第3話
地上へと真っ先に飛び出していったのは、もちろん城ヶ峰だった。
そういう風に教えてある。
印堂が不在のときの、セーラとのセットプレーの一つだ。
「参ります!」
窓枠を蹴って、勢いまでつけた。
「《死神》ヤシロの一番弟子、《可憐なる雷》! 城ヶ峰亜希――ただいま見参!」
そうやって名乗りをあげたのは驚きのアホ加減だったが、それ以外には残念ながら文句はない。
腕で両足を抱えるような体勢。小さく丸くなって、回転しながらの落下。
そこのところは満点だろう。
それでも着地までの間に、地上の連中に気づかれる。
先に俺がやつらの武器ケースを落として注意を引いたのだから当然だ。
路上にいたのは、不審人物が四人。そのうち、慌てて拳銃を取り出したやつが二人。
「――来たぞ!」
「アカデミーの学生だ! トリスタンが上にいる!」
ちょっと気になることを叫んで、あまり狙いをつけずに撃ってきた。俺から見てもヘタクソな部類だろう。
大したやつらではない、と見た。
それでも何発かは城ヶ峰の体に当たる。
だが、城ヶ峰の体は《E3》使用者の中でも特別製だ。身体の欠損すら治ることがあるし、治癒力も人一倍早い。
待ち構えられているところに突っ込むなら、こいつ以上の適任はいない。
「無駄だ、悪党どもっ」
城ヶ峰が怒鳴る通り、地面に降り立つ頃には銃創が治りかけている。
「正義の美少女勇者に、志なき銃弾が効くものか! 諦めろ!」
耳を覆いたくなる台詞だが、効果はそこそこあった。
城ヶ峰の言動に唖然としているところへ、セーラが一拍遅れて着地を果たす――その寸前に、やつはビルの壁を蹴って加速した。
弾丸の速度で飛び出す。
これもなかなか思い切ったやり方だ――しかも片手に脱いだ上着を手にしている。
そしてセーラが向かう先は拳銃を撃った二人、ではない。
いままさに素早く《E3》を首筋に打とうとしていた、腰にでかい鉈みたいな得物をぶら下げているやつだ。
「くそ」
と、そいつが悪態をついたかは定かではない。
鉈で応戦しようと動かした右腕を、セーラが鞭のようにして振った上着が絡めとっている。
西洋剣術で研究されてきた手口の一つだ。
マントを使って相手の武器を封じる、体勢を崩す、視界を遮る。
そういう小技を、俺はセーラには教えてある。印堂は得物と体格のせいで使いこなせないし、城ヶ峰には百年早い。
あとは一瞬で済む。
《E3》のない俺の目にはよく見えなかった。
腕に絡めた上着を引っ張って、体勢を崩させる。
致命的な隙だ。
セーラは瞬時に飛びつくと、顔面に拳を軽く一撃――ばちん、と音がして鼻血が噴き出す。
その直後には、セーラの体が独楽みたいに回転した。
投げ技の一種だろう。
男の体が跳ねて、強かに地面にたたきつけられている。
セーラのヤケクソ気味な開き直りと、臆病さがうまく出た形だ。
もともとセーラはこのくらいできる。
ただし本人にそういうことを告げると無意味に委縮するというか緊張するはずなので、決して言うつもりはない。
「見事だ、さすがセーラ! 私の仲間!」
城ヶ峰は城ヶ峰で、さすがにいくらなんでも《E3》も使っていない、拳銃を持っただけのやつには負けない。
その二人を投げ飛ばし、蹴りつけて制圧し終えている。
残りは一人。
こいつはすでに抜刀している――両手使いの西洋剣。
迷惑そうな顔で《E3》を首筋に注射しつつ、セーラと城ヶ峰の武器ケースを足で蹴飛ばして、遠ざけてもいる。
少なくとも降伏するつもりはなさそうだ。
「……あのさ」
面倒くさそうに、セーラが不意に声をあげた。
首だけ、わずかに傾けて城ヶ峰を振り返るような素振りをする。
「亜希。その喋りながら戦うの、どうにかならないか? 後ろで名前呼ばれたりすると、すっげー気が散るんだけど」
当然、これもわざとだ。セーラは城ヶ峰や印堂ほどアホではない。
このあからさまな隙、というか挑発に、西洋剣の使い手は反応せざるを得ない。
一対二で、この状況。
たとえ誘いだとしても、活路がそこしかなさそうなら、頑張ってみるのも悪い判断じゃないだろう。
だが、無理だ。セーラは未熟者ではあるが、そこまで甘くない。
なにしろ教師が超一流の勇者だからだ。
油断なく振り返り、西洋剣をかわして間合いに入る――剣技の変化で対応される前に、城ヶ峰も突っ込む。
マジで恐怖心ゼロ。
捨て身で戦うことに関しては、城ヶ峰はまあそこそこの連携ができるようになってきた。
城ヶ峰は突っ込みながら、姿勢を低くして足払いのような技をかけた。
実際には速すぎてよく見えない。
「《可憐なる雷》、城ヶ峰亜希! 見参!」
「何度言うつもりだよ、それ」
城ヶ峰が怒鳴ってセーラがぼやく。
両手剣の男は苦し紛れに反撃しようとした――とはいえ、そこでもう勝負はついていた。
なにしろ相手は尾行係に任命されるようなやつで、両手剣の使い手。
《E3》の使用も一番最後で、ためらいが見えた。
戦闘向きのエーテル知覚ではないし、腕前にも自信はない。セーラが片づけたやつの弟分という感じだろう。
これ以上は、見届けても面白いものはなさそうだ。
「すごいですね」
俺の隣で、トリスタンが声をあげた。
馬鹿馬鹿しくて、俺は肩をすくめる。
「どこがだよ。あいつらの手口はまだまだ半人前もいいとこだろ」
「でも、去年の秋ごろは四分の一人前ってところでしたからね。家庭教師の方が優秀なんでしょうね」
「やめろ」
「武器なしで完封勝ちができるなんて、成長してますよねえ」
「黙れ。不愉快なんだよ」
友達でもなんでもないやつに露骨なお世辞を言われると、ものすごく気分が悪い。
俺はトリスタンを睨んだ。
「印堂と《勇者狩り》のこと、教えてやろうかと思ったけど急にその気が失せてきた」
「それは困ります。ぜひ伺いたいですね。土下座でもなんでもしますよ」
「ずいぶん必死じゃないか」
「それはもう。私、命を狙われていますからね」
そういえば、こいつは昨日、「護衛」がどうのこうのと言っていた。
ちょっと引っかかる。
「狙われてるって、誰からだよ」
「わかりません」
「そりゃそうか。お前は世界一の人殺し暴力集団、円卓の騎士だもんな。誰からどんな恨みを買ってるかわかったもんじゃない」
「一理ありますが、そういうことでもないんですよね」
俺の嫌味はほとんど意味がなかった。仕方がない。
さすが円卓のやつらのメンタルは、人殺し扱いされたくらいで傷ついたりしない。
「アーサー王の予言ですよ。私の命を狙っている者がいる、と。それが髑髏のお面をかぶった連中だそうなんですよね」
「なんだあいつら、円卓に戦争でも仕掛けるつもりか。そりゃいいな」
俺は正直に笑った。久しぶりに聞いた愉快な話だった。
だが、トリスタンは真面目に、かつ爽やかにうなずき返してきやがった。
「たぶんそうなんじゃないかと思っています。私もガウェインも同じ意見で、探索方のボールズなんかはもっと細かく掴んでいるでしょうね」
「ああ――いや、待て」
俺はそのあたりで、ようやく思い当たった。
勇者狩りのこと。
砕かれた半分のドラゴン。
俺がこの前遭遇した髑髏野郎は、魔王を殺した――なぜか?
あれは《勇者狩り》という名前や風評からは違和感しかない殺人だった。
勇者以外も場合によっては殺すとなれば、その動機は?
何が目的なのか?
勇者と魔王を結び付ける、共通の線なんて、俺には一つしか思いつかない。
「つまり《勇者狩り》が標的にしているのは、お前たちなのか?」
円卓財団とは、アーサー王を頂点とする組織だ。
それはすなわち、勇者と魔王業界を牛耳る《半分のドラゴン》の組織と言い換えることもできる。
「そうなりますね、おそらく。殺されているのは全員、《半分のドラゴン》の一員としての顔を持つ勇者、もしくは魔王ばかりです」
トリスタンは事も無げに認めて、少しだけ唇をゆがめた。
「問題は、誰がなんのために、という点です。円卓財団を――というより《半分のドラゴン》を敵に回そうなんて、ちょっと並みの発想じゃありませんからね」
それを俺に聞くか、こいつ。
俺は心底不愉快になってきて、トリスタンから目を逸らした。
「知るか」
「ひどいな。これでも褒めてるんですよ。どんな相手が我々を狙うと思います?」
そんな質問に答えてやる義理はない。
だが、一つだけ言っておきたいことがある。
「お前ら、嫌われすぎなんだよ」
結局のところはそれに尽きる。
「自分たちが思ってる百万倍は恨みを買ってるんじゃねえのか」
言いながら、俺は嫌な顔を思い出している。
《嵐の柩》卿。
俺が知る限り、唯一本気で《半分のドラゴン》に喧嘩を売った魔王のことだ。
同じ立場についた者同士、何かわかるかもしれないと思い、同時に絶対に遭いたくないとも思った。
不吉なことを考えてしまった。
そして、こういうときは思わずにいられない。
不吉な考えというのは、不吉なことを呼び寄せる。
「マジか」
俺は思わずうめいた。
俺のスマートフォンが振動し、登録した覚えのない名前――すなわち元・《嵐の柩》卿こと、オリエからの着信を告げていたからだ。
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