番外編・アーサー王の教場(4)

 体育館――やつらの言うところの訓練場は、休日であってもそれなりに人が多い。

 もちろん、遊んでいるやつはいなかった。

 なんの部活か訓練か知らないが、模造の武具で打ち合ったり、殴り合ったりしている。


 セーラが入ってくると、そいつらの視線が集中するのがわかった。

 おまけにざわついた声まで広がっていた。

 やはり彼女は『特別』に違いない。生徒会長であるらしい、あの宗像というやつがフレンドリーすぎるのだろう。

 俺はざわめきに耳を澄ますことにした。


「カシワギさんだ」

「マジ? なんで?」

「地稽古やるの? うわー……やりたくない……」

 俺が拾えたささやきはそんなところだが、セーラの立ち位置を極めてはっきりと表している。


 そりゃそうだ。

 俺が学生なら、アーサー王で理事長の娘なんかと殴り合いはしたくない。

 そうしたざわめきを聞きながら不機嫌な顔でプロテクターをつけるセーラを、俺たちは遠巻きに眺めていた。


 壁際の床にまっすぐ貼られた緑色のテープが、どうやら「見学者」用のラインらしい。

 宗像はここから観戦するように言っていた。そうじゃなければ事故が起きても知りませんからね、だそうだ。

 やつの言葉は、主にトモエに向けられていたと思う。


「いやー、残念」

 トモエは壁際にべたんと座り込み、足を投げ出した。

「見学者は試合とか禁止なんだね。あの子とやってみたかったな、アーサー王の娘なんでしょ?」


「まあな」

 俺は肩をすくめた。

「城ヶ峰に負けるようなアホが、セーラ相手にどれだけやれるか俺も見てみたかった」

「辛辣すぎ。城ヶ峰を混ぜた皮肉やめない?」

 トモエは苦笑いした。いままで見たことのない種類の表情だ。やはり城ヶ峰を交えた罵倒は著しい効果がある。


「……でもまあ、もう負けないよ」

 トモエは生意気にも、苦笑を本物の笑顔に変えた。

「修行積んだからね。教授からも色々教わったし。ねえ、教授ってアンタの友達なの?」

「まあ、一応」

「なんか反応薄くない? 知りたくないの、教授のこと。居場所とかさあ」

「まったく知りたくない」


 というより、聞いても意味がない。

 俺が知る限り、《ルービック》は俺と同じくらいには慎重な男だ。自分より強い相手とは、勝てる算段がつくまでは絶対に戦わない。

 徹底的に姿を隠す。


 つまり俺が敵対している以上、やつが俺の前に立つ可能性は、決定的なタイミング以外にない。

 俺と《ルービック》がまともにやった場合、あいつが俺に勝てるはずがないからだ。俺は超強い。


 だから《ルービック》のことは聞かない。

 代わりに、別の方向から攻めることにする。

「というかお前、わざわざ九州まで行って土産とかないのかよ。知ってんだぞ、あの辺りで無駄な努力してたってことは」

「土産話ならあるよ。聞きたい? 私が倒した魔王のこと。おかげで結構レベルアップした気がするんだよね」


「お前の頭の中、少年漫画かよ」

 それから、トモエの向こう側に座る顔面ピアスだらけの少女に声をかける。ニナ、と呼ばれていたか。

「おい。こんなおめでたいやつ、よく仲間にしたな。さっさと鉄砲玉にして殺した方がいいぞ」


「してるよ、もう」

 ニナは壁に寄り掛かり、ポケットに手を突っ込んだ格好で、面倒くさそうに応じた。

「何回も鉄砲玉ミッションやってる。なかなか死なねーんだから仕方ない」

「私、勇者だからね」

 トモエは挑発的に笑った。

「死なないようになってんの。いま成長期って感じだし」


 手遅れだな、こいつ。

 勇者の中にはたまにいる、戦うこと自体が好きなやつだ。この手のタイプは始末に負えない。

 部活とかスポーツの延長で勇者稼業に足を踏み込み、そのまま忌避感もなく戦い続ける。

 たぶん『勝つために工夫して、結果を出す』という作業が楽しくて仕方がないのだろう。


「《ルービック》が目をつけるわけだ。あいつの生徒ってみんなお前みたいな感じなのか? そんなにアホどもをかき集めておもしろ動物園でも作るつもりか」

「私やシズを一緒にするなよ。トモエが特別なの」

 ニナが面倒くさそうに口を挟んだ。

「こっちは仕事だから。仕方なく付き合ってるだけ」


「まあ、ニナはそうかもね。でも仕事ってのは違くない?」

 トモエは横目にニナを見た。からかうような目だった。

「シズのためでしょ。大事なお嬢様だもんね」

「シズ?」

 その名前は、聞いたことがある。

「前に会ったぜ。気合入ったヤバい服着てたな」

「そうそう。あ、もしかしてまだ知らない? シズってさあ――」


「やめとけ」

 ニナがトモエの肩を掴んだ。目つきが鋭くなっている。

「余計なこと言うな」

「どうせちょっと調べれば誰でもわかるし、別によくない?」

「……やめろって言った。これで二度目な」

「ニナが言うなら黙っとく」

 トモエは口の端だけで笑い、すぐに黙った。


 その雰囲気で、なんとなく力関係がわかった気がする。俺が見たところ、ニナの方がトモエより格上だ。

 恐らく殺しの腕前も。

 だが、シズというのは――


「――それでは、正々堂々と!」

 俺の思考を、女子生徒の声が遮った。宗像の声だった。

「怪我しないように、はじめ!」

 いつしかセーラはすっかり準備を整え、別の生徒と対峙していた。試合が始まっている。


「――ふっ」

 と、相手の生徒が先に動いた。両手剣を振り上げ、鋭い呼気とともに踏み込んでいく。

 さすがに掛け声や雄叫びをあげたりしない。


 俺が見る限り、アカデミーで教える両手剣のテクニックは、スペイン式の剣術に似ている。

 緩やかに円を描くようなステップを多用する。これは確かに防御面では有利だが、攻撃まで時間がかかる上に相手を盾に使いづらいため、多人数が相手ではうまく捌けないように見える。

 しかし、アカデミーが推進する『チーム』で一人を叩くような戦いなら、有効かもしれない。


 このとき、セーラが仕掛けられたのは左前方からの切り下げだった。

 腕を狙う軽い斬撃。左右に避ければ裏刃での切り上げが来るだろう。受ければ上からバインドされる形に持ち込まれる。


 セーラはこれに付き合わない。後退して避ける。

 相手の剣が下がったところを、斬り上がる前に刃を抑えにいく――半身になって外される。反撃。再攻撃。互いの距離が詰まり、停止した。

 刃が正面から組みあう「バインド」の状態。

 一瞬の膠着。


「まあ、前よりはマシだけど」

 俺が思うに、セーラの欠点は臆病なことだ。

 勝負を早くつけたくて強引な攻めにかかる傾向がある。至近距離での攻防も嫌う。事実、格下相手ならその剣速と太刀筋のセンスで、一気に勝負もつけられる。


 だが、体格に優れ、エーテル量も多いセーラならば、むしろバインド状態――いや、やつの場合は鍔迫り合いというべきか――からの技に持ち込むやり方を学ぶべきだ。

 一撃でケリをつけられない場合の対処が課題だった。


「んんー。アカデミーってこんな感じかあ」

 セーラたちのやりとりだけではない。

 体育館全体を見回しながら、トモエはやや落胆したように呟いた。

「この分じゃ塾生勧誘の方は収穫なしだね」

「なんだよお前ら、ここに人材スカウトに来たのかよ」


「っていうか、むしろ偵察かな? アーサー王と愉快な仲間たちって、ホント邪魔だからさあ。どっちの魔王陣営にしてもそうでしょ」

 ぺらぺらと喋るトモエをよそに、どこまでそれが本気か考えていた。

 何かほかに目的があるのではないか、という意味だ。何か探っている? だが、なにを? たぶん、それは俺と同じ――


 ――そしてまた俺が思考している間に、試合は決着がついている。

 セーラが相手を突き倒し、プロテクターの上から一撃を入れた。

「はい、決着! カシワギさんの勝ち!」

 宗像が手をあげ、大声をあげた。


 互いに礼をして離れ、セーラは真っ先にフルフェイス・メットのような形状の頭部プロテクターを脱ぎ捨てる。

 それからこちらを振り返る。

「――こ、これでいいだろ? もう!」


 顔が上気している。額に金色の癖毛がはりついていた。

「運動するつもりなかったんだけど、今日は! ……で」

 噛みつくように言われ、睨まれる。

「なんか感想とかないわけ? 人に試合やらせといてさあ。一応、勝ったし!」


「いやー」

 俺は首を捻った。

「すごい成長だ。バナナの皮は剥いて食べた方が美味いって気づいたゴリラみたいにすげえ。だいぶ人間に近づいてきたな」

「ば、バカにしてるだろ!」

「褒めすぎたか……まあ、やはり俺の指導力が凄すぎるからって理由もあるけど。このレベルには当然勝つだろう」


「え」

 セーラはひどく狼狽えた。

「マジで、いまのって、センセイにしては割と褒めてた……? え? だいぶズレてるけど、このセンセイが?」


「殺人技を褒められて喜ぶなよ」

 俺は鼻で笑った。哀れみをこめて。

 三人の生徒もどきの中では、セーラは割と成長がはっきりわかる方だ。センスと呼ばれるそれに近いものを持っている。

 間違いなく、それは悲惨な事実だ。


「よし。じゃあ、そろそろ本番いくか」

 俺は膝を叩いて立ち上がる。

「俺にも試合させてくれよ」

「えええ……だから見学者はダメだって。宗像の言うこと聞いてなかったのかよ」


「聞いてたよ。でも、さっきから俺と試合したいってアピールしてるやつがいてさ」

 俺は体育館の入り口を振り返る。


 嘘臭いほど爽やかな笑顔の男だ。麦わら色の巻き毛に、えらく似合うジャージ姿。

《トリスタン》ラムジー・ヒギンズ、この学校の教師にして円卓の一員。

「あ、気づいてました? すみませんね、つい気になって」

 白々しく笑いながら、やつは近づいてくる。体育館中の視線が集中してくるのを感じた。


「見学者が三人もいらっしゃってると聞きまして――そうですよね?《死神》ヤシロさんと、《ルービック》教授のところの生徒さんも」

「やっと声かけてきたね。今日は出勤してるってわかってたけど」

 トモエは立ち上がり、トリスタンを正面から睨みつけた。

「あんたなら知ってるでしょ? 勇者狩りのこと」

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