番外編・アーサー王の教場(エピローグ)

 連行されたアカデミーの理事長室に、アーサー王の姿はなかった。

 当然だ。

《円卓財団》のトップともなれば、学校の事務仕事なんてやっている暇はない。

 プロパガンダに必要なタイミング以外で、ここに立ち寄ることはないだろう。


「――で?」

《ガウェイン》と呼ばれた女は、鋭い左目で俺たちを睨んでいた。


「なにか申し開きでもあるか、《トリスタン》?」

 学長の席の脇に、『理事長代行』と札のかかったデスクがある。

 なぜか空っぽの鳥かごと、ノートパソコンだけが置かれた簡素な席だ。そこが《ガウェイン》の座るべき席らしい。


「生徒たちの見てる前で部外者とチャンバラやって、おまけに《円卓》に推薦とか。頭どうかしてんのか。あ?」

「ああ、そうそう。《ガウェイン》にも改めてご紹介します」

 これだけ明確な殺気をぶつけられても、《トリスタン》は動じない。

 爽やかな笑顔で俺を示した。


「こちらが《死神》のヤシロさんです。ぼくが《パーシヴァル》席に推薦している、敏腕の勇者。見ての通りぼくと互角以上なんだから、すごく強いですよ」

「なにが『すごく強い』だ、このタコ」

 《ガウェイン》は苛立ちを隠さない。気持ちはわかる。


「強いだけなら《はぐれ柳生》も梁山泊のアホどももヘルシング家も、みんな《円卓》入りなんだよ。お前以外は全員反対してただろうが」

「《ボールス》はそうでもなかったですよ」

「あいつは探索方の人員を補充して楽したいだけだ。いまそれどころじゃない――おい、部外者の三流ごろつき野郎」


 そうして《ガウェイン》は俺に視線を向けた。なんてふざけた呼び方をしやがる。

「いますぐ消えろ。アカデミーに近づくな。それとお嬢の周りをウロチョロするな」

 口を挟む暇もなく、彼女はセーラも睨みつけた。

「お嬢もこんなやつと関わるな。まともな教育係が必要なら、私が探す。いくらボスが黙認してるからって、そういう手合いを調子に乗せるなよ……心配になるだろ」


「あ、ああ……」

 セーラは明らかに委縮していた。いつもの臆病さが、今日は三倍くらいになっている。

「でも、《ガウェイン》。センセイはこれでもさ、あの……結構……いいところも無くはないっていうか」

「悪いが私は暇じゃない。わざわざ日本まで来てるんだ、こっちには捌く案件が溜まってる」


 ガウェインは話を打ち切るように、デスクを指先で弾いた。

「お嬢から話があるなら今夜にしてくれ。忙しいところだが、電話する時間をとる。ひとまずそこの三流ごろつきクソ野郎を外に連れ出せ、《トリスタン》」

「あんたに言われなくても、すぐ出ていくよ」

 俺は両手をあげて答えた。「降参」の意味をこめている。


「この学校、信じられないくらい空気が悪いからな。人殺しと人殺し候補しかいねえし。まともな神経だったらゲロ吐きそう」

「お前も同類だろうが」

《ガウェイン》の声は、苛立ちを隠そうとしていなかった。

「まともな神経とやらが、お前のその腐った脳みその中に入っているのか?」


「意見が一致したな、《ガウェイン》卿」

 俺は魔王を呼ぶときのように、そう呼んだ。


 俺たちが魔王に対して「卿」をつけるのは、敬称ではない。

 馬鹿にしているだけだ。人の名前のあとに大先生、をつけるのと同じような意味がある。


「同じ人殺し同士だからさ、仲よくやろうぜ。お前も、お前のボスも、その娘も。みんな同じだ。自分がどれだけ悲惨な地獄に落ちるかって自慢話なら、聞き飽きてるからまた今度付き合うよ」

「おい」


《ガウェイン》が殺意をみなぎらせるのがわかった。

 が、俺は構わず彼女に背を向け、そのまま鼻で笑って去ることにする。

「今夜なら空いてる。忙しいところだが、電話する時間くらい作ってやってもいいぜ」


 言うべきことは言ってやった。《トリスタン》とすれ違うように、理事長室を後にする。

 奴が笑いをこらえているのだけが不愉快だった。


――――



「……結局さ」

 アカデミーの校門から出ると、ようやくセーラが口を開いた。

 いつの間にか髪の毛をポニーテールに結びなおしており、やたらとその結び目を気にしていた。

「ぜんぜん参考にならなかったつーか、その……役に立たたなかったんじゃないか。センセイにとっては」


「いや。そうでもない」

 俺が言いたいのは《トリスタン》についてだ。

 軽くやりあって、わかったこともある。

「《トリスタン》。あいつの腕前はかなりいい。本来の得物は片手剣だろ。たぶんナイフか盾と合わせて使うやつ」

「え? あ、ああ――うん。まあ、たぶんそうだけど」

「エーテル知覚もたぶん視力に関係するやつだ。瞬きのタイミングでわかる」


 これは俺とジョーと初代イシノオが無駄話の末に考察した、ちょっとした見分け方のコツだ。

 エーテル知覚が視力に関係するタイプの場合、瞬きのタイミングが注意深くなる。一方で聴覚に関係する場合、耳元への攻撃に対してやや強い反応を示す。

 あくまでもその傾向が強いというだけで絶対ではないが、それなりの確率で当たる。

 ジョーなんかはそれを読まれるのが嫌でサングラスをかけている部分もある。


「ただし、純粋な剣術なら俺がまあ確実に上……いや。向こうもかなり手を抜いてたけど、それを差し引いても互角だろうな」

 本気でやれば押し切れた、と思う。

 向こうもそう思っているかもしれないが、少なくとも圧倒的な差はない。はずだ。恐らく。じゃないとムカつく。


「つまり、教える側のスキルは十分あるってことだ。それをわかりやすく伝える方法がな……ちょっと……いままで若干のロスがあったかもしれない」

「若干かよ」

「若干っつったら若干だよ!」


 苦笑いするセーラが生意気だったので、俺はプレッシャーをかけてやりたくなった。

 思いっきり脅してやる。


「覚悟しろよ。マジに教えてやる。てめーらの学校の期末試験くらい余裕でクリアさせてやるからな。《ガウェイン》のやつもムカつくし」

「あー……《ガウェイン》は、なんつーか……ちょっと身内にもそれ以外にも厳しいタイプっていうか」

「セーラがいつも以上にビビってたしな」

「ビビってねえよ!」


 セーラが目を剥いて否定した。もはや何も隠せていない。

「《ガウェイン》とは付き合い長いんだ。剣術教えてくれたのだって、だいたい……親父よりもあの人だったし」

「だったら、いいのか?」

 そういうことなら、セーラは正面から《ガウェイン》に反発することになるだろう。


「セーラ。お前、どうしても勇者やるつもりか? 親父への反抗期が原因で足を踏み込むような業界じゃねえぞ」

 城ヶ峰や印堂はもう手遅れだ。どうしようもない。

 だが、セーラは――


「もう抜けられないよ。私が一番先にそうなってる」

 セーラは顔をしかめ、唸るように言った。

「親父の娘ってだけで面倒なんだ。攫われるし、殺されかけるし、なんていうのか……私そのものが《円卓》の弱点になってた。護衛を張り付けてもらったり。それってスゲー最悪だろ」


 セーラが怒りを持て余しているのがわかる。

 たぶんそれは自分自身への怒りだろう。

「勇者になるのは自分のためなんだ。私は怖がって生きたくないし、人を怖がらせるようなやつを許せない」


「本当にいいんだな」

 セーラにはセーラの事情がある。

 それなら、あえて言うべきことはほとんどない。俺も俺の大切な事情のため、彼女たちを利用するとしよう。


 俺の大切な事情――つまり、友達との不毛な見栄の張りあいのことだ。

 今回で言えば《ルービック》だ。あいつは俺にこう主張してきている。『こっちの方が教え上手』だと。

 そう言われると受けて立たねば、今後《グーニーズ》でデカい顔をしてビールを飲めない。

 まさしく完全に俺の個人的な事情で、言い訳もできない。


 しかし、それがセーラたちの事情と利害が一致するのなら、互いに利用しあっているということで言い訳が立つ。

 少なくとも、俺の中では納得できる。

 ただ一つ確認しておくとすれば。


「《ガウェイン》の言う通り、もっと上品な人殺しを家庭教師につけてもいいんだぜ」

「やめてくれよ、いまさら」

 セーラは俺を見た。何かを恐れるような目だった。

「まだ途中だろ。ここで放り出すなよ」


 たとえば、彼女の父親であるアーサー王のように?

 ――と、そういう軽口を叩こうとしたが、やめておいた。


「わかった」

 代わりに俺はうなずいた。

「俺にできる限りのことは教える。レッスン・レベル2だ。死ぬなよ」

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