第2話

 一流の勇者たる者、常に秘密の小部屋の一つや二つは持っておくべきだ。

 人に聞かれたくない話をするときや、緊急事態で身をひそめるときなんかは、特にそういうのが必要になる。


 もちろん俺も持っている。

 駅から少し離れた雑居ビル『アーバン・ノジマ』の三階だ。

 あまり趣味のよくないソファや調度品が気になるが、まあ落ち着ける場所ではある。


 もともとは、このフロアには駆け出しの魔王が事務所を構えていた。

 その事務所に忍び込み、魔王とその構成員を三人くらい殺したら、それから自由に使っていいような感じになった。


 少なくとも文句は言われていない。

 仕事を済ませた後、オーナーとも一度だけ話はしてある。

 むしろビルのテナントで入っている事務所からは、感謝とかされてもいいくらいだろう。治安維持に貢献したというやつだ。


 部屋で話をするのも、アカデミーに連行されるのも絶対に御免だった俺は、ここでの会談を強硬に主張した。

 そして勝利を収めたのは、なかなかの快挙といっていいだろう。

 城ヶ峰やセーラの面倒くさい訴追を振り切ったのだから。


「……まあ、だいたいお前らの話はわかったけど」

 と、俺はデカすぎるソファにもたれかかりながら、やつらの話を聞き終えた。


「アカデミーの寮って、生徒が一日帰ってこなかっただけで大騒ぎする場所なのか?」

「そりゃそうだよ」

 セーラは露骨に呆れた顔をした。

「訓練のある日は朝に集められて点呼するし。休日はユルいけど、いまは期末試験前だし」


「そうです、師匠!」

 城ヶ峰はテーブルに身を乗り出し、ぐっと拳を握って見せた。

「雪音の身柄も心配ですが、彼女がいなければ我々のチームは試験失敗間違いなし! そもそも人数が足りなければ考査の対象にもなりません!」


「そんなこと言ってもな……」

 俺はミネラルウォーターを一口だけ飲む。

 頭の一部が、まだ眠い。こんな朝早くたたき起こされたせいだ。


「印堂だって犬や猫じゃないんだし、出かけたくなる時もあるんじゃねえの。そのうち帰ってくるだろ」

「その言い方がもう、野良犬や野良猫に対する感じじゃん……」

 セーラは髪の毛をしきりと指でつまんだりひねったりする。

 たぶんこいつが落ち着かないときにやる癖の一種だろう。いままでにないパターンの不安挙動だ。


「師匠、セーラの不安も理解してあげてください」

 城ヶ峰まで、いつもの真面目くさった顔でうなずいた。

「雪音の身が心配なのです。お菓子で釣られて知らない人に誘拐されたり、道に迷ったり、何か危険犯罪に巻き込まれていたり……そういう可能性もありえます」


「幼稚園児か。どっちかっつーとそれはお前だろ」

「しかし、師匠! こういうときこそ、保護者である私と師匠がしっかりしなければ! 雪音に万が一のことがあったら――」

「不愉快だから俺を保護者枠に組み込むな。お前も別に保護者じゃねえよ」


 すごく具合が悪くなってきたので、片手を振って城ヶ峰の言葉を遮る。

 印堂だって、城ヶ峰にそんな心配はされたくないだろう。

 見た目で誤解されがちだが、印堂はこの三人の中ではメンタル的には一番年上といえるのではないか、と常々思っている。


 印堂雪音は面倒なことには首を突っ込まない。

 だから、やつが戻ってこないとしたら――そう。何か目的、あるいは理由があるということなのだ。


(そうだ。あいつの昔の『教官』とかいうやつ)

 俺は横目に、さっきから黙ったまま薄笑いを浮かべている男を見た。


《トリスタン》ラムジー・ヒギンズ。

 こいつは興味深そうに、ただ俺たちの話を聞いていた。

 そして俺の視線に気づき、初めて声をあげた。待っていやがったみたいに。


「ヤシロさん。印堂さんのこと、何かご存じのようですね」

「まあ、予想ぐらいは」

「ぜひお聞かせ願いたいのですが。アカデミーとしては、生徒の失踪を放置できませんから。どのようなやり取りがあったのか、ぜひお願いします」

 依頼するような口調だが、その陰には露骨に公的権力をちらつかせてきやがる。


 言わなきゃ警察かどこかに連絡するつもりだ。

 だが、アカデミーだってそんな面倒ごとを起こしたくない――内々で処理したい。

 ゆえにこれは妥協を含めた取引の持ちかけだ。くそ。これだからアカデミーのやつらは嫌いなんだ。


「昨日、印堂と話したことがある。帰ったらあいつが勝手に部屋に上がり込んでたんだ。で、仕方なく映画見ながら――」

「え、映画?」

 セーラが目を丸くして、中途半端に立ち上がろうとして腰を浮かせた。


「映画とか二人で部屋で見る感じなのかよ! え、それはどうなの? 私らぜんぜんそういうの聞いてなかったんだけど!」

「そりゃ話してねーよ、家を突き止められてるのは伏せたかったんだから」

「いやいや! 話がだいぶ違ってきてるじゃん! 雪音が部屋に勝手に上がり込むだけじゃなくて、なんかそれってさあ!」


「落ち着け、セーラ! 話が進まないため、いまは師匠の話を落ち着いて聞くんだ!」

「あっ、てめー亜希! 人の動揺を見て冷静になるのやめろ!」

「マジで話が進まねーから続けるわ。そのとき印堂が言ってたやつな」

 セーラと城ヶ峰の話には付き合っていられない。

 トリスタンの手前、俺が未成年略取の類の犯罪にかかわっていると思われたら心外だからだ。


「あいつは『勇者狩り』の髑髏面野郎に心当たりがあるらしい」

「ふむ?」

 これには、トリスタンがやや強めの反応を見せた。

 わずかに身を乗り出すのがわかった。


「ヤシロさん。その話、大変興味深いですね。もう少し詳しくお願いしたいところなんですが」

「あー……まあな」

 トリスタンは窓の外に目を向けた。

 もちろん俺も気づいている。やつに促されるまでもない。


「人を呼んだな、あいつら」

 俺は立ち上がり、窓際に寄る。こっそりとそれを見下ろす。

 この部屋を見上げられるような位置取りで、路上に数人の影。とりあえず四人か。


「どいつもこいつもカタギじゃねえ目つきしてるし、銃とか剣とか持ってるなあ」

「師匠! どういうことですか!」

 城ヶ峰はアホなので、堂々と窓から下を覗き込んだ。


「あの方々が、なにか?」

「お前ら尾行されてたんだよ。俺の部屋に来る前からだな」

「え」

 セーラの口が半開きになった。明らかな緊張がみなぎるのがわかる。

「マ、マジで? そうなの? トリスタン先生、それってどういうこと――なん、ですか!?」


「……セーラも気づいてなかったパターンかよ。おい、トリスタン! てめーふざけてんじゃねーぞ!」

 俺が睨むと、トリスタンは爽やかに笑ってみせた。

「いや、すみません。私もぜんぜん気づきませんでしたよ」

「嘘つけ! 俺を巻き込むためにわざと連れてきただろ!」

「ですよね。もちろんバレますよね」


 ――でも、どうしようもないでしょう?

 そう言わんばかりの顔でトリスタンは立ち上がる。いつの間にか、剣を収めたケースを開いていた。


「やりましょうか、ヤシロさん。実力を拝見させてください。私も勉強させていただきます」

「やだ。俺は絶対にやらねえぞ」

 俺はせめて抵抗することにした。

 セーラと城ヶ峰の足元に転がっていた、黒いケースを拾う。


「これ、お前らの剣だよな」

「はい、師匠! 私の愛剣『グリーフベイン』と、正義の盾『ランパート』を収めており――」

「そうか」

 城ヶ峰の方は、盾を収納しているせいかバイオリンのケースみたいにでかい。セーラの方はほとんど筒状だ。

 わかりやすい。


「それじゃ、シチュエーション設定するぞ」

 俺は二つのケースを抱えて窓を開ける。

 勘のいいセーラは慌てて俺の肩を掴もうとした。

「――待った! センセイ、もしかして!」


「いや、待たない。正直、今朝起きた瞬間からイライラしてるんだ」

 城ヶ峰とセーラのケースを、二つとも窓から投げ落とす。

 路上にいた尾行者どもが、驚いたようにこちらを見上げて何か叫んだ――が、一番デカい声で叫んだのはセーラの方だ。

「ああーーーーっ! 武器が! 私らの!」


「なるほど、そうきますか」

 さすがにトリスタンは笑って手をたたいた。拍手するように。

「なかなかきっちりした教育方針ですね」

「黙れ。……とにかく、これが今回の設定だ」

 俺はセーラと城ヶ峰に向き直る。


「武器を奪われた間抜けな勇者見習い、二名。やつらを上手いこと倒して取り戻してこい」

「そ、そんな、フリスビーとってくる犬じゃねえんだから……!」

「はい、師匠!」

 露骨に青ざめた顔をするセーラとは対照的に、城ヶ峰は敬礼の真似事までした。


「不肖、城ヶ峰! 必ずやこの修行を全うしてご覧にいれます!」

「亜希……、いや、あの。もうやるしかないんだろうけど……センセイは?」

「絶対やらない。根本的にこの問題はお前らのせいだからな!」


 俺は断言して、最後にトリスタンを振り返った。

「ほんといい加減にしろよ。俺を舐めてるのか? 円卓相手だからって、俺が手も足も出ないと思ってないか?」

 魔王ほどじゃないが、他人から舐められたら、勇者という商売はやっていけない。

「いま、この場でやるか? 円卓のやつが相手なら、俺はやってもいい気分だ」


「お断りします。私はたぶん負けるでしょうし、何より、私自身がヤシロさんと戦いたくありません」

 トリスタンは首を振った後、意外にも顔から笑顔を消した。


「失礼な手段となってしまい、申し訳ない。ですが、なんとしてもご協力をお願いしたかったんです」

「じゃあ頼み方ってのがあるだろ」

「おっと。では、下手に出れば受けてくれましたか?」

「お前らの頼みなんて聞くか。失せろ」


「では、やはり」

 ムカつくほど爽やかな笑顔はすぐに戻った。

「《死神》ヤシロの助力を得るには、これしかなかったというわけです。私個人としては、ヤシロさんと友達になりたいくらいなんですがね」

「嫌だね、バカめ」

 それこそ、絶対にお断りだ。

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