番外編・ブレイブソード(5)

 レイピアを使う勇者は、貴重――とまでは言わないが、そこそこ珍しい。


 理由は二つ。

 与える傷が鋭利すぎることと、刺突を主目的にした武器であるからだ。

 どちらも魔王に対しては相性がよくない。与えた負傷もほとんどすぐに完治されてしまう。


 これを補うために、レイピアのような刺突剣の使い手は、多くの場合ショート・ソードやダガー、鉈のような武器を併用する。

 刺突で動きを止め、あるいは腱や関節を傷つけて、首を刎ねる。

 そういう戦術が広く知られているものだ。


(この相手は――)

 俺はシズと呼ばれたゴスロリ女を観察する。

 いかにも武器を隠しやすい衣装。切断用の補助武器を複数用意しているに違いない。

(いい練習相手って感じだな。まともにやると苦戦するぞ)


 案の定、城ヶ峰は俺の予想通りの動きをしていた。

「やっ!」

 気合の声。

 シズに向かって激しい踏み込み。勢いだけはある、正面からの斬撃だった。弾丸の速度。


 ――もちろん城ヶ峰の刃はレイピアによって弾かれた。俺にはよく見えなかったが、城ヶ峰がよろめくのがわかった。

 一瞬の交錯で反撃まで食らったらしい。

 太ももの辺りから血がこぼれた。


 ほぼ同時に、上ずった《二代目》イシノオの声も聞こえた。

「うっわ」

 間髪を入れずに攻撃を仕掛けたのだろう。

 こちらは低い姿勢でシズの足元を狙ったようだが、無様に転倒している。どういう攻防があったのかはわからない。


 ただ、半泣きの顔で俺を振り返った。

「ヤシロさん、手ごわいっすよ。手伝ってください!」

「手ごわくねえよ、てめーがヘボいんだよ。よそ見すんな!」


「――まったく! 師匠の仰る通りだ、未熟者め!」

 城ヶ峰は偉そうにわめいて、イシノオのカバーに入る。

 シズの刺突を盾で弾いた。続く連撃も、三度か四度。受けきれずに額に傷。それでも、相手を押し返すことには成功した。


「ん」

 シズは小さく首を傾けた。

「意外と、手ごわいですね。本当に意外です。どこに雇われているんでしょうか?」


「ふっ。そうだろうそうだろう! 私は師匠の一番弟子だからな!」

 城ヶ峰は満足そうに笑って、対峙する。

「――というわけで師匠、アドヴァイスをお願いします! いつもの! すごい役に立つやつを、ぜひ!」


「相手の得物をよく見ろよ。工夫しろ、工夫を」

 求められたので、俺はありがたいアドヴァイスをしてやった。

「レイピアの攻撃範囲は広い。手元から円錐形に広がって、間合いは有利に働く」


 シズが手にしているのは、古風な戦争用のレイピアだ。

 競技用のレイピアのように撓らず、先端は両刃に磨かれている。

 それはつまり、限定的ではあるが斬撃にも使えるということだ。より広い範囲を攻撃できる。


「間合いを詰めろ。押せ。ビビってないで手元に入れ」

「はいっ!」

 城ヶ峰は愚直に踏み込む。イシノオは死角に回ろうとする――影のように走る。

 シズのフリルだらけのスカートが翻り、再びいまの俺には捉えきれない速度で攻防が始まる。


「もっと足使え。サボるな。下半身を狙われても、盾のガードは下げるなよ」

 こいつは楽だ。俺は腕を組み、声だけかけてやる。

 いくら未熟者の二人とはいえ、同時にかかればそう簡単に崩されない。

「レイピアと戦う感覚としては――そうだな。槍を相手にしたときを思い出せ。ほら、あいつだ、トモエっつったよな? お前がボコボコにしやつ」



「――トモエ?」

 意外なところから反応があった。

 シズの方じゃない。いまだに壁際で鍛冶屋のオカダを踏みつけている、顔面総ピアスの女の方だ。


 怪訝そうな――あるいはなぜか迷惑そうな顔で、俺を見ていた。

「あんた、もしかして、トモエの知り合い?」

「まあな」

 ここだ。

 俺はありったけのハッタリをかますことにした。

 シズの方はもしかしたら嘘を見分けられるエーテル知覚の持ち主かもしれない。それでも通用するようなやつをかましてやる。


「《ルービック》のことも、よく知ってる」

「そう?」

 顔面総ピアスは素っ気なく答えたが、表情に微妙な緊張が走ったのがわかる。具体的には、瞬きと頬の動き。


「お前、あいつの弟子だろ? 元気か? いや、違うな。あいつが元気のはずがない。まだ死にそうなツラしてるに決まってる。《E3》は抗鬱剤でもマリファナでもねえんだぞって、俺たちが何回言っても聞かなかったからな」

「……あいにく、生きてるよ」

 俺は矢継ぎ早に質問を飛ばし、顔面総ピアスは部分的に答える――「弟子」の部分は否定しなかった。


「――それで?」

 城ヶ峰とシズが打ち合い、イシノオがいちいち泣きそうな声をあげる。その騒音をBGMに、俺はもう少し情報を引き出そうとする。

「《ルービック》は、いま何をやってる? 誰に雇われてるんだ?」


 そう。やつのことだ。

 何よりも気にかかることがある。


 かつて、《ルービック》という男がいた。

 俺の兄弟子にあたる男で、師匠からはレイピアを組み合わせた両刀の技術を専門的に教わっていた。神経質で陰気な男だったが、俺とは、まあ――そこそこ気が合った。何度か一緒に仕事をしたこともある。

 が、ちょっとした意見の食い違いから、師匠と殺し合いの喧嘩をした挙句に逃亡。

 俺は仲直りさせるつもりだったが、気弱で小心者の師匠は頑として譲らず、結局それ以来顔を合わせずじまいだった。


 そのあと、「北九州のあたりで傭兵を始める」という手紙を一度だけ受け取った。

 傭兵というのは、俺のようなフリーランスでも正規雇用でもなく、臨時雇用専門の勇者を意味する。

 それきり行方はわからなかった。


「俺はその足元のアホを保護したいだけで、誰にも雇われてない。そいつを殺したらお前らも面倒なことになるぞ」

「んんんん」

 足元のアホ、すなわちオカダが何か不満そうに呻いた。構っている暇はない。


「わかってるよ」

 顔面総ピアスの女は、わずかなため息を漏らした。

 そして、背後の壁に手を添える。

「そっちと一緒だよ。こっちも情報が欲しくて時間を稼いでただけ。――シズ! 妖精さんはどんな感じ?」


「いえ。恐らく、本当にフリーランスですね。時間の無駄でした」

 シズは涼しい顔で応じた。

 その間も手は止めていない。イシノオを蹴り倒し、レイピアの先端で渦をつくり、城ヶ峰のショート・ソードを弾き飛ばす。


「戻りましょう。仕事は終わりました」

「いいのか? こっちは一人殺されてるけど」

「それもそうですね。では――」

 シズはレイピアを振るった。ごく軽く。そう見えるような動作だった。


「バランスを取りましょう」

 シズの踏み込み。

 イシノオは悲鳴をあげた。かろうじて刺突をそらしたものの、鈍すぎる。肩を貫かれ、ついでに腹部。


「いっ」

 金切り声が出そうになった。

 歯を食いしばって止めたイシノオは、泣きながら罵倒の言葉を叫んだ。怒りと泣き顔の、ちょうど中間の表情。

「てぇな、クソが!」

 その声は呪詛に似ていた。


 反撃というにはあまりにも不格好すぎる。

 腹部を貫いたレイピアを掴み、力任せにショート・ソードの一撃。殴りつけるような無様さ。しかし、命中はする。


「あら」

 レイピアを手放し、飛び離れるのが一拍遅れた。

 シズの右腕が、肘の付け根から切断されている――俺は思わず目を見張った。

 イシノオの無様な反撃に対してではない。そこから起きた変化に、だ。


「失敗しました」

 シズの腕――切断された傷口がうごめくのを見た。ごぼごぼと泡立ち、どす黒く膨張し、そして形を作る。

 もとのような、ほっそりとした白い腕。

 切断されたとは思えない、焼け焦げたような痣が残る程度の修復。こういうのを見たことがある。


 俺は思わず城ヶ峰の横顔を見た。

 クソ真面目な、しかし呆気にとられたような表情。間抜けすぎる。


「アブないよ、シズ――けどうまくいったな。冷汗かいた」

 顔面総ピアスの女が大きく息を吐き、壁に手を触れた。

 いつの間にか、そこにドアが出現している。なんらかのエーテル知覚。この女のものか、そうではないのか。


 くそ、思考が追いつかない。

 考えることが多すぎる。


「行こう、シズ。その腕は教授に診てもらった方がいい」

「はい」

 ドアが開き、二人のともそこに滑り込む。


「待て!」

 城ヶ峰の、あまりにも遅すぎる声が残響した――閉じたドアは、痕跡も残さず掻き消えている。


「マジかよ」

 いま見た光景が意味するところを、俺は頭の中で転がしてみた。《E4》。ドリット。城ヶ峰。切断された肉体の完全修復。

 最悪すぎる。

 酔った俺の幻覚ならば、どれだけ良かったことか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る