番外編・冷たい散歩(5)

 レンタルDVDの店舗なら、よく利用する。

 俺たちだって《グーニーズ》で毎週カードゲームばかりやっているわけではない。たまにはダーツで健康的に遊ぶこともあるし、文化的にDVDを上映することもある。

 特に、『ロード・オブ・ザ・リング』は何回見たかわからないほどだ。


 最近では、この上映会に印堂が勝手に参加する日もあった。


「……あれ」

 印堂は軽く背伸びをして、指を差す。

 棚の上の方だ。ずらりと並んだDVDのうち、とある監督による作品群。


「借りたい、教官」

「あれか」

 なんとなく予想はできたが、俺も並んだタイトルを覗き見る。

 やはりアル・パチーノ作品。

 勇者映画だ。裏社会のヤバい連中が殺したり殺されたりするやつ。銃弾と剣と血しぶきが飛び交う映画。例外はない。

 勇者映画というジャンルの一時代を作り上げた監督ではある。


「印堂、ホントにアル・パチーノ好きだな」

「うん。なんか……こう……タフな感じ? ……が、好き。教官も好きなはず」

「まあ、割と」

 認めるのは癪だが、俺も嫌いではない。


「じゃあ、上映会やりたい。《グーニーズで》」

「別にいいけど……」

 いいかけて、考える。

 印堂が上映会にDVDを持ち込むようになってから、バイオレンス比率が高くなった気がする。

「……印堂のチョイス、やたら血が出るやつ多くないか? なんなのお前、暴力に魂を支配されてんの?」


「ダメ?」

「ダメではないけども」

「ジョー……さん、の持ってくる映画よりマシだと思う」

「ほっといてやれ。ジョーはクソ映画が好きなんだ」

 ジョーが特に好むのは映画館で上映されていないようなマイナーなパニック系の映画だ。そして、俺も別に嫌いではない。


 そんな風に俺たちがDVDを物色していると、マルタがずるずると近づいてくる。

「なあ、ヤシロよ」

 こいつの歩き方は、自分の影を引きずるようにどこか重たい。なんとなく人目のある場所を歩くことそれ自体を恥ずかしがっている節もある。


「こいつもついでに借りてくれよ、お願いだ。新しいやつ出てたんだよね」

 マルタは俺にDVDを押し付けてくる。こいつは身分証がないから、会員カードが作れない。借りるときは他人に頼む必要がある。

「仕方ねえな」

 俺はDVDを見た。明らかに低年齢向けのアニメ作品だ。擬人化された小動物たちがパッケージに描かれている。


「……それも上映するの?」

 印堂が怪訝そうに尋ねてくる。

「まあな」

「どんな映画……? アクションなさそう……」

「当たり前だろ、アホめ。このピースフルな映画の世界には、剣とか血とかゴアシーンは一切ねえよ」


「そうそう」

 マルタは嬉しそうに笑った。

「好きなんだよね、おれ。なんたって愉快な感じが。カラフルだし」

「そうだ印堂、お前もこの作品で平和なマインドを身に着けてみろよ。子供向けアニメは情操教育にいいって噂もある」


「情操教育……」

 印堂はその単語を繰り返し、マルタとDVDを真顔で見つめた。

「成功してるの?」

「えっ」

 マルタは急に不安そうな顔で視線を泳がせた。俺に助けを求めてくる。

「ど、どう思う、ヤシロ。ジョウソウキョイウクって、なんか……どういうアレ? 学校で習うやつ? 法律系の話……? おれ、またなんかやっちゃった……?」


「落ち着け。専門用語みたいなもんだ、たいしたことねーから気にするなよ」

「な、なら、いいんだけど……」

「それよりマルタ、見つけたか? ここで固まってるとあっちが困るだろ」

 マルタが挙動不審な兆候を示していたので、俺は本題に戻すことにした。この店を訪れた目的のことだ。


「あ、うん。そっちの裏にいたよ。話はしといた。予定通りの場所で仕掛けるって」

「さすがマルタ、仕事が速い。あっちか?」

 マルタが指示した棚の反対側を、俺も覗いてみる。

 明らかに堅気とは思えない、派手なストライプスーツの男と目が合う。陰険な目つき。やつは無言のまま、笑いもせずうなずき返してきた。


 これがレンタルDVDショップのいいところだ。

 視線を遮るものが多く、本屋よりも小声の雑談がしやすく、店舗への出入りに心理的な障壁がある。

 特に平日。待ち合わせて通りすがりに密談を交わすなら、ちょっと気の利いたスポットと言えるのではないだろうか。

 俺は常々そう思っている。


 俺は片手をあげて挨拶をする。

「どーも。よろしく頼むよ、損はさせねえから」

 こういうのも社交の一つだ。ストライプスーツの男は、愛想笑いとも皮肉ともつかない微妙な笑みを浮かべた。

「うまくやれるんだろうな? 《死神》と《もぐり》の言うことだから乗ってやるが、空振りだったら面目が潰れる」


「へへ」

 この中途半端なお世辞に、マルタが嬉しそうに鼻をすすった。

「ヤシロ。おれ、もしかして有名?」

「当たり前だろ」

 色々な意味で、マルタの評判は広まっている。業界では徘徊するモンスターのような扱いをされているらしい。


「とりあえず、俺たちの実績を信頼してくれよ。知ってるだろ? 無敵の《グーニーズ》の最強コンビだって」

「だといいけどな」

 俺の回答で、どこまで納得したものか。ストライプスーツの男は鼻を鳴らした。


「教官」

 印堂は俺の肘を引っ張る。

「いまの、どういう話? この人、誰?」

「この人は偉大なる《輝ける紫煙》卿の眷属だ」

 俺はおどけて言って、言い過ぎたと思ったが、ストライプスーツの男は無言で眉をひそめただけだった。良かった。心が広いやつは好きだ。


「このあたりのシマは《輝ける紫煙》卿って魔王が支配してたんだが、調べたところ、《ローグス》に思いっきり押されてるみたいでな。《輝ける紫煙》卿の死亡説まで流れてる始末だ」

「その辺にしとけ、《死神》」

 ストライプスーツの男が、わざとらしくネクタイの結び目をいじくる。苛立っているというサインを送っている――そういうポーズだ。


「うちのボスが死ぬはずがあるか? どうやって殺す? 少なくとも、俺には思いつかねえ。《ローグス》なんて虫ケラの群れだ。数が多いのが難点だがな」

「さすが。駆除なら俺も手伝うよ……ってわけだ、印堂」

 俺は印堂の肩を叩く。

「利害が一致する。俺は今日、《ローグス》所属の魔王を一人殺す。ついては、この方々に援護を頼む」


 俺が調べた限り、《ローグス》に所属する魔王は二十七。

 今回のターゲットである《貪婪たる鱗》卿は下から数えた方が速いが、やつを消せば確実な戦力削減にはなる。《ローグス》への加盟を希望する、新入りへの牽制の意味もできる。


 つまり《輝ける紫煙》卿にとっては、ノーリスク・ハイリターンな一手になるだろう。彼らがやってくれるのは単なる援護だ。遠くからの銃撃くらいしか期待できない。

 だからこそ乗ってくる。

 それで充分意味がある。


「じゃ、宜しく頼むぜ。《輝ける紫煙》卿によろしく――あんた、名前は?」

「ウラキ。《閉じ屋》のウラキだ」

「おっ。いい二つ名持ってるじゃん! かっこいいな、お前!」

「知るか。せいぜい気をつけろよ、《死神》ヤシロ」

 ウラキは俺に背を向け、多少の悪意ある笑みを浮かべた。


「何もかも計画通りに行くことなんてない。知ってるか? 向こうには隠し玉がいる――護衛に雇ったらしいぞ。ちょっとした腕利きの勇者を」

「へえ」

 俺はあえて素っ気ない反応を示した。それによってウラキの発言を引き出そうとした――それは成功した。

「あの《ルービック》の生徒だとさ。北九州で暴れてたやつ、名前は確か、トモエだったか?」


 印堂が少し緊張したのがわかった。

 俺は思わず声をあげて笑ってしまった。馬鹿め。

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