番外編・ブレイブソード(4)

「あの、いやマジで。奥に二人っすよ。最低でも二人です」

 店の奥へと歩きながら、イシノオは繰り返した。

「敵対関係、切っておいた方が良くないすか」

「必要ねえよ」

 面倒なので、俺は片手を振って黙らせた。


「入り口のやつ、見たろ。お前ら程度にやられたヘボ中のヘボ。あれを見張りにしてる時点で、奥のやつらのレベルがわかる」

 半分は本当で、半分は嘘だ。

 入り口にいたやつはそこそこ腕が立つ。二対一じゃなければ、イシノオも城ヶ峰もたやすく捻られていただろう。


「ちょうどいい練習のチャンスだ。お前らだけで片付けてみな」

「それって、ヤシロさんが働きたくないだけですよね?」

「ふっ。そう怖がるな、イシノオ後輩」

 城ヶ峰は偉そうに、かつ勢いよくイシノオの背中を叩いた。


「師匠は我々の腕前に期待してくださっているのだ。安心しろ。イシノオ後輩がしくじっても、この私がフォローする。そう、姉弟子として!」

 力強く断言すると、城ヶ峰は横目に俺を見た。それからもう一回言う。

「そう――姉弟子として! 師匠の一番弟子として!」


 俺は反応しなかった。

 狭い廊下をたどり、店の最奥――おそらく倉庫となっている部屋までたどり着いていたからだ。イシノオの見立てでは、敵対者二名はこの向こうだ。

 だから城ヶ峰がいくら俺をチラチラ見ていたところで反応している暇はない。

「あの師匠、聞いてます? ここは師匠が『よし、一番弟子で美少女の城ヶ峰に任せた』的なことを言ってくれるようなシーンだと思います。大事ですよ! そういうのは!」


「ちょっと黙ってろ。ってかイシノオ、ぼーっとしてるんじゃねえよ。お前は城ヶ峰の先輩風を浴び続けてろよ」

「や、冗談じゃないんすけど」

「あ! 師匠、なんとなくさっきから態度が邪険ではないですか!」

「そこそこ緊張感あるシチュエーションなんだよ――いいから黙ってろ。俺がゴーサイン出すまで喋るなよ!」

 顔を近づけてくる城ヶ峰を押しのけて黙らせ、俺は無造作にドアを開ける。


 そこには、まあだいたい思っていたような光景があった。


 散らかり放題の倉庫、というか物置。

 その床に転がされ、ダクトテープで両手両足を拘束されている、見覚えのある顔――この鍛冶屋の主。信州屋二代目オカダ成貞という。

 体格のいい、一見したところラガーマンのような男だが、目つきが妙に情けない。顔がボコボコに腫れあがっていればなおさらだ。

 彼はその泣き顔を俺に向け、何かを訴えるように叫んだ。

「んんんんん! んんっんん、んんんーーーーー!」


「何言ってるかさっぱりわかんねえよ」

 俺は苦笑いした。オカダの口もダクトテープでふさがれている。

「なあ――それ、剥がしてやってくれないか。俺たちの用が済んだら、また好きにしていいからさ」

 声をかけたのは、オカダの傍らにいる二人の人物に向かってだ。

 どちらも女のようだった。


「――ああー」

 先に唸るような反応をしたのは、床に座り込んでいる方。

 パーカーを羽織った、妙に不健康そうな女。耳、唇、鼻と、顔面はピアスだらけだ。得物は手斧――片手でそれを弄んでいる。

「はい来た。これよ、こいつらが想定外。ね、どんな感じ?」

 その問いかけは、もちろん俺たちに対してではない。もう一人の女に対してのものだ。


「そうですね」

 落ち着いた返事。

 こちらもなかなか異様な格好だ――メイド服。いや、ゴスロリ系とでも言えばいいか?

「なんとか対処しましょう。ここで引いたら教授に怒られます」

 どう考えても無駄なフリルや装飾が満載されたブラウスと、編み上げブーツ。さらに両手で傘を抱えている。

 武器らしいものは見当たらないので、どうせ傘に仕込んであるのだろう。古典的な偽装だ。


「面倒になってきたわ」

 顔面ピアスだらけの女は、ため息をついて壁に寄り掛かる。

「とりあえずシズ、前よろしく。援護するよ」

「はい。退路を――」


「舐めたこと言ってくれるじゃねえか」

 主導権を握るため、俺は二人の会話に割り込んだ。

「お前らみたいな、見るからにイロモノの三下が『対処』するとか! すげえ笑っちゃいそうなんだけど、まずお前ら誰だよ?」

 挑発気味に言葉を続ける。イシノオは迷惑そうな顔をしたが、気にしない。


「そちらこそ」

 ゴスロリ風の女――おそらく『シズ』は俺の挑発に乗る様子もなかった。むかつくくらい落ち着き払った女だ。その大げさな見た目から《嵐の柩》卿を思い出す。

「どなたですか? 我々に敵対するおつもりで? そもそも――」

 そこから、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。


「陣営はどちら? 《ローグス》? 《三弦同盟》? それともまさかアカデミー?」

「知るか。俺たちは《グーニーズ》だよ」

 俺は極めて適当なことを言った。

「知らないか? 最強勇者の集まる梁山泊みたいな感じで、とにかくヤバいんだぜ。ここにいる二人なんて狂犬みたいなもんだから、あんまり刺激するなよ」


「えええ……」

 イシノオの顔が引きつっていた。

「ヤシロさん、そういうこと言うのやめましょうよ。ぼくらバカみたいに見えません? 酔ってますよね?」

「うるせえし、お前ほんとアマチュア意識抜けよ、殴るぞ。なんで俺の名前言うんだよ」


 俺たちの反応をよそに、顔面ピアスとゴスロリ女は一瞬だけ視線を合わせた。

「――シズ。どう?」

「すべて本当ですね。所属はどこでもありません。となると、彼らは本当にイレギュラーのようです」


「あ、やべ」

 俺は少し慌てた。

 ゴスロリ女の方、この一連の流れから察するに、なんらかの情報系エーテル知覚持ちだ。偽装が甘くて助かる。

 逃がしてはならない、ということがわかった。


「よし、狂犬ども」

 二人の女を指さし、俺は城ヶ峰とイシノオに命じた。

「いけ! 罪もない鍛冶職人を捕らえた悪党どもに、正義の鉄槌を下せ!」


「――はいっ、待っていました!」

 期待通り、この命令には城ヶ峰が素早く反応する。

「そこまでだ悪党ども!」

 朗々と宣言しながら、ショート・ソードを掲げる。低い姿勢で、加速前進。

「無辜の市民を守る正義の盾! 城ヶ峰亜希、推参!」


「やだなあ」

 陰鬱なイシノオのつぶやきも聞こえた。

「ぼくが同じ系統の人間だと思われる……」

 飛び出す。こちらの狙いは足か。


 バカみたいな城ヶ峰の突進と、イシノオの斬撃。

 どちらもゴスロリ女を狙っていた――どちらかは入るか。俺がそう思った瞬間、金属質な音が二度、連続して弾けた。


「おっ」

 俺は思わず声をあげた。

 珍しいものを見た、と思った。


 ゴスロリ女が傘の柄を捻り、そこに仕込まれた刃を引き抜いている。細身の刀身。レイピアと呼ばれる種類の刃物だった。

 そいつが城ヶ峰とイシノオの斬撃を捌き、弾いたらしい。

 舌打ちして後退するイシノオと、その場で盾を構える城ヶ峰は対照的だ。


「では」

 ゴスロリ女――シズは、レイピアを突き出し、切っ先をわずかに揺らすような構えを取った。

「手早く片付けましょう。時間には限りがありますから」


 俺は用意していた挑発の台詞を言いそびれた。

 その構えと物言いが記憶に引っかかったからだ。

「《ルービック》」

 そういう異名の勇者がいる。

 俺の、なんというか、兄弟子にあたる男だ――まさか。ここでやつの関係者と遭遇するとは。

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