第3話

 最初に突っ掛けたのは、小柄な女の方だった。

 体を縮めたかと思うと、一気に飛び出してくる。


 体重移動がほとんどなかった。

 地面を滑るような、異様な動きとスピードだった。たぶんそういうエーテル知覚なんだろう。


「じゃあ。こっち、私がやる」

 片手剣が上段から叩きつけられる――これに合わせて迎え撃ったのが印堂。カエルみたいに俊敏に跳ね、二本のナイフで片手剣を受ける。


「そっちは二人で十分でしょ。片付けといて」

 これは城ヶ峰とセーラに対するセリフだ。

 少しムカついたようだったが、さすがに言われるまでもなく、二人とも動き出している。


 印堂の言う通り。

 たぶん、この片手剣の女の方が強いのだろう。真っ先に攻めに回り、こちらの人数を一人減らそうとしたことから推測できる。


「任せておけ!」

 城ヶ峰は意気揚々と、姿勢を低くして突進した。

 出口を抑えて日本刀を構える年かさの男に向かって。

「《清楚なる業火》! この城ヶ峰亜希と、仲間のセーラが相手になろう!」


「さっきと名乗り変わってるし、こっちのオマケ感が半端じゃねえぞ……」

 文句は言うが、セーラは合わせる。

 城ヶ峰のシンプルな突きと同時、足元を狙った斬撃。脛斬りに近い。城ヶ峰の盾はセーラへの斬撃を妨げるような位置取りだった。

 これは捌きにくい。ちゃんとコンビネーションの練習はしていたようだ。


 だが、さすがに相手もそれだけでは崩れない。

「あ」

 城ヶ峰の間抜けな声。


 日本刀の男は跳び下がり、セーラの脛斬りを外した。

 同時に城ヶ峰が突いた剣の先端へ、日本刀の切っ先を触れさせる。軽いバインドの瞬間。そのまま擦り上げるようにして、刃を滑らせた。


 ききききっ、と、鋼が耳障りな音を立てる。

 そのままいけば城ヶ峰の喉か、少なくとも腕には届いただろう。この刃を伝った攻撃は盾で防ぎづらい。


「ちっ」

 セーラが舌打ちしながら刀を薙ぐ。

 年かさの男は無理をせず下がった。一瞬の間。


 この男も、まあそれなりには刀を使えるやつだ。

 城ヶ峰のエーテル知覚への対策として、バインドからの攻防はかなり有効だ。バインド状態からでは、相手の次の手が読めても動きをコントロールされてしまう。

 互いに手を握り合った状態にも似ている。


 だが、城ヶ峰とセーラは二人がかりだし、何より俺がちょっとだけ教えてやった分のスキルがある。

 これで負けたら罰金モノだ。


「セーラ!」

 怒鳴って、城ヶ峰は跳躍した。電気式ケトルが陳列されたデスクを蹴る。

 商品を蹴散らしながら相手の頭上へ――これぞまさに《E3》がもたらす身体能力。

「やるぞ! 《蒼き天馬の虹》の技だ!」


「え、あ?」

 セーラは眉をひそめながらも、とにかく動き出す。

「なんだそれ! 打ち合わせてないやつじゃん!」


 やはり意味は通じていなかった。

 とにかく上段から攻めかかる城ヶ峰に合わせて、セーラは胴薙ぎ。


 年かさの男は身を捻って城ヶ峰の斬撃を避ける。

 セーラの胴薙ぎを受けた――が、その瞬間に、城ヶ峰の盾で殴りつけられた。

 これはすごくシンプルな格闘技術の応用だ。利き腕でフェイントして、空いた手で殴る。

 盾を自分の腕の延長として扱うやり方は、そろそろいい加減にちょっとは覚えてきたらしい。


 また、セーラの日本刀が軌道を変えて跳ね上がり、年かさの男の前腕を浅く引き裂いた。

 顔を歪めて飛びのき、さらに距離を取る。もう背中が出口のドアにあたっていた。これ以上は下がれない。


 まあ、上々の結果ではある。こちらはもう数秒でケリがつくだろう。

 問題は――


「ん」

 印堂がかすかに唸った。

 明らかに苦戦している。理由は相手のエーテル知覚だ。

 小柄な女が炊飯器の一つを撫でるように触れる――するとその炊飯器が急加速して、ぶつかってくる。


 印堂はそれをかわすしかない。その隙に攻撃を許す。

 斬撃が袈裟懸けに。ナイフでは捌ききれない。二の腕を浅く切り裂かれた。


「んん」

 切り裂かれながら、印堂が気合いをこめて踏み込む。

 ナイフによる、コンパクトな左右の連撃。捌きにくい対角線を狙ったものだ。

 が、相手の離脱の方が早い。滑るような移動で、印堂の攻撃圏から退避する。


 典型的な劣勢。印堂は少しずつ削られている。

 もちろん、普段の印堂ならこうはならないだろう。

 ――その原因は一つ。

 やつにとって最大で、最強の札であるエーテル知覚が禁止されているせいだ。


「んんんっ」

 印堂がまた唸った。

 相手からの斬撃。防いでも、その体がよろめいた。

 わき腹を狙って、また別の炊飯器がぶつかってきたからだ。


 印堂が何かを訴えるように、横目で俺を見た。

 俺は首を振る。

「使うなよ」

 短く告げてやった。

「俺の指示が聞けないなら、もう教えることは何もない」


 冷たいかもしれないが、これは忠告だ。

 これを乗り切れないようなら、勇者なんてやるべきじゃない。

 というか、誰だって勇者なんてやらない方がマシだ。もう少しちゃんとした人生の過ごし方ってやつがあるだろう。


「……わかっ、たっ!」

 印堂は歯を食いしばり、体を伸ばしてナイフによる刺突。

 相手が離脱する速度に追いつこうとしたのだろう。

 だが、それは焦りだ。

 簡単に合わせられる。


「それを待ってた」

 相手が初めて喋った。

 傍らをすり抜けるようにして、斬撃。印堂のわき腹をかすめた。

 浅手ではあるが、動きを止めるには十分――そして、彼女の真の狙いは印堂ではない。


 俺だ。

「ああ。なるほど」

 滑るように突っ込んでくる相手に、俺は苦笑いをした。

 相手の行動は理解できなくもない。明らかに三人の女子より強い、師匠である俺に対しては、意表をつかねば倒せないだろうと。


 だから印堂の体勢が崩れた瞬間に、こっちに仕掛けてきた。

 ――あいにく、俺にはその手の奇襲は通じない。


「やめときゃよかったな。後悔してくれ」

 俺は片手に持った炊飯器を放り投げた。ぶつけるでもなく、ただパスするように。

 小柄な女は、半身になってそれをかわした。かわしながらの斬撃。だが、その軌道は限定されている。


 半身になった状態で、どれだけ自由な攻防ができるのか――

 せいぜい人体の可動域は半分程度になってしまう。おまけに相手は床を滑るように加速している。

 俺はそれを簡単に迎え撃った。


 振り下ろされる片手剣を跳ね上げ、刃を巻きあげるように一撃。

 鎖骨を砕く。

 血の飛沫。


「印堂」

 と、俺が言うまでもない。

 印堂が後ろから首を裂き、とどめを刺した。

 その頃には、城ヶ峰とセーラの方も片がついている。日本刀の男の脚を切り飛ばして、二人がこちらを振り返った。


「印堂」

 誰かが声を発する前に、俺はもう一度彼女の名を呼ぶ。

「そろそろわかってきただろ。エーテル知覚なしだと、お前は自分が思っているよりも強くない」


 印堂は何も言わなかった。

 ただ眉間にシワを寄せ、唇を噛んだ。うつむく。


「強くなりたいなら、ここをもっとしっかり使え」

 俺は印堂の頭をつついた。

「強いってのは、状況に適応できるってことだ」


「わかってる」

 印堂は生意気にも俺の手を掴んだ。

「だからちゃんと、教官の言った通りにしてる。エーテル知覚も使ってない」

「そりゃ良かった」

「それだけ?」

「他に何がある?」

「褒めてくれないの?」

「褒めたじゃん」

「頭を撫でてない」


 不満そうな声。そして殺人的な鋭い目つき。――頭を撫でて喜ぶのは、子供か犬か猿の類だと思っていた。

 こいつのメンタルはそのレベルなのか?


 そうして俺が逡巡したとき、ぐばん、という強烈な破裂音が外から響いた。

 爆音にも似ている。背骨を震わせるような、強い響きだった。


「急いだ方がいい」

 印堂は不満そうだったが、俺は断言した。

「魔王を殺せたら、いくらでも褒めてやるよ」

 結局のところ、それがすべてだ。勇者が目指すべきゴールはそれしかない。魔王の死。


「わかった」

 と、印堂は呟いた。

「絶対に忘れないで。覚えておいて」


「師匠! 雪音!」

 このときは、城ヶ峰が叫んでいた。

 非常口のドアを開け、セーラとともに外をのぞき込んでいた。

「大変です! これは――この。これは。あの」

 言いかけて首をかしげる。

「な、なんなんでしょう?」


「なんだ、あいつ」

 説明力に欠ける城ヶ峰はわかるが、セーラもまた似たようなものだった。

 青ざめた顔で、一歩あとずさりする。


 ――そして俺と雪音もまた、それを見ることになる。

 弾け飛んだとしか思えない、いくつもの死体。

 それから、魔王本人――《蹉跌する泡》卿の切り取られた生首。


 ついでに、生ぬるい夏の夕暮れにたたずむ、髑髏のような仮面の男を。

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