第4話

 勇者が活動をするとき、顔を隠したいと思うケースは多い。

 顔を見られていいことは一つもないからだ。


 俺だって街中でターゲットに近づく必要のある、こういうとき以外ならば、仮面や覆面をすることもある。

 だが、それにしたってセンスというものがあるだろう。

 髑髏の仮面は俺が知る限り最悪だ。

 せめて銀行強盗みたいな目出し帽でも被っておけといいたい。


「なあ。あのアホみたいな髑髏の仮面のやつ、お前らが見た別勇者のパーティーか?」

「いえ!」

 城ヶ峰が真っ先に答えた。

 瞳が怒りと使命感みたいなもので燃えている。迷惑だなあ、と俺は思う。

「あのような者はいませんでした! 先ほど、魔王を追ったはずの勇者たちに何があったのでしょうか? もしかしてここにある焼死体は――この状況、まさか。私の推理では」


「推理するまでもねえだろ。こういうときは、だいたい――」

 こういうとき。

 つまり、死体があちこちに散らばっていて、その中に一人だけいかにも怪しい生存者がいるとき。

「あのアホ髑髏が何もかもやったに決まってる。ってかお前、何か聞こえるか?」

 城ヶ峰のエーテル知覚のことを言っている。

 初遭遇の相手には抜群のアドバンテージを得られるのが、こいつの数少ない長所の一つだったはずだ。


「すみません! この距離では少々厳しく――」

 城ヶ峰はこめかみに指をあて、集中しようとしたらしい。

「周囲の雑音も過密です。もう少し近づく必要があります!」

 なるほど。ここは地上五階。多少は距離がある。


「……それ、やめといた方がいいかもよ」

 セーラは顔をしかめ、明らかに腰の引けた発言をした。

「すごく危険だ。あいつ。この距離でもわかる。とっくに間合いに入ってるっていうか、そんな系統の感覚」


「馬鹿か。勇者の仕事だ、危険があるのは当然だろ」

 一方的に虐殺できるのは、いつも魔王の側だ。

 俺だってできればそっちがいい。

「そこを潜り抜けて体にヤバさの度合いを叩きこむのも、お前ら――特にセーラ。お前がやるべきトレーニングだからな」

 セーラのエーテル知覚。脅威を知覚する力は、三人の中で最も発展途上だ。

 その認識の仕方も曖昧で、実戦的なレベルでは役に立たないと言ってもいいだろう。


「なあ」

 俺は無造作に階段を降り始めながら、髑髏の仮面に向かって声をかける。

「お前のその絶望的なセンスのお面、どこで買ったんだ? ドンキだろ? ちょっとは見た目に気を遣えよ、勇者のイメージが悪くなるだろ」


「ああ――勇者? 勇者か」

 以外にも、髑髏の仮面の男は返事をした。

「ぼくが思うに、あんたらは多すぎる。次から次へと際限なく湧いてくるのは、なんなんだ? どういう理屈だ? 外来種の昆虫か?」


 やや不愉快そうではあったが、ぺらぺらと喋りだす。あんな見た目をしているくせに、コミュニケーションをとるつもりがあるとは驚きだ。

 しかも一人称が『ぼく』ときた。

 思わず笑ってしまいそうだ。


「――ぼくが思うに、どこかの誰かが放流してるんだ。ろくでもない誰かが。そう思うだろう?」

 あるいは、この髑髏の仮面。意外におしゃべりなやつなのか。尋ねてくる。

「あんたも、勇者だよな」


「だったらなんだよ」

 俺はあえて焦らすように、階段を下りるペースを落とした。相手を観察する。

 身長は俺の方がでかいと思うが、そう大差はない。右手には武器。両刃の西洋剣――片手で扱うやつ。

 片手を使って発動する強力なエーテル知覚持ちか、ナイフの類でも隠し持っているのか。

 足元に転がる死体を見るに、たぶん前者だろう。

「そっちも勇者だろ。こんなに派手に殺してんだから」


「ああ。ああ――」

 髑髏の仮面の男は、自分の頭を押さえた。痛むのか。

「そうだろうね。反吐が出る。自分でやっておいて。バカバカしいよね?」


 疑問形だが、答える義理はない。


「印堂」

 だから俺は名前を呼んだ。

 ぴったり後ろからついてくる、小柄な彼女が最も早く反応するだろうと思っていた。

「ちょうどいい相手かもしれないぞ。やっていいけど、エーテル知覚はナシな」


「ん」

 印堂は即座に跳んだ。

 手すりを蹴って一回転か二回転。ナイフを振るって、髑髏の仮面に襲い掛かる。


「たぶん強いから工夫しろ。バインドを活かせ。刃先だけに頼るな」

 俺のありがたいアドバイスは届いたかどうか。

 印堂のナイフは髑髏の仮面の額を割ろうとして、たやすく防がれた。当たり前だ。続いて印堂は足元を狙おうとして――蹴り飛ばされた。


「ああ」

 と、呻いた髑髏の仮面は、俺から視線を外さない。印堂を追わない。

 なかなかやる。そうだ、印堂よりもはるかに危険なのが俺だ。印堂を片手間に捌くつもりらしい。


「なかなか、やるね」

 呟く。地の底を這うような響きのある、嫌な呟きだった。

「あんたが仕込んだのか、この子は」

 再び地を這うように仕掛ける雪音を、片手剣で捌く。もう片手はフリーだ。左手のひらを開閉している――そこのところに、俺は言いようのないヤバさを感じた。

 なにかある。


「雪音!」

 城ヶ峰が叫んだ。

「炎だ! 避けろ!」

 やつは片手剣と盾を構え、いまにも手すりを飛び越えるところだった。放っておけば印堂に加勢する寸前の姿勢。

 その首根っこを、セーラが掴んだ。


「バカ。亜希、やめろ!」

 やつはさすがに察知している。脅威を知るエーテル知覚がある。

「上だ! 来るぞ、私らもヤバいっ……!」


「城ヶ峰、セーラ」

 俺は残りの二人に声をかける。

 俺もとっくに気づいていたからだ。視界の端。両側のビルの屋上から飛び降りてくる、また別の人影。


「お前ら、あいつらの相手な」

 いずれも髑髏のお面をかぶった、小柄な人影が二つ――いや、三つはいるか。

 ずいぶんな大所帯だ。

 こいつら、こんなセンスのないお面をよくもまあたくさん用意したものだ。


「思ったより」

 俺は一度だけ二人を振り返って笑った。

「面白いことになったな。いままで退屈させて悪かったよ。レッスン開始だ! そいつらを捌いとけ!」


「こ、この」

 セーラの顔が引きつるのを、俺はかろうじて見た。

「ぜんぜん面白くねえよ! なんだこいつら!」

「いやっ、セーラ! これこそ師匠の信頼! 私たちなら乗り越えられると信じての試練に違いない!」

 城ヶ峰は盾を掲げて、頭上から殺到する一撃を防いだ。

「師匠! こちらはお任せください! 正義の刃で切り伏せて見せます!」


「ま、適当に頼む。時間稼ぎでいい」

 応じながら、俺は階段を飛び降りることを選択した。

 攻めかかっていたはずの印堂が再び蹴り飛ばされたからだ――体重の勝負になると極端に不利だ。


「んんっ」

 印堂は呻きながら壁を蹴り、その勢いで奇襲を仕掛ける。左右の連撃。

 髑髏面の男は軽々とそれを捌く。片手だけで。


 本来なら、エーテル知覚を封じられているとしても、戦技と経験に長ける印堂がここまで簡単にあしらわれることはありえない。

 それでも押されている理由は二つ。


 一つ、やつが考えながら戦っているから。

 どうしても攻防のテンポが遅れる。

 脱皮しかけている蟹のような状態だ。本人も感じていることだろうが、一時的に弱くなっているようにすら感じられるだろう。


 二つ、――髑髏面の男が意外に強いから。

 少なくとも、印堂よりも。

 だから俺は動いた。そうしなければならないと判断した。こいつの相手は、訓練では済まないという予感があった。


 印堂の斬撃。

 防ぎ、火花が散り、高速で二度。三度。

 刃を絡めとるような反撃。


「う」

 印堂が苦しげに息を吐いた。

 左腕を深めに切り裂かれ、片方のナイフが飛んだ――髑髏面の男の、空いた左手が動く。とどめを刺すように伸びる。

 指先を捻る。


 それを、俺の斬撃が妨げた。

「おい」

 だが、予想外。

 完全に左腕を切断する勢いだったはずだ。それを回避されたのは、ちょっと信じられない。やるな、と言うしかない。

 実際、俺はそう口にした。

「ちょっとはやるな、お前」


 呟き終わる前に、俺は追撃を仕掛けている。

 足元をすくいあげるような切り上げ。これを避けずに受け止めてもらえれば、バインドからの技でケリがついていた。

 俺の獲物はバスタード・ソードで、両手分の力をこめられるだけ、こいつより有利。


 しかし、またしても目論見は外された。


「本当、うんざりするね」

 髑髏面の男は、俺から目を離さず飛びのいて、わずかに身を縮めた。

「このレベルの使い手が、二人」

 それから飛び出してくる。左手を掲げて。

「北でも滅多に見られない大漁ではあるけど」

 髑髏面の男の手のひらから、火が噴き出した。あるいは弾けた。俺にはそのように見えた。

 なんらかのエーテル知覚だろう。


 俺は体を捻ってかわした。俺のエーテル知覚ならばそれができる――つもりだったが、まばゆい炎の破裂で視界が遮られた。そこへ斬撃がきた。

 炎を突き抜けるようにして刃が伸びてくる。


 かろうじて受け止められたのは、他でもない俺だから。

 とはいえ体勢が不十分。

 

 体感時間を加速する、俺の無敵のエーテル知覚にも多少は弱点がある。

 視界を遮られていると、いくら時間をゆっくり捉えていても対応しきれない。即座の返し技は無理だ。


 防御。

 一瞬の手元の捻り――正直に言おう。俺の捌きが、相手よりも甘かった。

 刃のスライス。銀色の切っ先。首筋の皮一枚を切り裂かれる。


「……いまので終わらないか。なかなか強いな、あんたは」

 髑髏面の男は憂鬱そうに言った。

 よくもまあ、そんな感想を。

 俺は顔をしかめる自分を意識した。わざとじゃない。


 こっちのセリフだ、と言いかけたことが悔しかったからだ。

 こいつ、なかなか強い。

 俺とどっちが上だろうか、と、俺は思った。


「印堂」

 背後へ呼びかけながら踏み込んだ――前へ。相手の刃圏へと。

「こいつに俺が負けたら、すぐ逃げろよ」


 狙うのは相手の顔面で、左から引っ掛けるように刃を振るう。

 相手も似たような動き。片手剣をコンパクトに旋回させ、左手には炎。また何かエーテル知覚を使うのか。


 俺は、その炎に顔面から突っ込んだ。

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