第6話
意味不明なことが起きたときは、《グーニーズ》に行くのが一番だ。
《グーニーズ》は渋谷の片隅にある、いかにも冴えない雰囲気のバーだが、特徴が一つ。
月曜日には「勇者専門」、「堅気の客はお断り」を公言しているということだ。
店の見た目はまったく流行っていないように見えるし、食レポ関連のレビューサイトの評価は壊滅的。
しかしこの俺をはじめとして、客としてやってくる勇者がまさに超一流、知る人ぞ知る名店といっても過言ではない。
最近ではサインでも飾ってやろうかなと思っているくらいだ。
そんな店だから、情報収集をするにはちょうどいい。特に今日は、わけのわからないことが立て続けに起きすぎた。
髑髏の仮面ども、燃える顔のやつ、生首の魔王。
それに砕かれた《半分のドラゴン》のバッジ。
はっきり言って混乱してきた。
情報はレンガのようなものだ、集まらなければ推理は組み立てられない。
かの有名なロンドンのアーサー王、《探偵勇者》ことコナン・ドイルもそう言っていた気がする。
――というわけで俺は『グーニーズ』を訪れたわけだが、この夜、店にいたのは顔見知りの二人。
《ソルト》ジョーと、《二代目》イシノオだった。
「ああ。髑髏のお面な。あのクソダサい連中」
と、《ソルト》ジョーの方はなんだか知っている風な口を叩いた。
「しかし、有名になってきたもんだな。そりゃ勇者狩りだろ?」
言いながら、ジョーはビールを大きく呷る。
相変わらずひどい人相の男で、スキンヘッドのゴリラにしか見えないやつだ。
夏場のこいつは常に黒のタンクトップを着て歩き回り、隙を見せるとご自慢の筋肉を見せつけてくる。最悪だ。
目の前にいるこっちは暑苦しくてたまらない。
「なんだよ、あの髑髏。有名なやつか?」
「少しはな。オレほどじゃねえけど」
「わかるぜ。サングラスかけてるゴリラなんて滅多にいねえもんな」
「あ? 口先だけの貧弱チキン野郎が、超一流の勇者をディスってんのか?」
「いやいや、ジョーが一流なら俺はもはや殿堂入りしてる頃で――」
「……やめてくださいよ、二人とも」
俺とジョーの無駄口が過熱しかけたところで、《二代目》イシノオが生意気にも口を挟んできた。
「二人のそれって、ほんとマジで際限ないんスから。そんなことより勇者狩りってなんです? ぼく、初めて聞きましたよ」
「そりゃ鈍すぎるぜ」
ジョーは自慢げに鼻で笑った。ちょっとムカつく。
「どうやら、このネタはオレのような事情通しか知らねえらしいな」
「何が事情通だよ、お前のジャングルのお友達が教えてくれたのか? それとも動物園の飼育――」
「ヤシロさんストップ、やめてください! 話聞きたくないんですか!? ジョーさんは事情通ってことでいいっすから!」
俺の横槍を遮るとは、《二代目》イシノオめ。このビビり方といい、こいつの方が貧弱チキンだ。
後でバカにしてやろう。
「教えてくださいよ、ジョーさん。勇者狩りなんてやつがいたら超怖いんスけど」
「勇者殺しを請け負う勇者連中だよ。髑髏面被った集団らしいぜ」
ジョーが言う、そんなやつら自体は珍しいものじゃない。
魔王より勇者を暗殺する方がずっと簡単だ。《E3》を使っていないときに仕掛ければいい。
主に魔王からそういう依頼もある。
ただ、それを専門にメシを食っていくのは難しい。
魔王殺しと違い、公的機関から懸賞金が支払われるみたいに、常に需要がある仕事というわけじゃないからだ。
魔王からすれば自分を狙う殺し屋なんて、片っ端から絶滅させない限りどうしようもない。
せいぜい状況次第で特にヤバイやつを消すくらいのものだろう。
――だが、髑髏の面の連中は違うらしい。
「勇者殺しを専門に扱うビジネスなんだってよ。まあ斬新だが、儲かるのかね?」
「儲かるからやってるんじゃねえの」
ジョーの疑問に、俺は当たり前のことを答えた。
問題は、誰がそいつらに依頼しているのか? あるいはスポンサーになっているのかということだ。
そこのところがわからない。
それに、と、俺は昼間の一件を思い出す。
「気になるな――あいつら、魔王も殺してたぜ。勇者専門って話はどうしたんだよ」
「ああ? そりゃ殺すだろ。魔王殺せば金になるんだから。ついでだよ、ついで」
ジョーはバカにするように言ったが、それはあり得ない。
金を稼ぎたいなら、魔王の首くらい持っていく。やつらは残した。
つまり、魔王殺しには別の意味があるのではないか?
たとえばスポンサーの意向。髑髏面どもが勇者殺しを仕事にしているのなら、雇い主みたいなやつがいるはずで、標的にもその意図が働いているはずだ。
(となると、手がかりは)
俺はポケットの中で、金属の欠片を指で探った。
昼間の一件の現場で拾ったやつだ。砕けた怪物の顔。《半分のドラゴン》。
(それと、印堂だ)
あの後、現場から引き揚げることを優先して聞きそびれた。
俺が切り結んだ髑髏面の男に、印堂は見覚えがあったようだ。燃える顔の男。
やつにまず話を聞いてみるか。
いや、その前にジョーやイシノオに半分のドラゴンの話をしてみるか? 役に立ちそうにないからやめとくか?
そう考えていたところで、俺はスマートフォンの振動に気づく。
この着信パターンは、「CERO」――いわゆるSNSによるテキストチャット・アプリ――によるものだ。
半ば反射的に取り出し、メッセージの送り主の名前を見て驚いた。
《トリスタン》。
円卓の騎士の一人。アーサー王の手下で、城ヶ峰どもの学校の教師。
っていうかこいつ、俺のCEROアカウント知ってやがったのか。さてはセーラが教えたか?
「ま、てめえらはヘボ勇者なんだから、せいぜい気をつけるんだな。とくにイシノオ! 余計なことに首突っ込んでんじゃねえぞ。お前みたいなやつはすぐに死ぬって相場が決まってんだ――」
偉そうに講釈を垂れるジョーの声をBGMに、俺は《トリスタン》からのメッセージを確認する。
胡散臭い笑顔のアイコンから発信されているのは、
『アルバイトをしませんか?』
という短い要請の一言。
『絶対いやだ』
と、俺が返信した直後に、矢継ぎ早に後続のメッセージが着信する。
『私の護衛をお願いします』
なんだそりゃ、と思う。
円卓の騎士が護衛を必要とする? どんな状況だよ。
ワケがわからないし、怪しすぎるのでまったく関わりたくない。マルタの持ってくる儲け話並みだ。
『城ヶ峰班は快諾してくれました』
『知るか』
『三人の進級ミッションの代わりにする条件です』
『余計に知るか』
『どうも命を狙われているみたいです。報酬は弾みます』
数秒、考えた。
といっても、引き受けるかどうかの話ではない。
どんな罵倒の言葉を述べてブロックするか、ということだ。
「おいヤシロ、なにやってんだよ。借金取りか? それとも弟子絡みか?」
「いや」
俺は結局、無言で《トリスタン》からのメッセージをブロックすることにした。
「知らないやつからのスパムだった」
「じゃ、問題ねえな」
ジョーはにやりと笑ってカードの束を突き出した。
《七つのメダリオン》。
俺たちのような超一流勇者の間で、いま最もアツいカードゲーム。
ビールとピザ、それからカードゲーム、これさえあれは俺たちの生活はだいたい満ち足りていた。
「やろうぜ。新しい作戦を考えたんだよ」
「何が作戦だ、またキングに影響されたんだろ。叩き潰して――おっと」
カードを取り出そうとしたところで、またスマートフォンに振動。
おかしい。《トリスタン》のやつは確実にブロックしたはずなのに。
まさかあいつはアカウントを複数持っているのでは?
しかし、画面を見て俺はさきほど以上に驚かされることになった。
それも二重の意味で。
「印堂?」
確かにそれは印堂からのCEROメッセージだった。
まさか。
あのロクに電子機器を扱えない印堂が、ついにスマートフォンのアプリでメッセージを送るなどということを成し遂げたのか?
『きょうかんのいえ』
どうやらまだ漢字変換をするだけの技術力はないらしく、全部ひらがなだった。
そこのところが恐怖を煽る。
『ついた』
なんだと? 俺は一気に背筋が冷えた。
『けど、いない、まってる』
「――おいおいおいおいおい」
俺は思わず立ち上がった。勿体ないのでビールは飲み干す。
やはり致命的で、あまりにも迂闊だったのだ。
印堂に自宅を知られてしまったということ――その恐ろしさを、俺はいま実感として味わっていた。
立派なホラーだ。
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