アヴァロンへの扉

レッスン1:周到な計画ほど役に立たない

第1話

 夏は苦手だ。

 勇者にとって、あまりいい季節ではない。かくいう俺も例外じゃない。


 理由は気温にある。

 といっても、ただ暑いから動きたくない、とかいう話ではない。

 そういう要素も大いにあるが、もっと実際的な問題だ。


 暑くなるとコートなんて着ていられない。そうすると武器の類を隠しづらくなる。

 我慢してコートやらジャケットやらを着たとしても、そんな不審者はそう簡単にターゲットに近づけない。

 魔王にしたって、暑い最中にあえてリスクを冒して外出なんてしない――普通なら。


 よって七月も後半になると「夏休み」を決め込んで、半ニートのような生活に入る勇者もいる。

 俺の勇者仲間である、《ソルト》ジョーや《もぐり》のマルタなんかがまさに典型だ。

 あいつらは気温が三十度に突入してからというもの、毎週『グーニーズ』で飲んだくれているだけだ。ろくに仕事をしていないのは間違いない。


 そう――本来なら俺も小旅行にでも出かける時期のはずだった。


 それがなんでこんなクソ暑い真っ昼間に、新宿の路地裏を歩かなくちゃいけないのか。

 理由は当然、あの三人の学生にある。


「教官」

 その原因の一人、印堂雪音が不意につぶやいた。

「そろそろ目的地? どのお店?」

 きょろきょろと周りを見回す。


 その顔に、今日はまったく似合わないサングラスが乗っている。

 一応は変装のつもりだと思うが、やはり止めておけばよかった。ハンチング帽を被っているのも違和感しかない。

 こいつは都市部での尾行というものを根本的に誤解している可能性がある。

 それか、なにかの映画の影響を受けすぎているか。


 とりあえず俺はため息をつくのを堪え、印堂にならって周囲を見回す。

「ええと、そうだな」

 ここら辺は新宿区でも有名な、大規模な家電量販店が立ち並ぶエリアだ。

 丸塚電気、LUB、フジタカメラ――その他にも色々。人通りも多いし、つまり暑さも五割増し以上。


 秋葉原にダンジョン街ができてからというもの、その代わりとなったかのように急激に発達したエリアだ。

 海外からの観光客もかなり多い。


「あれだな。丸塚電気」

 俺はそんな巨大家電量販店の一つを指さす。

 どこか不気味な、丸いスマイルマークが目立つ店だ。


「もうすぐ時間だ。見張りのアホ二人が間抜けすぎなきゃ、合図が来る」

 見張りのアホ二人の顔を思い浮かべながら、俺は注意を促した。

 本当のことを言うとかなり不安だ。

 主に城ヶ峰という名前のアホの方が。セーラを見張りに配置したとはいえ、やつが城ヶ峰を制御できる可能性は五分五分だろう。


「……本当に来るの?」

 印堂は俺の隣を歩きながら、疑問形を口にする。

「魔王が、ここに?」

「お前らが調べたんだろ。まあ、城ヶ峰のエーテル知覚で仕入れたネタだから気持ちはわかるけどよ」


 印堂の疑問はもっともだ。

 ただし彼女らの調査によれば、ターゲットである魔王――《蹉跌する泡》卿が、本日その店に現れるらしい。

 目的は家電量販店。


 どうやら《蹉跌する泡》卿の隠れた趣味で、やつは家電量販店に無類の関心を寄せているとのことだ。

 マジかよって感じではある。

 それでもやつの周辺を調べたところ、本日に外出の予定があるのは確実だった。

 護衛をずらりと引き連れて、ここにやってくるらしい。


 印堂たちの狙いは、それだ。

 魔王、《蹉跌する泡》卿を殺す。

 その目的は彼女たちが所属するところの、勇者養成機関《アカデミー》における、一学期の「期末試験」の合格基準になっている。

 なんて物騒な学園だ。


「しかし、マジか? 魔王が炊飯ジャーとか冷蔵庫とか眺めて楽しむのか? 俺には一ミリも理解できねー趣味だな」

「私も」

 印堂は言葉少なに相槌を打つ。

「理解不能。ゲーム機ならわかるけど」


 というよりも、印堂の場合はメカ系が全般的に苦手だ。

 電子機器を触れば、高い確率でなんらかのトラブルを引き起こす。ゲーム機が相手ならそうならないのだから、不思議な現象ではある。


 ある種の呪いか、本人のやる気の問題か。

 印堂は妙なところでプライドが高いため認めようとしないが、もはや現代社会においては致命的なレベルだと思う。


「……教官。予定の時間まで、まだ少しある」

 印堂は俺の腕時計――見栄を張って今日はちょっと高いやつをつけてきた――を見つめて、首を傾げた。

「寄り道したい」

「ああ? 別に少しならいいけど、どこだよ?」

「……ええと」


 印堂は眉間に指をあて、考える素振りを見せた。

 まさか具体的に何も考えてなかったのか――行き当たりばったりかよ。数秒ばかり沈黙し、また印堂は首をかしげる。


「映画館……とか?」

「さすがにそんな暇ねえよ!」

「確かに。……じゃあ水族館」

「だから、そんな暇ねえって」

「それはそう。……だったら、博物館か美術館」


「お前」

 俺は呆れた。

「俺に喧嘩売りたいのかよ。それともお前の珍しいジョークか? わかりにくいからもっと冗談っぽい顔で言ってくれ」

「違う……そうじゃなくて」


 印堂は眉間にシワを寄せ、さらに急角度に首を捻った。

「……おかしい。うまくいかない……」

「何が」

「こういう状況でのノウハウを、セーラの本から手に入れようとしたのがよくなかったのかも。よく考えれば、夜景の見えるレストランも予約してないし……」

「あいつ尾行のノウハウ本なんて持ってないだろ」


「違う。もういい。それじゃあアイス」

 印堂は路地の先にある、カラフルな看板を指さした。

「アイス食べたい」

「ようやく妥当な案が出てきたな。それは俺も食いたい」

「……うん。教官こそようやく妥当な答えが出てきた」


 と、印堂の眉間のシワが緩みかけた。

 そのとき。

 びびびびびっ、と、印堂の抱えるバッグから警報のような電子音が鳴り響いた。

 こいつのスマホの着信音だ。

 それすなわち、セーラと城ヶ峰からの合図に他ならない。


「……タイミング悪い……」

 印堂の眉間に、再び深いシワが戻った。

 ごそごそとバッグを探り、スマホを取り出す。そして硬直した。

「……ええと」

 そのまま警報のような音を鳴らすスマホを眺め、数秒。

 最終的に俺を見上げる。

「……教官」


「アホ」

 俺はちょっとわざとらしくため息をついた。

「真ん中の緑のアイコンをタップすればいいんだよ」

「……うん。緑の、アイコン……タップ……」

「わかった、もういい」


 俺は印堂の手からスマホを取り上げる。

「お前はな、困ってるときはちゃんと困ってるって言え。馬鹿にはするけど助けてやるから」

「馬鹿にはされたくない……」

「だったらお前はそのうち死ぬな」

 俺は印堂に厳しく告げて、セーラからの着信に応じる。


「セーラ。そっちはもう動いたのか?」

『センセイ! え、なんだよ、雪音は? っていうか――ああ、それどころじゃない!』

「嫌な予感がする。聞きたくねえなあ」

『予定より早くターゲットが来た! で、別の勇者パーティーが仕掛けようとしてる! このままじゃ先を越されるかも!』


「やっぱりな」

 俺は印堂に苦笑いを向けた。

「どうせこんなことだろうと思ったよ」

 こいつらの計画が、本当に計画通りに行ったことなど一度もない――俺も他人のことは言えないが。

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