番外編・アーサー王の教場(2)

 雑誌『アティック』はアナログゲーム、特にトレーディング・カードゲームの専門誌だ。

 その中には、俺たちが普段から延々と遊び続けている『七つのメダリオン』の記事も多く掲載されている。


 この手の雑誌がゲームの参考になるかといえば、それは今一つだ。

 とにかく紙の発行物なので、トレーディング・カードゲームの素早い環境の移り変わりについていくのが難しい。

 特に《メダリオン》の場合はネットで情報を集めるに限る。


《ソルト》ジョーあたりはアホなので、こうした雑誌に掲載された実力者たちのデッキをコピーしたりする。

 だが俺のような熟練《メダリオン》プレイヤーにとって、デッキレシピの類は役に立たない。


 要するに、俺がこの雑誌を開く目的は違う。攻略情報じゃない。

 今月号は前期シーズンを制し、連覇した《メダリオン》最強のチャンピオン――キング・ロブのインタビューが載っているからだ。


『強いということは、単なる状態を意味しない。適応するという行動に近い』


 そう語るキング・ロブの言葉を読みながら、俺は応接室のソファにもたれかかり、紅茶らしきものをすする。

 さっきのメイド姿の円卓騎士――《ケイ》が言うにはテイラーズがどうのこうの、という種類の紅茶らしい。

 なんとなく美味い、気がする。


 さすがアーサー王の自宅。

 応接室に揃った調度品の数々といい、徐々にムカついてくるほどだ。


「……うわあ」

 このようにリラックスしている俺の背中に、声がかけられた。

「めちゃくちゃ寛いでるな、センセイ……人が急いで準備してきたのに……」

 セーラだ。

 振り返ると、憮然とした表情でこちらを見下ろす彼女がいた。


「急いで?」

 俺はその部分を繰り返し、雑誌を閉じた。

 続いて、めちゃくちゃ高級そうな柱時計に目を移す。応接室で待ち始めてから、だいぶ時間が経過していた。

「そうか? ホントに?」

「ホントに急いだんだよ!」


「なんだ、クソ真面目に休みの朝から勉強中だったか?」

 根が優等生なセーラなら、そうなのかもしれないと思って適当に言った。だが、どうやら図星だったらしい。

「……寝てたって言ったんだけど」

「目を見りゃわかる、寝起きじゃない」

「……別にいいだろ。休みに私が何してようと」


 俺から顔を背け、彼女はテーブルを挟んだ対面のソファに腰を下ろす。

「ってか、いきなり来る方が悪い。驚いたじゃん」

 セーラは袖をまくったブルーのシャツに、さすがに暑いのか、癖のある金髪を後頭部で束ねていた。

 部屋着という感じではない。出かける用事でもあったのか――それならちょうどいい。


「まあいいや。セーラ、さっそく相談事ってのを聞こうじゃないか。取引だ。実は俺も頼みたいことがある」

「ん……、ええ……? センセイが? 頼みたいこと? ヤな予感しかしねーけど」

「いいから。俺も暇じゃねえんだし、早く話せよ」

「えー……じゃあ学校の、試験の話なんだけど」


 ああ、それか。と、俺は思う。

 印堂から概要は聞いている。夏休み前にある一学期の期末試験だとか。


「期末試験をクリアしないと、私ら、夏休みがないどころか単位落とす危機なんだよ。特に実技。魔王を狩る必要があってさ」

「実技さえクリアできれば、筆記はイケるのかよ」

 主に印堂のことを言っている。

 あいつの学校の成績は、非常に残念なレベルだ。数学で言えば、代数の概念を理解しているかどうか辺りから怪しい。


「まあ……筆記はなんとかするよ。こっちで。最悪、追試と補習でカバーできるしさ。雪音の夏休みは消えるけど……」

「さすがアカデミー。勇者養成学校だな」

 人殺し養成学校でもあるわけだ。

 実技、つまり魔王を殺せる腕さえあれば、進級してしまえる。あとは補習を従順に受け入れる犬のような忠誠心があればいい。


「茶化すなよ。ホントに実技ヤバいんだから。知ってるかもしれないけど、うちらって魔王殺しの計画とか成功したことねーし! ほら、調理実習とかと同じで結果良ければオーライじゃなくて、ちゃんとプランニングから点数になるんだからな!」

「まー、そりゃそうだ。勇者ってのは『やさしさ』が必要だからな」

 俺は笑った――仮にも暗殺計画。

 民間人への被害がないよう配慮できなければ、アカデミーとしてもそんな狂犬を世に出すわけにもいくまい。


 どんなバカでも勇者にはなれるが、民間人から訴えられないような配慮がいる。

 俺たちは専門用語で「やさしさ」と呼んでいる。主にマルタが言い出して、あんまりにも笑えたからそう決めた。


「笑いごとじゃねーんだって。他にも実技だと、勇者候補生との立ち合いもあるしさあ」

「お。なるほど?」

 前に言っていた、剣技での勝負というわけか。こっちには興味がある。


「いいなそれ。ちょっと見学させてくれよ」

「……え?」

「魔王殺しのプランニングについては、印堂にレクチャーしてやった。散歩がてら。まあ最後の方はグダったけど、参考になっただろ。……たぶん。……なったような顔をしていた」

「マジかよ!」


 セーラは青い目を丸くして、テーブルに身を乗り出した。

「え、マジで? それって要するに、雪音と出かけたってことかよ!」

「印堂、お前らに言ってないのか。アホすぎる。レクチャーした意味ねえな」

「そうっ……だけど、そうじゃなくて! うわー……めっちゃ理不尽……そういうことするか、あいつ? 自分がそういうのされると、超理不尽だわこれ。うわー……」


 自らの金髪を抱えたセーラを見て、俺も思う。

 確かに理不尽だ。

 俺がせっかく仕事のやり方を見学させてやったのに、一ミリも活かす気がない。しかも俺の教師スキルにダメ出しまでしやがって――

 まあ、後で厳しく言っておこう。

 いま俺がやるべきことは一つだ。


「じゃあ、セーラ。俺もお前らにありがたいアドヴァイスをしたい。ちょっとした事情があって、教育者として張り合う相手ができた。よって一つ頼みがある」

「……ん? え、なんだよ。もうそっちが頼み事するフェーズになってる?」

「アドヴァイスにも関係ある話だよ」

 俺は紅茶をすすって、本題を切り出すことにする。


「アカデミーを見学したい。案内してくれ」

「は?」

「どういう教育やってるのか、直接見てみたい。ってか聞きたい」

「え?」

「俺のレッスンが劣っているとは思えないけど、まあ、一応な。一応、調べとこうと思って。今日これから行こうぜ。セーラも出かける予定あったんだろ?」


「いや、いやいやいやいや!」

 セーラは勢いよく立ち上がった。

 露骨に慌てている。あらゆる感情が顔に出やすいやつだ。


「無理だって、今日は学校休みなんだけど! 別に出かける予定なかったし!」

「休みの方が都合がいい。城ヶ峰とかいないんだろ」

「い、いないけど、授業とかやってるわけじゃないし」

「嘘つけ。知ってるんだぜ、休日でもアカデミーはどなたの見学でも受け付けてます――って、ほら」


 俺はスマートフォンを操作して、アカデミーのウェブサイトを表示させる。

 そこには『見学をご希望の方』という案内があった。


「なんか休日でも自主トレとか補習とか特別強化コースとか、そういうのやってるらしいじゃねーか」

「そ、その見学はちゃんと申し込んでからじゃないと……」

「理事長の娘が連れてきた見学者は、まあ断れないだろう」

「……そういう言い方、やめてくれよ」

「悪かった。とにかく、俺のアドヴァイスが必要なら案内してくれ」


 拗ねた顔のセーラに謝り、俺も立ち上がった。

「俺も先生としてレベルアップしようと思ってな。頼む。メシくらいは奢ってもいい」

「んんん……」

 唸り声をあげ、セーラは腕を組んだ。数秒だけ目を閉じ、やがて細く開く。


「……雪音には?」

「なに?」

「さっき言ってた、雪音にだけレクチャーしたやつ」

 根に持ってるなこいつ、と俺は思った。

 恐らくこの三人の間では、仲間外れはご法度の一つなのだろう。前もすごいブーイングを受けた記憶がある。


「雪音には夕飯奢ったのかよ」

「ああ。酷い目にあった。危うく仕事の金がほとんど吹っ飛びかけたぜ」

「……じゃあ、私にも奢るなら」

 セーラは唇の形をへの字に曲げて、ほとんど首を傾げるようにしてうなずいた。

「まあ、案内してやってもいいよ」

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