【コミカライズ記念】勇者の肖像
勇者の肖像
「だから、細かいディティールなんていいんだよ」
いつものグーニーズ。
いつもの月曜日の夜更け。客の姿はまるでない。いるのは俺と、三人の未熟な勇者見習いだけだ。
「特徴さえ掴めてれば見分けられる。実際に似てる必要はない」
俺はテーブル上の紙ナプキンにボールペンを走らせる。描いているのは似顔絵だ。
この場合はエド・サイラス。ちょうどカウンターの隅で野球中継を眺めているので、やりやすかった。
「髭がこう……ワサッとしてて、火傷の痕がこれ。そんで目つきが最悪で、血に飢えた山賊みたいな感じで、あと適当」
「本当に適当……モンスター描いてるみたい……」
俺の手元をのぞき込み、印堂が失礼なことを言った。
「この口から出してるのは何?」
「これは火だな。吹きそうだろ」
「たぶん吹かない。……でも、似てる。気がする」
「さすがです、師匠!」
逆サイドから拍手が聞こえた。
城ヶ峰だ。俺の描いたエドの絵を横からスマホで撮影している。やめてほしい。
「さすが一流の勇者。人相書きも得意ということですね! 見た目からは想像もできない、師匠の意外な特技を見られて光栄です!」
「お前は俺を不愉快にしないと喋れないのか。まあ似顔絵は描けた方が便利だろうよ。いつも写真使えるとは限らねーし」
勇者の仕事は、ターゲットとする魔王の動向によって臨機応変にしなければならない。
数人で組んで仕事をする場合は特にそうだ。わかりやすい地図を描けたり、排除したい相手の人相を描いたりできれば、その分だけアドバンテージが取れる。
俺もそれなりに練習した。
結局、勇者の技量を分けるのはそういう些細なところだ。
些細なスキルの積み重ねが、決定的に相手を出し抜くことがある。剣術でも同じことが言えた。
「まあいいや。とにかく印堂、参考になったか? お前の壊滅的なデザインセンスでも、特徴絞って描けばまあ伝わるレベルになるってことだ」
俺はボールペンの先を印堂に向けた。
「……うん。まあ。少し」
印堂は眉間にわずかなしわを寄せ、腕組みまでしやがった。
「できる。気がする」
俺だって、なんとなく気が向いたから絵を描いてやったわけじゃない。
ただ単に頼まれたからだ。ビールを奢ってもらっただけとも言う。
数限りなく問題ごとを持ち込むやつらに求める報酬にしては、俺は本当に聖人君子だと思う。
この日の問題は、印堂のことだった。
アカデミーで美術の課題が出たらしく、印堂がそれに引っかかった。
やつの絵はかなり独特――オブラートに包まず言えば、何を描いても妖怪みたいな感じになるからだ。
アカデミーの美術は、単なる芸術への関心を深めるとかそういう目的ではない。
さすがにそこは殺人者養成学校。
魔王を殺す勇者としての、単純なスキルの一つとして「似顔絵を描け」と言っている。似ているかどうかという、厳然たる評価軸も存在する。
もとより成績が低空飛行な印堂のこと、進級のためには美術の課題にも手は抜けない。ここで美術の単位を取れれば、その分落としてもいい単位が増えるということだ。
ちなみにもう数学は諦めた。
「とりあえず、私も描いてみる……まずは教官を」
印堂は俺からボールペンを受け取り、紙ナプキンにぐりぐりと線を引き始めた。
「こう……こんな感じ、で……」
もうその挙動だけで不安になる。テーブルに目を伏せ、ろくにこっちを見ようとしていないからだ。案の定、豆鉄砲を食らったガーゴイルみたいな横顔ができはじめる。
見ていられなかったので、俺はすぐ止めることにした。
「なんでお前は顔の内部から描き始めるんだよ、絶対変になるだろそのやり方! あとせめて俺を参考にしろ!」
「そうだ雪音! 私を見習え!」
城ヶ峰は胸を張った。
「師匠の似顔絵なら、これこの通り! 完璧といっても過言ではないだろう!」
そう言って城ヶ峰が差し出したスケッチブックには、確かにかなり写実的な俺の似顔絵があった。
なんかムカつくけど、こいつ絵はそれなりに上手い。
写真のように正確な絵を描きやがる。
「師匠の絵なら、私はいくらでも量産できる――む。そうだ! たくさん描いて学園中に貼っておくのはどうだろう! きっとみんな喜ぶに違いない」
「俺は指名手配犯かよ」
また城ヶ峰の邪悪な計画を聞いてしまった。未然に防ぐしかあるまい。
「おいセーラ、絶対に止めろよ」
俺はさっきから黙り込んでいた、三人目の少女に声をかけた。
軽快な応答を期待したが、返事が返ってこないのでそちらに目をやった。
「おい。セーラ、どうした。いまお前の力が必要とされてんだけど」
「あ。え」
よほど上の空だったらしく、セーラは少し慌てた反応を示した。
「な、なに?」
目を瞬かせる。
「なんだよ。私、別に人に教えられるほど上手じゃねーんだけど」
「そっちの話じゃない。というかセーラ、お前の方はどうなんだよ。美術の単位落としたりしないだろうな」
「あ、あー……まあ。たぶん。大丈夫。なんとかなるから」
煮え切らない返事。金髪をかきむしり、手元のジンジャーエールを飲み干す。一気に飲みやがった。
「似顔絵くらいなら、いけると思う」
「いや、セーラ。きみなら余裕で楽勝のはずだ!」
城ヶ峰が横から口を挟んだ。嬉しそうに彼女の肩を叩く。
「私が以前に見せてもらったキャラクターのイラストだが、大変に優れていたと思う! あのキャラクターなら私もわかるぞ、日曜朝のアニメで見た! 魔法を使って戦う少女の――」
「おいおいおいおいおいおい! 待ったやめろ!」
「あんなに素晴らしいイラストを描けるのだ、仲間として私まで誇り高い気分になれる! ありがとう、セーラ!」
「わかった! わかったから黙れっ」
城ヶ峰がぺらぺら喋るたびに、セーラの顔が青くなっていくのがわかった。彼女の口を塞いで、そのまま首根っこを掴んで立ち上がらせる。
城ヶ峰はもがもがと何か言おうとしていたが、まるで意に介さない。
「そ、それじゃ今日はもう帰る! こいつも一緒に!」
城ヶ峰を引きずるようにして、セーラは出口に向かう。
「今日は、ってお前、来たばっかりだろ。印堂の勉強の相談に乗るんじゃなかったのかよ」
「まさか美術だとは思わなかっ――つーかいいだろ! 帰る! 今日は帰る! 城ヶ峰もそう言ってる!」
「お前と城ヶ峰って帰る方向別じゃなかったか」
「うるせっ!」
そう言い残し、セーラは城ヶ峰とともに店を出ていく。
荒っぽくドアの閉まる音がして、エドがかすかに顔をしかめた。
「……帰った」
印堂がぽつりと呟いて、顔を上げた。
「美術の課題、まずかった?」
「いや。別にお前のはそれほど関係ないんじゃないか。今日はあれだろ? どっちにしろ早く帰る日だっただろ」
「うん。たぶん」
印堂は、テーブルの上に置かれた俺のスマホを指さした。
「参考になるかもしれないから、見ていい?」
「どうかな……まあ、俺が教えるよりマシかもな」
俺はスマホを操作して、とある動画配信サービスに接続する。
「でもあいつ、もしかしてバレてないと思ってんのかな」
「そうかも」
俺と印堂がのぞき込むスマホの画面には、『お絵描き作業配信・かしわぎ☆Ra。今日は二十一時から』の文字がある。
言うまでもなく、セーラ・カシワギ・ペンドラゴンの動画配信予告である。
「隠す意味、もうぜんぜんないのにな」
「ね」
セーラ・カシワギ・ペンドラゴン。
アーサー王の一人娘が、イラスト描きを趣味にしていることは、もはや周知の事実である。
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