番外編・ブレイブソード(3)

「それじゃ、ぼくが」

《二代目》イシノオの動きは素早く、無造作でさえある。

 身を屈めることもなく前進する。攻撃に備える。


 工房から飛び出してきた男を、いまの俺にできる限りで観察する――センスのない迷彩柄のシャツと、金髪に染めた頭。口にピアス。片手に大陸風の曲刀。それと――

 いや、これが限界か。


 イシノオと迷彩シャツの男が、交錯した。

 たぶんイシノオはショート・ソードを短く使って、腕を狙った斬撃を放った。それはたやすく受け止められた、と思う。

 金属音が弾けて、イシノオがよろめくのが見えたからだ。


「うっ、わ」

 焦った声。

 完全にイシノオの体勢が崩れている。カウンターの備えができていない。だから未熟なのだ――迷彩シャツの男が曲刀を振るう。狙いは首。

 しかし、その追撃は振り出される前に止まった。


「仕方のない後輩だ!」

 城ヶ峰だ。

 傲岸不遜極まりない発言とともに、こちらは盾で迷彩シャツの斬撃を弾いている。

「ここは先輩である私が面倒を見よう。うん。いまの私はすごく先輩っぽい――ですよね、師匠! 見ててくださいね!」


 そう言われても、俺にはやつらの動きは速すぎるし、だいいち城ヶ峰の活躍など見たくない。

「やっ!」

 とにかく城ヶ峰は、俺の返答を待たず迷彩シャツに反撃を繰り出す。それでいい。未熟者どもといえど、二人で連携すれば迷彩シャツぐらい倒せるだろう。


 と、思った瞬間。

「――あっ?」

 城ヶ峰の体がバランスを崩した。

 ちょうどさっきのイシノオのように。俺にはピンときた。たぶん何らかのエーテル知覚だろう。歴戦の経験と勘が、俺にそのことを告げている。


 城ヶ峰とイシノオのヘボコンビで、それが捌けるかどうか。


「――シッ」

 と、迷彩シャツの男の口元から、鋭い呼気が漏れた。

 城ヶ峰の盾を蹴り、突き飛ばす。よろめいて倒れかける。イシノオが援護しようと加速する。ショート・ソードを繰り出して、俺には霞んで見える速度で二度か三度。

 どうせ退屈な袈裟切りと横払いだろう。


 イシノオごときが選択する斬撃の種類は、エーテル知覚がなくても読める。判断材料は視線と重心移動、肩の動きの兆し。そんな感じだ。

 このくらいの芸当は、そこそこの技量があるやつならば可能だ。

 迷彩シャツは、目つきと足運びから判断するに、少なくともその程度のレベルではあるらしかった。


 結果として、イシノオのショート・ソードは完全に空振りしていた。

 おまけに肘で殴りつけられている。

「いぃっ」

 イシノオが引きつったロバのような声をあげ、無様に転倒した。

 弾かれ、あるいは空を切り、まるで有効打にならない。これだから剣術を鍛えていないやつは。


 普通なら、ここですぐにとどめを刺す。あるいは、よりヘボい城ヶ峰をいまのうちに叩き切る。俺なら絶対そうする。

 だが、そうはならなかった。


「いかん、イシノオ後輩!」

 体勢を立て直した城ヶ峰が、イシノオを救うべく突進する。

 迷彩シャツの男は、彼女を狙って振り返った。

 血走った瞳。その眼が、急に見開かれた。戸惑ったように何度か瞬きする。二秒ほどの間――致命的な隙だった。


「あ、勝ったかな?」

 呟いたイシノオのショート・ソードが、迷彩シャツの足首を切り裂いた。同時に放たれた城ヶ峰の斬撃は、さらに右腕を切断している。

「よしっ!」

 城ヶ峰の勝ち誇った声。

「どうです、師匠!」


 曲刀を取り落とし、迷彩シャツの体が崩れ落ちる。

 だがその寸前で、イシノオは容赦しない。

 腹部にショート・ソードの刺突を二度。痛みによって前かがみになったところで、首筋にさらに一撃。首の骨ごと切断して切り落とす。


「よし」

 暗い笑顔を、イシノオが浮かべた。

 うまく仕上がった料理を見るような目つき。切断面から血が迸しり、イシノオの顔面にかかる。


 しかし馬鹿め――迷彩シャツの生首が転がるのを、俺は渋い顔で見ていた。

 この後、何が起きるかわかっていたからだ。


「――なんということを」

 城ヶ峰だ。眉を吊り上げ、イシノオを睨んでいる。

「足と腕を切断し、すでに勝負はついていた。なぜ首まで落とした!」

「あ、そうか。そうですね」

 イシノオは暗い笑顔をひっこめて、顔面についた血をぬぐった。


「何か知ってたら、尋問できたかも。うわあ……城ヶ峰さんって、意外と頭いい?」

「違う! 人間性の問題だ。《二代目》イシノオ! お前というやつは――」

「は! でも、ぼくにはわかりますよ。ヤシロさん」

 イシノオはほとんど城ヶ峰の話を聞かずに、俺を振り返った。


「奥にあと二人、いるみたいです。ぼくらに敵対的なやつが。いまのチャンバラの音が聞こえたんだと思いますね」

「なるほど」


 俺はうなずいた。

 これが《二代目》イシノオのエーテル知覚だ。

 こいつには、人間の関係性――いわゆる『人物相関図』が見えるらしい。

 敵対している者、友好的な者。血縁関係。恋人。友人。伴侶。そうした情報を視覚化できるのだという。


 そしておそらく、その人物相関図へ一時的に干渉することもできるようだ。

 例えば敵対関係を切断し、混乱させる。そういう使い方だ。

 一時的な干渉、と俺が推理しているのは、ひとえに城ヶ峰の存在が大きい。俺がもしも人間関係を永続的に操作できるなら、まっさきにこいつとの先輩・後輩状態を切断している。


 まったくひどいエーテル知覚だ。

 無限に人をからかうことができる。


「じゃ――少なくとも、奥にあと二人か」

 俺は店の奥を睨んだ。

 事情は知らないがこんな暴漢連中に店主がやられるようなことがあれば、今後の商売に支障が出る。

 腕のいい刀剣鍛冶は貴重だ。


「ちょうどいいレッスンになるな。お前ら、やってみな」

「うえっ。マジですか? ぼくは――」

「はい! もちろんです!」

 イシノオの言葉を遮って、城ヶ峰が声を張り上げた。


「イシノオ後輩! 次は私が手本を見せてやる。お前のような未熟者に、真の勇者の誇りというものをな!」

「ええ……」


 イシノオが露骨に顔をしかめるのを見て、俺は思った。

 ザマァ見ろ。

 いくら要領がよかろうが、人間関係に干渉できようが、城ヶ峰の面倒臭さは味方だからこそ容赦なく襲い掛かってくる。

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