第5話

 囲まれているのは、はっきりとわかった。

 路地の表からも奥からも、物音が聞こえてくる。足音、金属音、間抜けな喋り声。

 どうせ三流以下のやつらだろうが、《E3》を使っているやつが数人いれば話は違う。少し危険はある。


「仕方ないな」

 俺は《E3》を取り出し、首筋にインジェクターを押し付けた。

 束の間の酩酊感と、這い上る高揚。

「今日は正直オフのつもりだったけど、レッスンしてやろうか。金は後で請求するからな」


「おお」

 トリスタンはわざとらしく手を叩いた。

「今度こそ、噂に名高い《死神》ヤシロさんの実戦授業を見れるとは。ぜひ参考にさせていただきましょう」

「お前もやるんだよ、アホ。じゃなきゃ真っ先に盾に使うぞ」

「さすがに厳しい」


 トリスタンもやつ自身の《E3》を引っ張り出し、それを首筋にぶちこんだ。

「路地の表側は、私が引き受けましょう」

 空いた片手で、細身の剣を引き抜いている。その刃を見て、俺はちょっと意外な気がした。


 刃渡りは長く、大きな曲線を描いた片刃。日本刀に似ているが、十字架型の鍔は柄の先まで一体となっている。

 たぶん、ペルシャやインドの刀剣だ。シャムシールとかタルワールとか呼ばれるやつ。

 やつはそれを、半身になって構えた。

 剣技に自信がある、というムカつくくらい濃厚な気配が、その仕草から漂ってくる。


「城ヶ峰さん、セーラさん。ヤシロ先生の指示をよく聞くように」

「はい! 言われなくても、そのつもりです!」

 城ヶ峰は片手を天に突き上げ、挙手した。

「久しぶりの師匠のご指導、学校の授業の何十倍も身が入るというものです!」

「城ヶ峰さん、いい性格してますね」

「ありがとうございます!」


 褒めてないと思ったが、口を挟むのはやめておいた。

 疲れるだけだ――代わりに俺もバスタード・ソードを引き抜く。

「じゃ、今日はこういう狭い場所でのチャンバラを勉強する」

 最近気づいた。

 こうやってしっかりテーマを宣言することによって、課題に取り組む意識が生まれるというわけだ。

 俺は名コーチなので、ありあまる育成の才能を持ちながら、そういう勉強も怠らない。


「俺が軽く手本見せるから。こっちは路地の奥な。城ヶ峰とセーラは流れ作業的に、俺があしらったやつをガンガン片づけろよ」

「はい、師匠!」

「え」

 城ヶ峰は敬礼をしたが、セーラは自分の日本刀を掴んだまま硬直した。


「あの、センセイ。待った。ちょっと、ここ、狭すぎないか? 表通りに移動するもんだと――」

 一理ある。

 左右に壁のある路地裏、人間が二人も並べばそれで限界。

 セーラの日本刀は振り回すのに苦労するだろうし、城ヶ峰にしても片手剣とバックラーを自由に扱えるわけでもない。


 なので、俺は端的にアドバイスしてやることにした。

「工夫しろ」

「はい! 工夫します! ――セーラ、工夫だぞ。頭を使うということだ!」

「亜希に言われたくないし、そもそも絶対にわかってねーだろ……!」


 城ヶ峰はいつも返事だけはいいし、セーラはいつも直前まで愚痴を言う。

 ここに印堂がいれば、あいつは軽く鼻を鳴らしてすでに飛び出しているところだ。説明を聞くことすら面倒くさがるから困る。

 仕方がない。

 今日は俺が手本を見せるしかないだろう。


「狭いことに文句をつけるな。狭いからいいんだよ、相手の方が多いんだから」

 喋りながら、路地の奥へ踏み出す。

 正面と、頭上――それから右側も。ひび割れた窓を砕いて、三方向同時にやってくる。

 そいつらの姿を見たとき、俺は賢いので気づいた。三人とも、アホみたいな髑髏のお面をかぶっている。

 つまり――『勇者狩り』だ。

 ちょうどいい。


「いいか、こういう感じで」

 俺はバスタード・ソードをコンパクトに扱う。

 まずは正面、突っ込んできたやつの刺突をかわし、足をひっかける。これは楽勝。そのまま後方へ吹っ飛んでいく。

 あとは生徒と弟子に任せる。


「狭い場所で戦うのは、勇者の必須技術だ。だいたいいつも敵の方が多いんだから」

 頭上からくるやつは、刃を弾き、捌きながら体を入れ替えようとした。

 だが、ついてこようとする。

 生意気なので俺は即座に膝蹴りを入れ、頭を掴んで壁に叩きつけた。それから城ヶ峰とセーラの方へ突き飛ばす。


「こういう戦いに慣れておいて損はない。これが上手くないと、簡単に死ぬからな」

 最後に、窓を砕いて奇襲してきたやつ。

 これは少し手ごわかった。少しだけ。パンクロッカーみたいな銀のアクセサリをじゃらじゃらとつけたやつだった。


「ひゅっ」

 という鋭い呼吸が聞こえた。

 振り出されてくる鉈を、こちらは根元で受けた――刃と刃が絡むバインドの形。だが、受けた瞬間、相手の姿が消えた――嘘だ。

 高速化した俺の知覚は、しっかり捉えている。


 どういう原理かはしらないが、バインドした瞬間に背丈が半分ほどに縮んだ。片手を自分の背中側に回したのは見えた。

 何かのエーテル知覚だろう。


「なるほど。戦闘向けだな」

 そして俺の懐に入り、また鉈を振ってくる。

 振り上げながらも背丈が伸びる――勢いが増す。普通ならまともに食らう奇襲だが、俺にはあまり通用しない。

 その一撃を避け、蹴飛ばして終わりだ。

 あとはセーラと城ヶ峰がなんとかするだろう。


(――で)

 その二人の戦いを見物するふりをして、俺はそちらに視線を向ける。

 本当に見たいものは別だ。つまり、トリスタン。

(あいつの戦い方はどうだ?)

 無様だったら思いっきり笑いものにしてやろうと思った。


 が、残念ながらそうはいきそうにない。

 見た瞬間にわかった。

 ちょうど頭上から襲い掛かってくる髑髏面に、トリスタンは軽く曲刀を振るうところだった。

 あまりにも距離がありすぎるように見えた、その一瞬――頭上からの襲撃者は、右腕の肘から先が斬り飛ばされていた。


 続く襲撃者も、その次も、まったく同じだ。

 トリスタンに近づくことさえできていない。近づく前に、トリスタンの刃は彼らの体を切り裂いている。

 そういうエーテル知覚、と思うしかなかった。


「どうも」

 と、やつは俺が見ていることが当然のように笑い、頭を下げた。

「見られてしまいました。ヤシロさんのような強敵に、これがバレると辛いなあ」


 嘘をつけ、と思った。

 やはり原理はまったくわからないが、遠距離からの斬撃――これはかなり厄介だし、対策も取りづらい。

 だいいち、いま見た通りのエーテル知覚である保証は何もなく、これも能力の一端でしかないかもしれない。

 俺はまさにそういう手合いであった、《音楽屋》イシノオという男を知っていた。いまだにやつのエーテル知覚が何だったのかわからない。


「それができるなら」

 俺はさらにまた突っ込んできた髑髏面を捌き、殴りつけ、城ヶ峰とセーラの方に押し付けた。

「ぜんぶお前がやれよ」

「いえいえ。これ、実は結構疲れるんですよね。ヤシロさんこそ――」


 トリスタンが何を答えようとしたのかはわからない。

 ムカつくほど爽やかな薄笑いで、何かつまらない冗談でも言おうとしたのだろうが、それが完了されることはなかった。


 その直前に、唐突に迸った炎が、トリスタンの体を包んでいたからだ。

「え」

 日本刀を抜刀しかけたセーラが呻いた。

 明るく、赤く照らされた路地裏――燃え上がるトリスタンがその場に倒れ込むとき、二つの人影が見えていた。

 表通りの側からやってくる、大小の影。大人と子供か。そんな風に見えた。


「なんで? え、マジ? なに?」

 セーラは明らかに動揺していた――抜刀しかけた刃で、倒れた男にとどめをさすのを忘れた。

 まあ、気持ちはわかる。

 俺も結構驚いた。


 大きい影の方は髑髏面――背格好からして、この前に俺が手合わせした「炎を使う」エーテル知覚の男。勇者狩り。

 それは別にいい。問題はもう一人だ。

 髑髏面こそ被っているが、その身長と、私服の趣味、そして両手に握ったナイフとショートソードにはうんざりするほど見覚えがある。

 要するに、


「雪音!」

 城ヶ峰は素っ頓狂な声をあげた。目の前で学校の教師が炎に包まれているというのに、呑気すぎるとは思った。

 続くその台詞も含めて。

「なんだそのお面は! 『私は悪の道に染まりました』とでも言っているようだぞ、反抗期か!」


 やはり、こいつ。

 俺はその台詞で恐ろしいことを確信した。

 やはりこいつ、印堂の保護者のつもりだ。下手をすると、セーラに対してもそうかもしれない。

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