第4話

 オリエからの着信を、俺は二秒で切断した。

 絶対にろくな話をしないだろうと思ったからだ。そんな暇もない。


「いいんですか?」

 トリスタンが驚いたように聞いてくる。わざとらしい。

「そんなに暇じゃないし、もう少し面白いことがある」

 俺は部屋を出て、階段を駆け下りる。

 城ヶ峰とセーラが、叩きのめした尾行者を縛り上げているのが窓から見えていた。さすが《アカデミー》生徒は、常に拘束用のバンドやフックを携帯している。


「あいつ、勇者狩りについて何か知ってるかもしれない」

「あ、拷問ですか。うちの学校では推奨してないんですけどね」

「お前は好きそうな目つきしてるけどな」

「わかりますか?」

 トリスタンは冗談のように言ったが、俺は追及しなかった。面倒くさいし、そういうやつには金輪際、関わりたくもない。


 拷問が好きだったやつもいるが、俺は違う。

 ただ、何か――「勇者狩り」に関する手がかりでも聞ければ、仲間内で少しは「事情通」のような顔ができるかもしれないと思った。

 ジョーは悔しがり、マルタは心の底から俺を尊敬するだろう。イシノオはドン引きする。

 あと一応ついでに、印堂のことも聞けるかもしれない。

 ただ、そういう期待は完全に裏切られた。


「……知らねえよっ」

 と、西洋剣の使い手であろう男はそう言って、地面に転がったまま虚勢を張った。

「こっちは雇われてやったんだ」

 よく聞く台詞。そして続く台詞も、非常によく耳にするものだった。


「お前ら、ウチに手を出してタダで済むと思うなよ! てめえらの家族、一人残らず調べ上げてやる」

 おそらく、脅迫しているつもりらしい。

 手足を縛られた状態で意地を張ったところで、少しも格好はつかない。ましてや家族に対する脅しなど、城ヶ峰やセーラに対してやるべき手段ではない。


「師匠、どうしましょう」

 城ヶ峰は首をひねってこちらを見た。珍しく困っているような顔だ。

「どうも態度が悪いのです。私の正義の言葉も届かないようで……改心させるには手間がかかりそうですが、私が考えるに、こうなったら最後の手段は一つです」

 ぱん、と手を叩いて、やつは俺を拝むようにした。


「ここはひとつ、師匠のお説教をお願いします! 私も拝聴したいと思っています。いつもはふざけているけれど、実は誰よりも熱く正しい心を持つ師匠の言葉で! この男の心を救済っむんんがっ」

「どけアホ」

 あまりにイラッとしたので、俺は城ヶ峰を押しのけた。

 後ろでトリスタンが噴き出していたので余計に力が入ったかもしれない。


「セーラ。こいつ、どのくらい強い?」

「……いや……あんまりヤバイって感じはしなかったな。殺されるかもっていう種類の恐怖じゃなかった」

「じゃ、下っ端のチンピラだな。実力のないアホが《E3》握っただけのタイプ」

 いまのは、あえてセーラに評価を言わせることで、足元のチンピラの自尊心を蹴り飛ばしたような形になる。

 案の定、チンピラ野郎はいっそう言葉が多くなった。


「ふざけんなよ。なあ。ウチが草真会だって知らねえのか?」

 しかも詮索する前に、自分の所属を言ってくれた。

 アホは話が速くて助かる。トリスタン相手のような回りくどさが必要ない。


「知らねえよ、そんなチンケな町内会みたいな組織は」

 俺はそう言ったものの、実は知っている。

 この頃すっかり根本的に形を変えてしまった、ヤクザ業界の一組織だ。その中でも割と有名どころになる。

 魔王に対する人材派遣という形で、独立した体裁を保っている。


 彼らは傭兵のようなものだ。金さえ払えばたいていのことはやる。

 たとえ依頼人がさっぱりわからない相手でも、前金が振り込まれれば鉄砲玉を三、四人ほど貸し出してしまう。

 こういう組織に所属するやつらは、《E3》を手にしたら自分が超能力者になったような錯覚に陥り、とんでもなく無茶なことをやらかしてしまいがちだ。


「町内会のチンピラ。お前らこそ、誰に喧嘩売ったかわかってるのか?」

 俺はトリスタンを指差した。

「そこの胡散臭い顔の男を誰だと思ってる?」

「知るか。誰だって関係ねえ」

 もしかしたら本当に知らないのかもしれない、と思った。そのくらい不貞腐れた態度をとるチンピラだった。

 俺はトリスタンを振り返る。


「埒が明かねえな。お前、こういうやつらに狙われる心当たりとかないのかよ」

「いやー。ありすぎてわかりませんね」

「だろうな」

 俺はため息をつく――気分が憂鬱すぎて、気づかないうちに背中が丸まった。その猫背を、城ヶ峰が小突いてきた。


「師匠! 私に考えがあります。洗いざらい良からぬ秘密を告白させてみせましょう」

 えらく自慢げに胸を叩く。

「やはりこの男を改心させてしまうべきでは? 私は最近思うところがあるのです。こういった連中を更生させるため、ボランティア活動に参加させて孤児院などでの人形劇や創作ダンスを行わせてはいかがでしょうか?」


 ある意味で、城ヶ峰のおそるべき『説得』行為には拷問のような効果があると思う。

 城ヶ峰としばらく会話したくなくなったので、別の手で行くことに決めた。

「俺が関わらないところでやってくれ。次の意見。セーラ、こういう場合はどうするべきだと思う?」

「え」

 セーラは少したじろいだようだった。


「なんだよ。これ、またレッスン始まってるわけ?」

「そうだよ。こういうのは勇者やってるとよくある。逆恨みってやつだな。命を狙われることも多い商売なんだから、襲われたときの対処方法ぐらい知っておいて損はない」

 また背後で笑ったトリスタンには気づいたが、俺は無視して後を続ける。


「三秒以内に答えてみるか、ちょうどいいし。こういうのは瞬発力がモノを言うんだよな――ほら、いま三秒経った」

「あっ、えっ、えっと」

 セーラは口ごもり、両手を意味もなく上下左右に動かした。何かのジェスチャーのつもりだっただろうか。


「こいつを泳がせて――一度逃がして、あとをつけるっていうのは? アジトか何かをつきとめられるかも――」

「それも悪くないけどな」

 警察みたいなやり方だ。そういうのは勇者とは違う。


「いまひとつだ。お前は消極的な癖をもっと消せ。やりすぎかな、ってくらいでちょうどいい。だからこういうときは」

 俺はかがみこみ、チンピラ野郎の上着とポケットを探る。財布とスマホが出てくる――それに《E3》の予備。

 それらをすべて接収する。勝利した勇者の権利というやつだ。


「あっ」

 これにはチンピラも少し慌てた。

「てめえ! なにやってんだよ、マジでふざけ」

「わかった、ふざけるのはやめた」

 俺はやつのリクエスト通り、顎を蹴りつけて黙らせた。奥歯が折れ、悲鳴が漏れる。


「えええ……」

 セーラは少し怖気づいたような顔をした。

「そ、そういうことするのかよ」

「人をつけまわして命を狙う時点で、救いようのないクズだからな」


 もちろん、これは自分たちのことを言っている。

 勇者なのだから救いようがない。違うのは、金次第でカタギにも手を出すかどうかというくらいだ。

 こいつらは誰かもわからない相手を付け回していた――カタギであっても構いはしないという連中だ。


「スマホから情報、財布から金、《E3》で戦闘手段の保険が増える。守りに回るな。常に先手を取って、こっちから動いていくのが重要だな」

 勇者というのは、攻めの職業だ。常に主導権を握り、誰と戦えばいいのかはっきりさせること。守りに回れば魔王よりも弱い。


 逆に言えば、近頃有名な「勇者狩り」というのは、だからこそ厄介だといえる。

 あいつらは勇者を狙われる立場にしてしまう。

 そんな商売が流行すれば、生半可な二流の勇者――たとえばジョーや《二代目》イシノオなどはあっという間に商売あがったりという状況になるだろう。


「師匠!」

 城ヶ峰は片手をあげた。真面目くさった顔だ。

「無抵抗の相手に攻撃を加えるというのは、過剰な暴力ではないでしょうか?」

「お前な」

 俺はうんざりして城ヶ峰に何か暴言を吐いてやろうと思った。

 そのとき、気づく。《E3》で神経が鋭敏になっていたおかげか――セーラとトリスタンは、どうやら先んじて気づいたようだった。


「センセイ! やばい!」

「ヤシロさん」

 上ずった声をあげたのがセーラで、朗らかではあるが緊張感のある声をあげたのがトリスタンだった。


「どうやら、先手は向こうに取られたようですね」

 トリスタンは、腰の剣帯に手をかけていた。

 そのまま、唇を引き絞るようにして笑みを浮かべる。

「囲まれていますよ。かなり多いです」

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