番外編S3
番外編・梅雨の勇者(1)
梅雨の季節は、いつも憂鬱だ。
気圧が低いと頭も痛むし、なんだか妙に体もだるい。仕事もする気にならない――のは、いつものことか。とにかくその日、俺は普段以上に機嫌が悪かった。
「金と、女だな」
《ソルト》ジョーは阿呆なので、いつものようにビールを飲みながら断言した。
「それが足りてないから、お前は機嫌が悪いんだ。そうに決まってる」
「お前と一緒にするな」
俺はジョーから顔を背けた。この単純な男にはどうせ、俺のメランコリックで複雑で繊細な心がわかるはずもない。
だが、ジョーはテーブルに身を乗り出し、俺にそのゴリラのような顔面を近づけてきた。
「な。だからヤシロ、女のいる店に行こうぜ。たまにはいいだろ?」
「悪くねえけど。俺は金もねえんだよ、仕事してねえから」
「気にすんな。そのくらい、オレが奢る」
「――おい、なんだどうした」
俺は思わず身を引いた。
ジョーのゴリラ顔が近づいてきて不快だっただけではない。やつの口から『奢る』などという発言が出たためだ。
すわ、天変地異の前触れか――それとも何かに取りつかれているのか。俺はそう直感した。
「ジョー、お祓いに行こうぜ。大丈夫。マルタのやつは腕のいい神主と知り合いだから」
「違う」
ジョーは真面目くさって、握りこぶしをテーブルに叩きつけた。
「もうこの際、なりふり構っていられねえ――正直に言うぞ。なあ! 一緒に来てくれ、ヤシロ。オレの妹がヤバいんだ!」
「なるほど」
俺はすべてを察した。ジョーのシスコンぶりは目を覆わんばかりのものがある。
この無敵に近いエーテル知覚の持ち主である《ソルト》ジョーを、からかって遊ぶ絶好の機会が到来していることを察した。シスコンをこじらせた大人の男は気持ち悪いが、俺には良心というものが残っている。
こいつは妹を勇者にしようとしている――それも伝説に残るくらいの、すごいやつ。
まったくもって、どうかしている。その事実だけで胸やけがしそうになるが、いまはそれどころではない。
面白くなりそうな予感がした。
「話を聞こう」
俺はジョーに額をぶつけるように、身を乗り出した。
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