエーテル知覚の使い手がいるので、俺はよく知っている。

《E3》を使用している人間は、炎では滅多には死なない。

 内臓から爆発でもさせれば話は別だが、そうじゃない限りは、残念ながら苦しみながらものたうちまわって生きることになる。


 こいつもまったくいい気味だ。

 人を厄介事に巻き込もうとするから、こうなる。

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