番外編・アーサー王の教場(3)
アーサー王の《アカデミー》を訪れるのは久しぶりだ。
ろくな思い出がない。
訪れるたび、何かしら面倒ごとと関わることになっている気がする。それもこれもアーサー王のせいだ。俺はそう考えることに決めている。
「すげえな」
俺は来客用カードホルダーをなんとなく弄びながら、校門から続く道を歩く。
目は自然とグラウンドの方に向いていた。かなりの人数が整然とランニングをしたり、剣術稽古のまねごとをしたりしているのが見えた。
「休みの日でも、これだけ人がいるのかよ。どれだけ真面目なんだ」
「真面目っつーか、まあ。部活とか補習とかあるし。コースと班によっては普通に授業あるし……」
セーラは言い訳のようなことを言いながら、目つきを尖らせて俺の前を歩く。
一応、案内しているつもりなのかもしれない。何か決まり事でもあるのか、学校指定の制服の、上着だけを申し訳程度に羽織っている。
「……センセイ。グラウンドの方、見たいわけ?」
考えていると、セーラが振り返った。妙に落ち着かなさそうな顔だ。
「いや別に」
たいして見るべきものはなさそうだ。
ランニングだとか素振りだとかいったトレーニング、セーラの言う『部活』と思しき陸上競技――高飛びや幅跳びの類――にも、あまり興味は惹かれない。
唯一、グラウンドの片隅にそびえる樹木の周りで座り込み、瞑想している一団は嫌でも目に付く。
普通の学校では見ない光景。
しかし、これもよくあるトレーニングの一種でしかない。
体内エーテル濃度を制御するためには、あの手の瞑想が割と効果的――らしい。
俺の師匠は「単なるプラシーボ」とか言っていたが、プラシーボが抜群に効果を発揮するのがエーテル知覚というやつだ。リラックスするだけでも意味はある。俺もたまにやる。
「俺は体育館の方が見たい。競技場っていうのか?」
「う」
セーラは具合の悪いニワトリみたいなうめき声をあげた。
「校舎、やっぱり入るのか……」
「なんか嫌そうだな」
「そりゃそうだよ。クラスメイトに、なんか、こういう感じで出くわすと……あれだよ……やりづらいっていうか……」
「――あ!」
説明しようとした、セーラの頭上から声がかかった。
校舎の二階だ。そこの窓から、女子生徒が顔をのぞかせて手を振っていた。
「カシワギさんだ! 珍しい! 休みの日に来るなんて」
底が抜けたような笑顔で、窓枠から身を乗り出す。
きっちりと学生服を着こんだ、下手をすると中学生に見えそうな童顔の少女。能天気そうなやつだ、と俺は思った。
「もしかして! 生徒会に入る気になったの? そっち行くね! ちょっと待ってて!」
そしてセーラの返事も聞かず、彼女は顔をひっこめた。びたん、と窓が閉じる。
「うう」
セーラは再びうめいた。
「い、いきなり面倒なのに見つかった……」
「あれがクラスメイトか?」
「まあ、うん。っつーか、うちの学校の生徒会長。……宗像菜緒っていうんだけど」
「仲良さそうだな。お前、生徒会とかやるタイプだったのか。さすが優等生」
「違う、役員に勧誘されただけだって! 入る気ねーし!」
セーラは噛みつくように否定した。
優等生と呼ばれるのは耐えがたい屈辱らしい。俺もそれはわかる。
「――カシワギさん!」
俺たちが喋っている間に、ばたばたと近づいてくる。あっという間に階段を下りたようだ。
宗像とかいう少女は、ほとんど息を切らした様子もなく俺たちの前に立ちはだかった。そして一気呵成に喋りだす。
「いまね、生徒会室に他のみんなもいるよ。仕事してんの。夏休みの巡回運動あるじゃん? 今年もやるからそのガイダンスづくり。あとあれ、職場見学の企画も! これ意外と楽しいからカシワギさんも見学してかない? してく? ってか手伝ってく?」
「い、いや、今日は私――」
「あ!」
セーラが答える前に、ようやく宗像は俺に気づいたようだった。
「カシワギさん、その人!」
目を丸くする。
「噂のヤシロさんでしょ! カシワギさんと印堂さんのバイト先の、プロの勇者の人! 城ヶ峰さんが迷惑かけてるっていう! うわー! なんていうのかなー、カシワギさんから見せてもらった写真よりも――」
「宗像」
セーラは急に低い声をあげ、宗像の肩を掴んだ。
「その話はやめよう。な! 頼むから!」
「えー。じゃあ生徒会入ってくれる?」
「入らねーよ! そういうこと言い出すなら、亜希に生徒会を手伝わせるぞ!」
「あっ。それは困るホント」
「……いや、ちょっと待った。一旦止まれ」
俺は思わず口を挟む。ツッコミたい部分がいくつもあった。
「セーラ。なんだよバイト先って。てめーらを雇った覚えねーんだけど」
俺がセーラを睨むと、やつは気まずそうに顔を背けた。
「いやー。センセイのこと説明するのに、他になんかうまい説明の仕方、思いつかなくて……」
「城ヶ峰が迷惑かけてるって部分だけは本当だけどよ」
まあいいか、と俺は思うことにする。こいつらの間で俺がどう扱われていようと、知ったことではない。
城ヶ峰の親戚だとか言われるよりは百倍マシだ。
「どーも。紹介してもらった通り、無敵の勇者のヤシロだ。いまは学校見学してる」
「ああー! 学校見学! いいですねえ、興味を持っていただいてありがとうございます!」
ちょっとオーバーなくらいのリアクションで頭を下げる。
さぞや教師からは受けがいいだろう、と俺はなんとなく思った。企業の広報のような言葉がすらすら出てくる少女だ。
「体育館で稽古してるところみたいんだけど、いま大丈夫か? できれば実戦形式のやつがいい。こいつの太刀筋とか見ときたいし」
「え」
俺がセーラを指さすと、彼女はひどく動揺した。
「わ、私? マジで? 心の準備できてねーんだけど!」
「やった! カシワギさんの本稽古が見られる! ぜひぜひ任せてください!」
宗像はピースサインを天に突き上げるという、珍妙なポーズをとった。
「いま、ちょうど私も見学者を案内してたところなんですよ。二人とも体育館が見たいって――ほら!」
宗像が背後を示す。
俺とセーラの視線はそちらに移動し、そして固まった。セーラは口を半開きにしていたし、俺も大差ない顔をしていたと思う。
学生服ではない、二人の少女がそこにいた。
「あ。すごい。奇遇だね」
片方は、えらく挑戦的な笑みを浮かべた小柄な少女。
つい最近、切り結んだことがある。トモエだ。
「さすがに、これはだいぶ想定外。どうしようか、ニナ?」
「……毎回、想定外に出くわしてる気がする」
もう一方は、派手なパーカーを羽織った、顔面にピアスだらけの女。
「シズを連れてくりゃよかった。あいつホントに夏は外出たがらねーから」
こっちもやはり見覚えがある。この前――《二代目》イシノオを連れて行った、刃物の店で見かけた女――どうやら名前は『ニナ』と呼ばれているらしい。
「やめとけよトモエ。こんなところで仕掛けられるわけない。教授からも『控えろ』って言われてるしさ」
「だね。言いつけ守らないと、後が大変だしね」
「嘘つけ。トモエ、この前やりあったらしいじゃんか」
「あれは不可抗力。それはまあ、とにかく」
トモエは俺の腕を気安く叩いた。
「一緒に仲良く学校見学しない? ウチらもここの学生のスキルとか興味あるしさあ。なんなら」
彼女はセーラに視線を向け、目を細める。
「私、そっちの相手してもいいよ」
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