第5話
炎が爆ぜるのは一瞬だ。
すべて見えていた――その射程も、炎でゆらめく空気も。
膨れ上がって破裂する、その一瞬で横にステップした。
俺にはそれができる。ぎりぎりで避ける。混雑する駅で、向かってくる人間をすり抜けるように。
もう俺の間合いだ。
バスタード・ソードを両手で握り、叩きつける。
ぎっ、と、やや鈍い衝突音。
「この距離で俺とやろうってのは」
互いの剣がバインドする。
うまく刃を引っ掛けることができた。
「さすがに無茶だ。そう思うよな?」
これは別に、マジで誰かに質問したわけじゃない。
少しでも相手の気を散らそうとしただけで、バインドしながらの技に移る。まさしく俺の勉強した剣技の真骨頂。
ここから俺に勝てるやつがいたら『グーニーズ』に連れて来い、というところだ。
全員で袋叩きにしてやる。
それはともかく、俺は体を押し込む。
こちらは両手、相手は片手――こんなのは子供の手を捻るようなものだ。
相手の剣を押さえつけながら、こちらは刃を滑らせ、喉を突きに行く。力で勝っているならば、相手の剣を恐れる必要はない。
こちらの突きが通る。
普通ならば。
「お」
その瞬間、俺は見た。
髑髏面野郎は空いた片手で、自身の剣に触れた。意図はすぐにわかった。
かっ、と、触れた場所に小さく赤い閃き。
火が灯る。
「おおっ。てめえ、マジか!」
炎があふれて、相手の剣を覆った。燃え移るように炎が走る。切っ先まで――マジか。刀身にガソリンでも塗ってんのか、こいつは。
そんなはずはない。落ち着け。
俺はすぐに判断した。
剣を引き、バインドを外して飛び下がる。
「そうか。下がるか」
髑髏面の男の声に、わずかな警戒が滲んでいた。
踏み込んでくる。
「冷静だな。それで正解。実はすごく強いのか、あんた?」
空気を裂いて、軽い斬撃がやってくる。
まるで扇子でも振り回しているような軽さだ。片手剣はこれが困る。しかも刀身を覆った炎が鼻先をかすめてくる。
それでも俺はすごく強いので、三度くらい避けた。
ビルの壁際に追い詰められた四度目は、バインドで防御するしかなかった。
そして俺はまた見た。
髑髏面野郎の片手剣と絡み合った瞬間、今度は俺のバスタード・ソードに炎が引火するのを。
「だと思ったよ! 畜生!」
仕方がない。俺は奥の手を使うことにした。
力づくで相手の剣を抑えつつ、炎が柄に迫る前にカタをつける。
強引に押し返す――ふりをして、相手が反射で押し返してくる勢いをそらす。決定的な隙を作り出す。
俺の師匠は、これを《寄せ》の技と呼んでいた。
必殺の型、といってもいい。初見なら確実にひっかかる。
このときもうまくいった。
途中までは。いや本当に、あとちょっと。
俺の剣は、体勢を崩した相手の頭部を砕きかけていた。
バスタード・ソードの刃が髑髏の仮面を半分だけカチ割ると、明らかに不健康そうな、陰気な目つきがむき出しになった。
その顔面が燃え上がった。
俺の剣の直撃を避けようと、首を捻ったときだった。
「うお!」
俺はバスタード・ソードも手放して、後退するしかない。
我ながら見事な判断力だったと思う。
「あ」
髑髏面野郎は、すさまじい悲鳴をあげてよろめいた。
転げまわらなかった根性を褒めるべきか。
「ああああああああ! ああっ! おおおおっ!」
涙交じりの悲鳴。泣き声に近い。いまやその顔全体が燃えていた。髑髏の面が焦げていく。
俺は追撃できなかった。
足元でバスタード・ソードが燃えていた。触れば燃え移る。そういう性質の炎だということは、推測がついていた。
そうでなければ片手剣で俺には挑むまい。
「くそ」
まさにこれぞ本物の『燃える目』で、やつは俺を睨んだ。
いくぶん炎が収まりかけていたが、皮膚は焦げ、眼球がじゅうじゅうと音を立てて焦げているのがわかった。超怖い。
どういうエーテル知覚だよ。
「しくじった――けど、その顔。その剣は覚えた」
結局、それが捨て台詞になった。
最初は千鳥足で、三歩目からは弾丸の速度で走り出す。さすが《E3》。
路地の隙間を猿のように跳ねて、すり抜けていく。
「誰が逃がすか。印堂!」
俺は傍らの少女に声をかけた。
このために温存していた――追撃を確実にかけるために。
「やれ!」
このとき俺はいつものように、短いが迅速な返事が返ってくると思っていた。
それが何もない。まったくの沈黙。
だから、完全に追撃し損ねた。
「印堂! 寝てんのかよ、おい!」
俺は顔をしかめて振り返る。
そして気づいた。
彼女の様子は、明らかにいつもと異なっていた。
「……おい?」
こんな印堂の顔は初めて、いや、久しぶりに見た。
立ち尽くす印堂の、瞳孔がすっかり開いている。
この顔。
あれは確か、《嵐の柩》卿のくそったれパーティーに紛れ込んで、めちゃくちゃなことになったとき。あるいは北海道に行ったとき。
見た記憶があった。
「どうした? あいつ――」
俺は路地を指さした。髑髏面は逃げ去って、もう後姿さえ見えない。
「あいつ。お前の知り合いか?」
「……わからない」
案の定、印堂はまったくアホみたいな答えを返してきた。
「わからないじゃねーよ、ちゃんと言えよ。なんでそんな驚いてんだ」
「たぶんの話、でもいい?」
「いいよ、違ってても別に怒らねーから。半端に黙るなよ」
「うん。じゃあ」
印堂は眉間にシワを寄せ、路地裏を指さして首を傾げた。
「……あれは、教官?」
「ああ?」
なんだそりゃ、と俺がさらに質問を続けようとした時だった。
「師匠!」
こういうとき、決まって邪魔をするのは城ヶ峰だ。
やつは非常階段の手すりから、こちらを見下ろして手を振っていた。
その横ではセーラが憮然とした顔をしている。ひどく疲れたような表情だった。
「師匠、やりました! 不肖、この城ヶ峰! 髑髏の仮面の不届き者どもを成敗し、完全! 完璧! 完膚なきまでに撃退しました!」
「……完膚あるだろ。それ、逃がしたっていうんだよ」
セーラが呻くように指摘し、表通りの方を指さした。
「センセイ。警察来てる。逃げる……よな?」
「当たり前だ」
俺は最後に地面を見た。
焼け焦げた死体。勇者たち。魔王の眷属も。あとは魔王の生首――《蹉跌する泡》卿。
それと、踏み砕かれた小さなバッジがいくつか。
意図的に破壊されているのは明らかだ。
とある怪物の顔を模したそれを、俺は知っている。
半分のドラゴン。
これはもしかすると、少し面倒なことになるかもしれない。
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