番外編・ブレイブソード(エピローグ)

「んん――んんんんん!」

「なにやってんだよ、お前ら」

 仕方がないので、俺はオカダの全身にまかれたダクトテープを剥がしてやる。オカダはしきりと何かを唸り続けていたので、口元を剥がすのは後回しだ。


 それより、気にすべきことがある。

「あの程度の半人前を相手に、何を軽くあしらわれてるんだ。俺の教え方が下手みたいだろ」


「……実際、そうなんじゃ、ない、ですかね」

《二代目》イシノオは苦痛に顔を歪めながら、生意気な台詞を吐いた。注意深く、自分の腹に刺さったレイピアを引き抜こうとしている。

 おかげで息が荒い。

「こんな武器、相手に……したこと、ない、っすから」


「イシノオ後輩。失礼だぞ!」

 城ヶ峰の叱責。だが、こいつも情けない戦いをしたことには変わりない。

「これが師匠の教えなのだ。自らの血と汗で学び取った技のみが、本当に身に着くのだ! ……ですよね、師匠!」


「遠回しに俺が説明もヘタクソみたいなこと言うんじゃねえよ! それは城ヶ峰にだけは言われたくねえんだよ。っつーか、お前はエーテル知覚もっと有効に使え。何度も何度も刺されやがって」

「はい! 師匠、その点をご相談しようと思っていました。こちらも心の声を聞こうとしてはいたのですが!」

 城ヶ峰は喋りながら首をひねる。


「なんといいますか。こう――特別な混線? いままでにない感覚で、異音、雑音――というのはあまり正確ではありませんね。流れる音源に微妙な揺れがある、というべきでしょうか。あ! そう、カラードノイズという言葉をご存知ですか? 音響用語なんですが、あれは――」

「わかった。俺が悪かったから、説明やめろ! 頭痛がする!」

 こいつに複雑な説明をさせると、こっちの神経がダメージを受ける。とてもじゃないが把握しきれないし、余計にわからなくなる。

「――イシノオ、お前はどう思った?」


「ぼくだって、よくわからない、っすよ」

 イシノオは歯を食いしばり、ついにレイピアを引き抜いた。

 ぶっ、と血が噴き出したものの、手でおさえるとすぐに止まる。増幅されたエーテルが現実緊張度を緩め、認識による「後退」現象を可能としている――専門用語にすればそういう現象らしい。


「こっちの動きが読まれてるみたいに、フェイントにぜんぜん引っかかりませんでしたね。いやマジで。意味わかんないんすけど」

「それはお前がヘボいからだよ。そういうエーテル知覚なんだろ」

 なんとなく、心当たりがある。それによく似た使い手を知っているからだ。


「なんにせよ、お前らは剣技でズタボロにやられたわけだ。相手が魔王なら今頃死んでるぜ――と。そろそろ、いくぞ」

 雑談しながらも、俺は手を止めていない。

 俺はオカダの全身を拘束するダクトテープを外し、最後に口元のやつも勢いよく剥がした。


「ぶっふはっ!」

 ほとんど倒れこむようにして、オカダが咳き込む。喉からはいまにも死にそうな呼吸音が鳴る。

 俺は拍手した。

「よし、まだ生きてるな」


「……そりゃもう、生きてるよ。どうにか。いや――死ぬかと思った。ねえ。鼻血が詰まってたんだよ。窒息するかと思ったよ。わかる? ぼくの苦しみ?」

 呼吸は苦しそうだったが、ぺらぺらと舌はよく動く。そういうやつだ。喋りたくて仕方がなかったのだろう。


「ぼくが死んだら、ただの怨念じゃ済まないぜ」

 オカダの口からは次から次へと軽薄な言葉が出てくる。

「近くを通りかかる人間はみんな血ヘド吐いて死ぬみたいな、平将門レベルの恨みを残す自信がある。知ってる? 大魔王・平将門。関係者が次々と災難に遭うんだよ――っていうか、遅いよヤシロくん」


 ひとしきりどうでもいいことを言い終えると、オカダは俺の肩を掴み、不満げな顔をした。

「せめてあと十分くらい早く来てくれないと。あと、いまのムカつく女子二人もぶち殺しておいてほしかった」

「文句が多いな。せっかく助けてやったのに」

「いや、ぼくは言うよ。どんな状況だろうと文句は言う。ストレスは溜めずに、すぐに吐き出すのが健康のコツなんだ」


 まくしたて、よろめきながら立ち上がる。

「畜生……、ひどい目にあった。このストレスは凄いぞ。もう溜まりまくってる。誰かぼくより不幸な人いない? 重病人とか。紹介してよ。そいつを使ってストレス発散したい」

「む」

 城ヶ峰が顔をしかめ、耳を抑えた。

 大方、オカダの心の声が聞こえてしまっているのだろう。


「師匠……いま音漏れ状態で聞こえてしまったんですが、その方、かなり邪悪な念を抱えているのでは?」

「わかるか。性格悪いんだよな、こいつ」

「聞こえていた雑音の四分の一、いや三分の一くらいはこの方の心の声だったような気がしてきました」

 可能性はある。


 オカダは性格の悪さが災いして、鍛冶屋組合から追放された男だ。

 自称、ストレスに弱い「繊細」な人間。

 自分より才能のありそうな後輩の鍛冶道具をまとめて破壊するわ、そのことを叱責した先輩の車を勝手にスクラップにするわ、決して身近にいてほしくはない人物だ。

 おまけに客も選ぶ。


 客選びの基準はこうだ――やついわく、

『自分が鍛えた武器でより不幸になりそうなやつ』

 にしか剣を打たない。らしい。


「まあいいや。城ヶ峰は黙ってろ」

「しかし、師匠、その方の邪悪さは並々ならぬ――」

「無視してくれ、オカダ。それより聞きたいことがある。さっきのやつら、なんだよ」

 俺はあの二人が消えた壁を指さした。


「お前が特殊なプレイのために雇った専門家じゃなけりゃ、傭兵勇者だろ」

「正解。この辺り、最近だいぶ忙しくてね。《三弦同盟》と《ローグス》がひたすら縄張り争いをしてる。ショバ代を払う先が毎日のように変わるんだ」


 うんざりしたように、オカダはため息をつく。

「面倒なんで、もうバックレることにしたらさ。やつらが来たんだよ。あの二人は《ローグス》所属の連中ね。ほんと几帳面すぎだよ、全員死んでほしいよ」

「《ローグス》か。ここのところよく聞くが、そいつら何者なんだ?」

「東京の南側でいま一番の勢力だよ。アメリカ系の魔王グループ、外資系ってやつ。きみ、知らないの? 《死神》ヤシロも事情に疎いなあ」


 というより、ここのところ俺も忙しかった。東京の拠点を留守にしていることが多かったし、常になんらかの用件に追われていたといってもいい。

 だが――


「《輝ける紫煙》卿はどうした。東京の南つったら、あいつの縄張りだろ」

 俺は気になっていた名前を挙げた。

 東京南部、湾岸地帯を強力に統率していた魔王のことだ。

「そんなもん知らないよ。殺されたって噂もある。とにかく、《ローグス》はあの一帯を完全に抑えてて、いま、この辺まで進出してきてるわけ」


「そうかよ」

 不吉な予感がした。

 あるいは、稼ぎ時というべきか――この調子では《三弦同盟》も黙ってはいないだろう。アーサー王のクソ野郎と、その手下どもだって動いている。

 戦争がまた近づいているのかもしれない。


 何より、《E4》のことがある。

 あのシズと呼ばれた女が、その類似品を使っていたのは間違いない。製法が流出したのか。あの「新型」の精製技術がそもそもどこから来たものか――


「……あの。ちょっといいっすか」

 イシノオは腹のあたりを抑えて、いつの間にか起き上がっている。具合は悪そうだが、死にはしないだろう。恐らく。

「いまの話なんですけど。《ローグス》がどうとか――」


「やめとけ」

 俺はイシノオを嘲笑った。そういう表情を作ったつもりだったが、うまくいっただろうか。

「首を突っ込むな。ろくなことにならねえぞ」

「いえ。一ミリも興味ないですよ、そんなもん。関わりたくないし。そんなことより、ぼくが言いたいのは」


 イシノオは、ぐっ、と喉の奥を鳴らした。気持ちが悪そうなうめき声だった。

「――剣、売ってもらいに来たんですけど。本来の目的忘れてないすか?」

「あ」


――――


 それからおよそ一時間。

 すっかり夜も更けた、いつもの《グーニーズ》にて。

 城ヶ峰もイシノオも家に帰した俺は、ようやく自由の身になって酒を飲みなおすことにした。オフの日の夜なのに、少し色々ありすぎた。


「――で?」

 グラスを磨きながら、エド・サイラスは片眉を吊り上げた。

「結局、どうしたって?」


「オカダのやつ、恩着せがましいんだよな。助けられた礼に、やつらにも特別に剣を打ってやるってさ。それも有料で」

 俺はグラスの中身を呷る。安物のウィスキーの味がする。

「ぜんぜん礼になってねえよな、これ。ただ単に顧客増やしただけだろ」


「だが腕は立つ。俺も、お前の師匠も世話になった」

「まあ、確かに」


 オカダの刀剣鍛冶としての技量は、変態的だ。

 俺のバスタード・ソードを例にとってみればわかる。やつはこれを二日とかからず完璧に仕上げてくる。


 刃渡りが七十センチを超えるような鋼をそのスピードで鍛造するのは、「焼き入れ」という最後の冷却処理を、確実に一発で成功させなければ無理だ。

 この「焼き入れ」までの工程でわずかでもミスがあれば、ヒビや歪みが生じて、また一からやり直さなければならないという。


 オカダはそれを失敗しない。

 勇者の武器には、クオリティと同じくらいスピードが必要だ。どんな武器であれ、魔王を暗殺するチャンスに間に合わなければ意味がない。


「それより、本題を聞こう」

 エド・サイラスは磨き終わったグラスを置いた。

「《ルービック》の名前が出たんだな?」


「ああ。あいつ、こっちに戻ってきてるみたいだ」

「ここに顔を出したことはないぞ」

「一応、気にしといてくれ。俺は俺で探ってみる」

「《ローグス》と接触するつもりか?」

「――いや」


 それは無理だ。

 俺はどうも《ローグス》とは敵対的な接触ばかりしている気がする。外資系のグループってところも、《E4》の件も気に入らない。

 それに、《ルービック》と次に会うときのために約束していたことがある。


「あいつとは次に会うとき、どっちかが引退できるようにしてやるって決めてた。ちょうどいい機会だろ? だからさ、エド」

 俺は乾杯するようにグラスを掲げた。

「《三弦同盟》の誰か――できれば魔王三役のうち誰かがいいな。連絡をつけてくれ。こいつはもうすぐ戦争になるぜ」


「気軽に言ってくれるが、料金はもらうぞ」

「いいよ。ちょっと稼いでくる。いまは稼ぎ時だ」

 人間の命が軽くなる環境。

 それこそ、勇者の職場というやつだ。

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